薄明宮の奪還 更新日:2007.06.25


 秘められた時を待ちて

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7


「いたぞっ!! 裏へ回った、逃がすなっっ!!」
小さな影が壁に沿ってサッと墓廟の陰に隠れるのを見て、男は叫んだ。
「おうっ!!」
向こう側の仲間が声を上げる。
“よし! 挟み撃ちだ!!”

 すぐにでも追いつきそうなほどの距離だった。しかし裏に着いてみると子供の姿はどこにもない。向こうの壁を回ってきた仲間が息を切らせながら姿を見せた。
「アニキ、やつは?!」
「おかしいな……どこへ行きやがった?」
廟から離れて別の場所に隠れる時間など、なかったはずだ。

 リーダーの男は考えつつ周りに目をやり、やがて言った。
「この辺りに中と通じている入り口があるのかも知れん。……よし、俺はそれを探す。お前は表へ回って扉に鍵をかけて来い。やつが中に戻ったのなら、それでもう逃げられん」
「わかった!」
連れの男は表へ向かって駆けて行く。

 リーダーの男は、草むらの陰や地面の上を探し始めた。しかしよほどうまく隠してあるのか、なかなか見つからない。そうするうち、表の方から悲鳴のような声が聞こえてきた。胸騒ぎがし、急いで表へ回ってみる。

 まだ半開きの扉の前に、仲間の男が倒れていた。そばに大人の頭ほどの石が3つ落ちている。
「おいっ……!!」
揺さぶってみたが、男は完全にのびていた。
“こんな重いもの、あのガキに投げられるわけが……そうか!!”
男は廟の屋根を見上げた。
“上から落としたんだな……くそっ……”
男は上れそうな足がかかりを探し、再び壁に沿って走り始めた。
“全く、何てガキだ!! 大の男が3人、まんまとしてやられるとは!! しかし俺は、そう簡単にはやられんぞ!!”

 丘の斜面に建てられた墓廟は、表より裏の方が、地面と屋根との距離が近かった。しかも裏面の石壁はブロックがところどころ欠けていて、それを足がかりにたやすく上れそうだ。
“ 上っている途中で何か落とされたらアウトだな。しかし……”
逃げ場のない屋根の上でいつまでもぐずぐずしているほど、あの子供はバカではなさそうだ。だがそれならそれで、どこに隠れたか、屋根の上からならよく見えるだろう。
“ 矢を射かけるにも有利だな……上ってみるか”

 屋根の上には、落ちていたものと同じような石がいくつか転がっているだけで、やはり誰もいなかった。
“さて……どこだ?”
 王家の墓廟のまわりには、丘全体を覆う丈の短い草が生えた広場に他の貴族の廟がぽつりぽつりと建っている。それぞれが結構、離れていて間には隠れられる場所もない。一番近い墓廟の向こうにでも隠れたか?……と、気配を探っているとまたもや表の方で物音がする。
“?!”

 屋根の上を走って見に行ってみると、廟の扉の前で、ちょうどレスターが鍵をかけ終わったところだった。さっきまでそこに倒れていた男の姿が見えない。
「な……中に閉じ込めやがったな!」
レスターは男を見上げてニッと笑ってみせた。
「目を覚ましてまた追いかけてこられちゃ困るもの。これで3人とも逃げられないね。出口はさっき完璧に塞いでおいたから」
「野郎っ!! ぶっ殺してやる!!」
男はすぐにでも矢を射かけようとする勢いだったが、ほとんど真上の屋根の上からだと角度の都合でうまく狙うことができない。レスターは男の次の動きを待ってじっとしている。

“俺が裏へ回っている間に逃げようと思ってるな、そうはいくか! ガキのお前には無理な高さだろうが……”
男は屋根の縁に手をかけてまずはぶら下がり、そこから一気に降りて来ようとした。

“わ……っっ そうきたかっ!!”
レスターは猛ダッシュで教会の方へと逃げ出した。
男が地面に降り立って矢をつがえた時、すでにレスターはかなりの距離をかせいでいた。

