薄明宮の奪還 更新日:2013.05.10


 死が二人を分つまで

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4

 次の日の朝。
オーエンの空は一片の雲もなく晴れ渡っていた。
まだ夜が明けたばかり、しかも人目につかない館の裏手とあって、集まっている人影は少ない。

 剣術試合の当事者であるレスターとギメリック。
審判を任されたユリシウスと、その従者レモール。
そしてアイリーンと、彼女に付き添って来たカーラの、総勢六人である。

 レスターは口元にいつもと変わらぬ微笑みをたたえ、これまたいつもの仏頂面をしたギメリックに言葉をかけた。
「わかってると思うけど、魔力を使うズルはなしだよ」
「俺がそんな卑怯なやつに見えるか?」
憮然とするギメリックに、レスターはニッと笑いかける。
「いいや。念のため、ってことさ」
「……さっさと始めるぞ」
腹立たしげにそう言うと、ギメリックは言葉の通り、さっさと皆に背を向けて歩き出した。

「馬鹿げてるわ、試合で賭けなんて……」
カーラはまだ納得がいかない様子で、ぶつぶつ言っている。
 アイリーンは心配そうに、二人を交互に見つめていた。まだ体調が万全でない彼女のために、ユリシウスが気を遣って用意してくれた椅子に腰掛けていたが、内心はいても立ってもいられない気分だ。

  ユリシウスは試合の判定役を頼まれただけで、あまり詳しいことは聞かされていない。カーラの言葉を聞いて、アイリーンにニッコリ笑いかけながら言った。
「賭け? これがあなたを競っての戦いなら、私も参戦したいところですが……」
「??」
 アイリーンは首を傾げながらも、ほんのり頬を赤らめる。

“なんてストレートな……”
“何だコイツは!!”
 レスターから冷ややかな眼差しを受け、向こうへ行きかけていたギメリックにまで睨まれたユリシウスは、
「……あ、違うのですね。そうですか」
と言って笑顔のまま、頭をかいた。

「どこの国でも第二王子というのは脳天気に育つものらしいな」
 レスターにだけ聞こえるように、ギメリックがボソリとつぶやく。
“こんなボンクラ頭と一緒にするな!”
 レスターは心の中で罵声を上げたが、さすがに本人の前でそれは言えない。彼は黙ってギメリックを睨みつけた。しかし当人はすでに、また皆に背を向けて、今度こそ試合を始めるために歩を進めていた。
 一呼吸置いて、レスターとユリシウス、レモールも後に続く。

 アイリーンとカーラから充分な距離を取ると、四人は一旦、立ち止まった。そこからさらに、レモールが離れて行く。そして一歩身を引いたユリシウスの前に、木刀を携えたレスターとギメリックが向かい合った。

 こうして改めて見ると、彼らはある意味ではよく似ており、またある意味では正反対だった。
 どちらもすらりとして長身だが、細すぎるというほどではない。剣術の鍛錬により鍛え抜かれた、引き締まった体つきをしている。背の高さもほとんど変わらなかった。背筋をのばして堂々と立つ姿には、由緒正しい王家の血を引く者としての威厳が、生まれながらに備わっているようだ。

 違うのは、その身がまとう色彩と、性格だった。
ギメリックは言わば北国の夜の森、レスターは南国の昼の海。レスターの優雅さ、華やかさと対をなすのは、ギメリックの野性味と神秘性だ。
 穏やかで、どこまでも明るく人なつこいレスターの瞳とは正反対の、ギメリックの厳しく、ほの暗い闇の色彩を秘めたその瞳は、あまりにも強大な力ゆえに誰からも理解されがたい、孤高の色が濃かった。しかし彼の存在感は絶大で、ただそこにいるだけで周囲を圧倒する何かがあった。

 ユリシウスが両手を上げ、「構え」の合図をする。
その手がさっと振り下ろされ、戦いは始まった。

 この時代、この世界の剣術試合のルールは、ごく単純だった。
どちらかが先に、相手の体を突くか払うかして、もし真剣なら致命傷を負わせたと審判が判断すれば、勝敗は決まる。死角ができないよう審判は二人で行うのが普通だ。この試合では主審をユリシウスが、副審を彼の従者であるレモールが務めていた。

“これは……長引きそうだ”
 戦い始めてすぐに、二人はそれぞれに同じ思いを抱いた。
2、3度剣を交えただけで、互いの技と力がほぼ拮抗していると悟ったからだ。
 ギメリックは微かな焦りを感じた。戦いが長引けば長引くほど、病み上がりの自分が体力的に不利になることは目に見えている。こうなったら、できるだけ早くかたをつけるしかない。

 レスターは、かつてない高揚感を味わっていた。
子供の頃から何故か“いつか必要になる”と信じ、どんなに周りの者が「王族がそこまでする必要はない」と諌めても、自身の腕を磨く鍛錬を怠らなかった。アイリーンを守るという使命を見出した今、その理由は自ずと明らかになったと感じている。

 とは言え、平和なアドニアにいた自分とは違い、ギメリックが長きに渡って真に命を賭けた戦いを勝ち抜いて来た、非常な使い手であることは充分に承知していた。全力で戦っても勝てるかどうかはわからない。しかしだからこそ、レスターはこの試合に賭けることにしたのだ。
 もちろん自分の望みはアイリーンにどこまでもついて行くことだ。しかしギメリックに言われた通り、魔力を持たない身、彼らの足手まといになる可能性もある。
 それゆえに……。

“この試合の結果を天の采配として受け入れ、勝てばついていく。負ければ……そう、自分の役目はここまで。潔く引き下がり、ギメリックの手に彼女をゆだねよう……”


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