薄明宮の奪還 更新日:2009.04.05


 死が二人を分つまで

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1

「おはよう、カーラ。アイリーンは起きてるかな?」
「まぁ……」
 部屋に入ってきたレスターを見て、カーラは目を丸くした。彼が腕一杯に、色とりどりの巻いた布をかかえていたからだ。華やかな顔立ちが、美しい布の色合いでいっそう際立って見える。

 カーラはすぐに笑顔になって言った。
「とても綺麗ですね。きっと、アイリーン様もお喜びになりますわ。もうお目覚めですから、どうぞ」
奥にある、アイリーンの寝室へと通じるドアを指し示す。


 ここ、リムウルの地方都市オーエンに、カーラたちソルグの村の一行が到着したのは4日前のこと。病に倒れたアイリーンに薬草を届けるためだ。魔力保持者にとても有効なその薬草のおかげで、アイリーンはどんどん快方に向かい、元気を取り戻しつつある。

 レスターが日に何度も彼女の様子を見にやって来るので、ずっと彼女についているカーラとは、すっかり顔なじみになってしまった。彼はまだ病室を出られないアイリーンのために、こうしてしょっちゅう、彼女の目を楽しませる何かを携えてくるのだった。


 レスターはうなずいたものの、寝室へ向かおうとはせず、カーラの方へと近づいてきた。不思議そうに見ている彼女のそばまで来ると、彼は言った。
「ほら、また。“様”はいらない、って、アイリーンにも何度も言われただろう?」
カーラは困ったように微笑んで、
「そうですね……」とあやふやな口調で言った。

 どうやら改める気は微塵もないらしい。そう見て取ったレスターは、軽くため息をついて首を振る。
“……がんこな人だなぁ。どうやらエンドルーアの民は皆、こんな調子らしいぞ。“お国柄”とアイリーンをからかうつもりで言ったけど、案外、当っているのかも知れないな。それとも……”

 レスターの唇に、微笑みが浮かんだ。
「魔力を持つ女性は、儚げに見えてなかなか、芯がしっかりしてるようだね。アイリーンといい、君といい……怒ると怖いし」
「え……」
 カーラは昨日のことを思い出し、見る間に赤面した。ポルが泥だらけの裸足のままアイリーンの見舞いにやってきたので、怒って怒鳴りつけているところを、ちょうど来合わせたレスターに目撃されてしまったのだ。

「か、か、からかわないでください……」
オロオロするカーラを見て、レスターは面白そうにクスクス笑った。
“いいねぇ、このストレートな反応。しばらく退屈しなくて済みそうだ。どっちかと言うとポルの方が面白いけど……”
「早く、アイリーン様のところへ行ってあげてください」
笑われて、いたたまれなくなったカーラは、レスターをせき立てて追いやろうとする。
「うん、でもその前に……はい、これ」
「えっ?」

 一巻きの布を差し出されて、カーラは目を見張った。それは、何とも言えない深い味わいを持つ濃いローズピンクの布で、美しい光沢がいかにも上質そうだった。
「やっぱりね、とてもよく似合う」
 レスターはカーラの顔の横に布を並べて見比べながらそう言って、彼女の手にそれを渡した。
「君に進呈しよう、アイリーンに良くしてもらってるお礼として」
「そんな、いただけません、こんな高価な物……」
カーラはあわてて押し返しながら言う。
「気にしなくていいよ、ぼくだってもらったんだ」
レスターはまたもや一人でクスクス笑い出した。
「借りるだけでいいって言うのに、向こうが“もらってくれ”って聞かないんだからね。それでも他のは返すつもりだけど、これは本当に君に似合うと思って、ありがたくいただいてきたんだ。受け取ってくれると嬉しい」

 カーラはびっくりして言った。
「それなら、なおさらですわ、その人がレスター様にと差し上げたものを、私がいただくわけにはまいりません」
「だってほら、結婚式のお色直しのドレスにぴったりじゃないか。彼ともうすぐ結婚するんだろう?」
「……!!」

 カーラは口もきけないほど驚いた。
“ど、ど、どうしてそれを……? まだポルにも言っていないのに……!”
カーラの動揺ぶりに、レスターは真面目な顔をして首を傾げた。
「……あれ? 違った?……それとも、まだ皆に公表してなかったとか?」
思わずカーラはうなずいてしまった。
「ああ……それは失礼」
“どうして?”と訴えてくる眼差しを受け、レスターは苦笑しながら説明する。
「大勢人がいる中で、君と彼が二人で視線を交わしてる姿を見て、きっとそうだと思ったんだ。結婚間際のカップルって、一種独特のオーラを発していると言うか……何となく、わかっちゃうんだよねぇ。とにかく一分一秒でも一緒にいたいっていう、最高に幸せな時期に、こうしてアイリーンのために時間を割いてくれてるんだから、君には本当に感謝してる。だから……」

 まだ思考回路が麻痺したままのカーラに再び布を手渡すと、レスターはくるりと背中を向けてアイリーンの寝室の方へと歩いて行く。ノックをして扉を開け、中に入って行きながら振り向いた。
「ねっ、そういうこと」
 鮮やかなウィンクとともに言うと、彼は扉の向こうに姿を消した。

 我に返ったカーラは途方に暮れ、手の中の布を見つめて考えた。
“あぁびっくりした。魔力も持っていない人に見透かされてしまうなんて……”
婚約者のゲイルは他のソルグの村の皆と一緒に、建物の別の棟にいる。ここにはほとんど来ていないから、自分と彼が一緒にいるところなど、レスターが見たのはほんの1、2度のはずだ。
 どうやら、見かけ通りの“ただ軽いだけの人”ではないらしい……。自分はここオーエンで初めて彼に会ったから、よく解らなくて、彼に対するギメリックの態度に、すっかり影響を受けていたのだけれど……。

 ギメリックも度々、アイリーンの様子を見に来るのだが、彼はあからさまにレスターと鉢合わせするのを避けている。部屋へ来る前に必ず、カーラに心話で連絡を取って来て、“あの脳天気バカはいるか?”と聞くのだ。そればかりか、どうもアイリーンが眠っている時を見計らって来ている気がする。彼女が眠っている時は寝室へ入らず帰って行くレスターとは対照的だった。
“いったいどうしちゃったのかしらねぇ……”

 アイリーンとギメリックがうまくいくよう願っているカーラとしては、心配でしかたなかった。
“そりゃあ、確かにちょっと……いえ、かなり、ギメリックがうっとおしがる気持ちは、わかるけど……”
 自分やポルをからかって面白がるレスターの様子を思い出し、カーラはため息をつく。いかにもギメリックが毛嫌いしそうなタイプだ。

 しかし行方不明になったアイリーンを探しに、レスターがわざわざ自国からここまで旅して来たことは伝え聞いている。どこの国でも、王族の腹違いの兄弟が非常に淡泊な関係にある、もしくは王位継承や権力争いのため、憎しみ合っていることさえあることを考えれば、驚きに値することだった。

“あんなに妹思いの方なんだから、アイリーンのためにも、嫌ってないで仲良くすればいいのに……”

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