薄明宮の奪還 更新日:2012.06.30


 夜ごとの夢 <前編>

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 エンドルーアの首都リーン・ハイアットにある大きな湖は、女神フレイヤの娘の名を取って、アリエル湖と呼ばれている。神代の昔、荒れ狂う女神を鎮めるため、アリエルが入水したという伝説の地だ。

 青く澄んだ水をたたえた美しい湖は、高さ20メートルはあろうかという断崖絶壁に囲まれていた。その上に、湖を見下ろすようにして、白亜の宮殿が建っている。
両翼に昼の塔と夜の塔を従えたエンドルーアの王宮、薄明宮である。

 宮殿の奥には、王とその家族が暮らす居室がある。
その一室でアイリーンは、今夜も帰りの遅いギメリックを待っていた。

 皆に祝福され、結婚式をあげてから1週間。
少しでも早く、民の暮らしを元通りの平和で豊かなものにし、疲弊した国力を取り戻すため、ギメリックを始めとする国の中枢を担う者たちは、寸暇を惜しんで働いている。

 アイリーンも、旅の間に覚えた料理や薬草の知識を、学びたいという人々に教えようと、カーラたちと共に準備を進めているところだった。

 そんなわけでお互い忙しく、昼間はほとんど会話をする時間さえない。しかし夜は必ず、どんなに遅くなってもギメリックは二人の部屋へと帰って来た。

“……今夜も、きっと彼は……”
自分の考えに赤面しつつも、アイリーンは目を閉じてプルプルと首を振った。
“ダメよ! これ以上は……絶対ダメ!!”

 彼に触れられるのは……気が変になりそうなほど恥ずかしいのだけれど、……イヤではない。だからこそ、拒みきれずに、つい流されてしまうのだから……。

 儀式というよりは、相手を愛しいと思う気持ちから来る自然な欲求なのだ、と教えられた今では、なおのこと……嬉しいとさえ思える。

“でも……だからって、犬や猫じゃあるまいし……もう限界だわ”

 実は昨夜もそう思い、初めて彼を待たずに先にベッドへ入って、寝たフリをしていたのだ。が、ギメリックは全くお構いなしだった。結局、いつもと同じように……いや、さらなる激しさで、いいようにされてしまい、ほとんど夜明けまで眠ることも出来なかった。

 アイリーンは、その記憶にますます熱が上がってきた頬に両手を当てて、途方に暮れた。
「ああ、どうしよう……早くしないと彼が帰って来てしまう……」

 カーラのところへでも行って寝てしまえば、さすがに彼も諦めるだろう。それはわかっている。でも、彼と過ごせる時間は少ないのに、それは寂しい……。

 アイリーンは心を決めかねて、部屋の中をウロウロと歩き回った。
そろそろ今日も、日付が変わろうとしていた。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 ギメリックが帰った時、居間にも寝室にもアイリーンの姿はなかった。しかし魔力で探ってみると、すぐ近くに気配がある。ほどなく、寝室のクローゼットの中で、棚に腰掛けて眠っている彼女を見つけた。

 なぜ、こんな所で……? と、訝しく思いながら、抱き上げてベッドへと運ぶ。
元々、どちらかと言うと眠りの深い彼女は、目を覚まさない。
それに昨夜は随分、無理をさせたようだ……。
それで今日は疲れて、衣類の整理をしているうちに眠ってしまったのだろうか?
……しかしそれにしては、クローゼットの扉が閉まっていたのは、どういうことだ?

 様々に思いを巡らせつつ、ギメリックは着替えを済ませてアイリーンの隣に横たわった。彼女の寝顔を見ながら、さらに考える。

 そういえば……なぜか、日を追うごとに彼女が示す拒絶の色合いが強くなっている気がする。しかしそれも、口づけたり抱きしめたりするうちに解けてしまい、結局は一緒にベッドに入ることになるので、単なる恥じらいだろうと、あまり気にしていなかったのだが。

(寝込みを襲ってみるのも楽しそうだ……)
という、はなはだ不埒な下心から「先に寝ていろ」といつも言ってあったため、それまでずっと起きて待っていた彼女が、昨夜は先にベッドに入っていたことも、特に気にしていなかった。
  しかし……、今から思うと、どうも彼女は眠ってはおらず、寝たフリをしていただけだった気がする。

“どういうことだ?……まさかと思うが……嫌がられているのか……?”
 眉間に皺を寄せ、憂い顔になったギメリックの目の前で、アイリーンが寝返りを打って向こう向きになった。
「う、ん……」
 小さな声を上げるが目を覚ます気配はない。

 ギメリックは後ろから腕を回して、起こさないよう、そっと彼女を抱きしめた。
やっと自分のものになった温もりを確かめるように、目を閉じてそれを味わう。

 長年に渡る悲願を果たし、薄明宮を取り戻したとは言え、国はまだひどい有り様だ。統治者として仕事は膨大にあり、無我夢中で一日を過ごす。そして部屋へ帰ると……彼女がいる。
 結婚してから、自分のそばに当たり前のように彼女が寄り添ってくるのを見るとギメリックは、これはただの夢なのではないか……自分はもうすでに死んでいて、永遠の眠りの中で幸福な夢を見続けているだけなのではないか、という思いに捕われることがある。一人、孤独な旅を続けていた頃、深い絶望の中で現実感をなくし、何度も同じ思いにかられたように……。

 だからギメリックは、彼女に触れずにいられなかった。彼女の唇に、肌に、自分が与える刺激によって彼女の反応を得ると、現実に彼女をこの腕に抱いているのだと実感できたからだ。
“第一、天下晴れて夫婦になったのだから……我慢できるはずがない”

 ギメリックはアイリーンの上に覆い被さると、彼女の唇に自分のそれを重ねた。
「んっ……」さすがにアイリーンも目を覚まし、身じろぎをする。
 そして、ギメリックを押しのけようと、もがき始めた。しかし彼はそれを押さえ込み、さらに深く激しく、彼女の唇を味わう。
 やっとギメリックが顔を離すと、いつものことながら、彼女の息はすっかり上がってしまっていた。しかしいつもと違うのは、彼女の瞳に苦しさのせいばかりではなさそうな、涙が浮かんでいたことだ。
「な……んだ? どうした?」
 彼女の涙にめっぽう弱いギメリックは、ギクリとして思わず身を引いた。
「もしかして……嫌なのか?」
おそるおそる、先ほど考えたことを尋ねてみる。
するとアイリーンは首を振った。
「そ、そうじゃないの。でも、あのね、……」

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