 しかし男の狙いは非情で正確だった。振り向いたレスターは間一髪、危ういところで身を伏せ、やっとのことで矢を避ける。
“くそっ、ホントに殺す気か?……そうか、ぼくが誰か気づいたんだな……”
そうとわかれば躊躇している暇などない。連れの男の腰からちゃっかり短剣を奪ってはいたが、あの大男と真っ向から戦うのは、いくら何でも無謀というものだ。
 男が次の矢を構える隙に、レスターはさらに先へと駆けた。


 とうとうレスターが教会の裏口から中へと逃げ込んでしまったのを見て、男も走り出した。ドアが開かないので、力任せに剣で斬りつける。頑丈な木製のドアをズタズタにしてようやく侵入した時、中はもう静まり返っていた。
 大きな縦長の窓から月の光が差し込み、整然と並んだベンチの上に光と影が交互に落ちて模様を描いている。男はしばらく息を整えながら耳を澄まし、レスターの気配をうかがった。

 男が、ベンチの陰を一列一列確かめながら歩き回っている様子を、レスターは上から眺めていた。この教会には左右の壁の高窓の下に高廊があり、正面入り口脇の階段から上れるようになっている。そしてその突き当たりが秘密の扉になっていて、二重構造の壁の中に入り込めるのだ。

 この教会は王家の墓廟よりかなり後の時代に造られた建物で、他に“しかけ”と言えるものは何もなかったが、隠し扉の出来は素晴らしく巧妙だった。中で音さえ立てなければ、絶対に見つからないだろう。
 壁の中からはのぞき穴によって、教会の中も外も見ることができる。歩き回っていた男がのぞき穴の死角に入った。しかし男は大柄で体重もある。歩くたびに板張りの床がきしむので、姿が見えなくてもどこにいるか充分わかるのだった。

 レスターが外を見ると、普段なら寝静まっているはずの市街地のあちこちに、おそらく彼を捜しているのだろう、兵士たちの持つ松明の明かりがひとかたまりになって揺れ動いているのが見えた。その内のいくつかは、かなり近いところにいて、さらにその中の一隊は明らかにここに向かっている。街から続く一本道を、明かりの集団が上って来ていた。

“もう半時もしないうちに着きそうだな……”
レスターはそう思い、さすがにホッと息をついた。
ここからなら、捜索隊が来ればすぐにわかる。よほどのことがない限り、何とかなるだろう……。

 男が下の階のあらゆる物陰を探し尽くしたらしく、高廊に上ってくる足音がする。レスターの隠れている北側の壁だ。階段を上り切った男が高窓から外を見て、その場に凍り付いたのがわかった。捜索隊の明かりを見つけたのだろう。しばらく黙って外を見つめていた男が、急に笑い出した。
「フ……ハハハハッ! ……終わりだな……」
つぶやくような声が急に大きくなる。
「お前の勝ちだ、ボウズ!!……聞こえてるんだろう?……お前、歳はいくつだ?」

 声を出せば自分がどこにいるか知られてしまう。相手は何を企んでいるかわかったものではない。
“ たぶんぼくがまだ中にいるのか確かめたいんだ……”
そう思い、レスターは口をつぐんでいた。
「……全く……末恐ろしいガキだな……」
男は気落ちした様子でそうつぶやき、再び外に目をやった。

“捕まればたぶん死罪だろうから、諦めきれないのはわかるけど……早く逃げてくれないかな。ぼくが犯人は3人、って言えばあの男は助かるかも……”

 レスターがそう思った時、急に男が身を乗り出すようにして外を凝視した。
「……こんな夜中に一人で墓地にやってくる奴なんて、主人にはぐれた従者ぐらいなもんだろう。第二王子の従者は、同い年の少年だと聞く。あいつがそうか?……涙ぐましい忠義心だな」

