薄明宮の奪還 更新日:2012.07.18


 夜ごとの夢 <中編>

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 「……もうダメなの! これ以上は……」
 アイリーンはそう言ってギメリックを押しのけ、ベッドから抜け出した。そのまま寝室を出て行こうとする彼女を、ギメリックが素早く追いかける。

「おい、イヤではないのにダメとは、どういうことだ?」
 扉の手前で腕を捕まえ、こちらへ振り向かせると、彼女はうつむいた。
「だって……」

 口ごもり、黙り込む彼女を、ギメリックは辛抱強く待った。
魔力を使えば、彼女の心の表層に浮かんでいる言葉など、手に取るようにわかるはずだ。しかし、決してそれを自らに許そうとしないギメリックの生真面目さを、アイリーンもよく知っていた。

 お互いの気持ちを確かめ合って結婚した、それでも……日々、浮かんで来る様々な思いを、きちんと伝えることは大切なのだ……アイリーンはそう思い、顔を上げた。
「あの……あのね、あんまり沢山、赤ちゃんが産まれてしまったら、一度に育てるのは大変だと思うの」
「……?」
 ギメリックは訝しげに片眉を上げ、首を傾げる。

「そ、そのぅ……えっと……結婚式の日から今日までで……たぶん、もう10人ぐらいは……いるわけでしょう?」
 自分の腹部に目を落とし、心配そうに彼女は言った。
つまりアイリーンは、一回につき一人、子供ができると思っているのだ。

「プッ……ッククク……」
 堪えきれずにギメリックが笑い出す。
驚いたように彼を見上げたアイリーンは、たちまち顔を朱に染めて怒り出した。
「何笑ってるの?!」

 コトがコトだけに、恥ずかしくて誰にも相談できず、一人で悶々としていたのだ。それをギメリックに笑われて、一気に頭に血が上る。
「どうしてそんなに笑うのよ?!……きゃっ!!」
 ギメリックはいきなり彼女を抱き上げ、ベッドの方へと戻りながら彼女に口づけた。

「ギメリック!!ダメって言って……あっ……っ……」
 再び口がきけるようになった彼女が必死に抵抗するのも構わず、ギメリックは彼女の上に覆い被さり、彼女の耳元で囁いた。
「心配するな。何人生まれてこようが、ちゃんと育ててやるから……」



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 次の日。
カーラはいつもの打ち合わせの場にアイリーンが来なかったので、あちこち彼女を捜し歩いていた。

「アイリーン! こんなところで何してるの?」
彼女は家畜小屋で、10匹の子豚が元気に乳を飲んでいるのを、憂い顔で眺めているところだった。
「カーラ……」
「あら、何だか元気がないわね。どうかした?」
「……私、もしかしたら……この豚のお母さんより、子だくさんになっちゃうかも……」
「え?!」

「だけど、ねぇ!! カーラ!!」
 少し青ざめた、ひどく真剣な顔をして、アイリーンはカーラに詰め寄ってきた。
「人間のお母さんが、八つ子とか九つ子とか、それ以上って……、そもそも、産めるのかしら?! そんなにいっぺんに赤ちゃんが産まれた話って、聞いた事ある?!」

「ど、どうしたの一体……? 人間には無理よ、そんな風に体が出来てないもの」
「……そ、そうよね、やっぱり……あぁ、どうしましょう……」
 どんよりと沈み込み、頭を抱えたアイリーンを、カーラは覗き込んだ。
「で、何の話なの?」


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 ギメリックはその日も夜半を過ぎてから、ようやく自室へと帰りかけていた。
先を急いでいた足が、ふと止まる。
「……アイリーン?」

 人々の強い感情の波は、読もうとしなくても伝わってくることがある。並外れた魔力ゆえに、しばしば経験することだったが、それにしても自室にいるはずの彼女の感情が、こんなところまで伝わって来るとは尋常ではない。しかも、これは……。

「……かなり、怒っているな……」
 ギメリックはうなだれて額に手を当てながら、また歩き出した。
昨夜はとうとう、彼女の憂慮に対して真実を告げずに済ませてしまったが、どうやらそれを誰かに教えられたらしい……。

 ギメリックの推測が的を射ていたことは、部屋に入ったとたんに浴びせられた彼女の第一声によって証明された。
「どうして教えてくれなかったの?!」
 覚悟していたはずが、彼女の剣幕に思わずシドロモドロになる。
「え、いや、別に……」

 拒みながらも乱れていく彼女の様子を見るのが楽しくて、つい……などとは、もちろん言えるはずがない。
 しかしアイリーンはこの頃、魔力の助けがなくても、今までの経験と彼の顔つきから、ギメリックの思惑をかなり正確に悟るようになっていた。

 彼女の声のトーンが一段、低くなる。
「……ギメリック。あなた、私が困る顔を見て楽しんでたのね?! そうでしょう?」

 こういう時、生真面目な男ほど損をする。適当な言い訳をしてごまかしておけば良いものを、バカ正直さが墓穴を掘るのだ。
「あ、……えぇと……悪かった……」
「……」
一瞬、アイリーンは絶句し、そして叫んだ。
「ひどいわっ!!……もう知らないっ!!」
「おい、どこへ行く?」
「カーラのところ!」
呆然とするギメリックの目の前で、彼女が閉めた扉がバタン!と音を立てた。



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