“えぇっ……?!”
レスターはあわてて外をのぞいてみた。しかし彼のところから建物正面の外は死角になっていてよく見えない。
“罠か……?” と考え込んでいるうち、正面入り口の扉がカタンと音を立て、誰かが入ってきた。手に持った松明の明かりに、見慣れたくせ毛の頭が浮かび上がる。

“ウィリアムだ……!!……なんで一人で?! バカっ!! 引き返せっ!!”
やきもきするが、今、声を出すわけにはいかない。
あせっているところに、押し殺した男の声が響いてきた。

「ボウズ、聞こえてるか? 俺の弓の腕は、わかってるな。あいつを射殺されたくなければ、おとなしく出てこい」
「……」
自分がどこにいるか、男にわかっているはずがない。たぶんハッタリをかけているだけだ。
そう思い、レスターが黙っていると男の声が独り言めいたものに変わった。
「まぁ聞こえていようがいまいが、どっちでもかまわん。俺は捕まればどうせ死罪だ。殺した奴が一人増えようが同じこと……さぁ、もう弓を引いて狙いを定めてる。やるぞ」
男が本気だと悟り、レスターは必死に潜めた声で言った。
「待て!! 捕まるのは時間の問題だぞ、今更あがいたって無駄だ、やめろ!!」
案外近くから聞こえてきたレスターの声に、男はニヤリと笑いを浮かべた。
「悪党には悪党のプライドってもんがあるんだよ、王子様。よーく覚えときな。さぁ……どうする? このままあいつを見殺しにするか。それとも俺の言う通りにするか」

 出て行けば自分はたぶん殺される。しかしその後、この男はウィリアムを無事帰すだろうか? そんな保証はどこにもないのだ。
レスターの迷いを見透かしたように、男は言った。
「お前が妙なマネさえしなけりゃ、あいつには手を出さない。……どうだ?」
……信じられるわけがない。しかし男の忍耐にももう限界が来ていた。
「三つ数えたら射つ。一つ、二つ……」
「わかった! 今そっちへ行く!! だけど約束を守る気があるなら、あいつが外へ出るまでぼくを殺すのは待ってくれ」
「……いいだろう」

 レスターは細心の注意を払って扉を開けた。少しでも音を立てたらウィリアムが気づいてしまう。
“早く……行ってくれ。どうか気づかないうちに……”
しかしレスターの姿を見て男が一歩踏み出したとたん、その足下で床がきしんだ。
「レスター様……?」
ウィリアムが上を向き、男がさっと彼に矢を向ける。
それを見てレスターは彼に飛びついていきながら、声の限りに叫んだ。
「ウィリアム!! 外へ出ろっっ!!」
「うぉっ……!!」
レスターの持つ短剣が男の腕に突き刺さった。
狂ったように振り回した腕がレスターを振り飛ばす。
その拍子に。
「アゥッッ……!!」
「……!!」
放たれた矢が、レスターに命中した。
矢の勢いに飛ばされ、壁に当たって彼の体が崩れ落ちる。
「……うっ……く……」
男は、うずくまったレスターが苦痛に震える様を呆然と見つめていた。

「レスター様!!」
ウィリアムが剣を抜き、高廊に駆け上がって来る。
我に返った男は身を翻した。そして上がってきたウィリアムと階段の途中で鉢合わせになる。
「お前は?! レスター様に何をしたっ!!」
「争っている暇などない、お前にも俺にもな!! そこをどけ!!」
「何をっ……」
「大事な主人が死にかけてるぞ、行け!!」
「……!!」
ウィリアムが男の背後に注意を向けた隙に、男は無理矢理彼の脇をすり抜け、走り去って行った。

男の後ろ姿を一瞬だけ見送り、ウィリアムは上に駆け上がった。
「レスター様!! しっかり……」
レスターを助け起こし、ウィリアムは息をのんだ。
矢が突き立ったままのレスターの左胸が、おびただしい血に濡れている。
痛みに耐えて食いしばった歯の間から、
「ウィル……無事か?」
と言ったきり、レスターは意識を失った。

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