薄明宮の奪還 更新日:2007.06.18


 秘められた時を待ちて

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6


「おい、逃げようとしたら殺すぞ!!」
 月明かりに照らされた丘の上を、まばらに生えた低い灌木の茂みの間を縫って一本道が続いている。
レスターがどんどん先に行ってしまうので、男の一人が脅しの言葉をかけた。

 振り向いたレスターはきょとんとした顔をしている。
「お金が見つかったら放してくれるんでしょう? なんで逃げる必要があるのさ」
男は一瞬の沈黙の後、ごまかし笑いを浮かべて言った。
「あぁ……そ、そうだったな、うん……」
“フン! 嘘つき!!”
心の中で毒づきながらも、レスターは嬉々とした様子を装ってまた歩き出した。


 金が出ようが出まいが、男たちに自分を解放する気がないことは、わかっていた。しかし、ただ売り飛ばすだけでは満足せず、偽りの交渉で身代金までせしめようとしていた欲張りな奴らだ。絶対、この話に乗ってくる。そう踏んだレスターの、思惑通りだった。

 閉じ込められていた倉庫に、騒がれることを気にせず一人で放っておかれていたことから考えて、人家が密集した街中からはすでに連れ出されているのだろう、というレスターの予測も当たっていた。
 アドニア国内を含めアドニアから北の国々では人身売買は重罪だが、南へ行けばその限りではないと聞いている。だから男たちのアジトは街から南に外れた場所にあると思ったレスターは、そこから最も近くて最も自分が有利な場所へと、男たちを誘導しようとしていた。
 それに自分が立ち寄りそうな場所ならウィリアムが知っている。時間を稼ぐうち、捜索隊がやってくる可能性も高いはずだ。



 やがて一行は通称“追憶の丘”、アドニア首都の共同墓地に着いた。町並みを北西に見下ろす緩やかな丘の頂にあるそこには、立派な墓廟を持つ貴族の墓や、簡単な墓標のみの庶民の墓までが集まっているのだった。

 開けた場所にあるとは言え、月明かりに浮かび上がった真夜中の墓地には鬼気迫るものがあった。しかしレスターはどんどん奥へと進んで行き、男たちもその後に続いた。

 墓地の奥には祭儀用の教会が建てられている。死者の埋葬が行なわれる時以外は、無人の教会だ。その裏に回って立派な石造りの墓廟の前で足を止めたレスターは、男たちを振り返って言った。
「ここだよ、ここ!」
「おい……これは王家の墓廟だぞ!」
石の扉に彫られた紋を見て、男たちが顔色を変える。
レスターは物わかりの悪い人間を諭すような口調で、泰然と言った。
「言ったじゃないか、パパは行政官だって。王家の墓廟の管理も任されてるんだよ。さぁ早く、縄を解いて!!」
「何だと?」
「だっておじさんたち、鍵あけられないでしょ。それとも、できるの?」
男たちは顔を見合わせた。
「……ちっ……しゃあねぇな」
男たちはレスターの退路を防ぐ形で扉の反対側で彼を取り囲み、そうしておいて縄を解く。自由になった手で、レスターは扉に取り付けられた鍵を持ち上げて男たちを見上げた。
「先の細い、ナイフかなんかある?」
「……」
「道具がないと開けられないよ」
仕方ない、と手渡されたナイフで、レスターは慣れた手つきで器用に鍵を開けた。
「さぁ、どうぞ!」
3人の男たちは先を争って中に入って行った。しかしリーダーの男はレスターの手からナイフを取り上げ、彼に先に入るよう促した。
“ちぇ……用心深いやつだなぁ。先に入ってくれたら扉を閉めちゃおうと思ったのにさ”

 月明かりに慣れた目に、中は真っ暗で何も見えない。前を行く男たちがろうそくに火を点け、振り返った。
「金はどこだ?!」
「……明かりを貸して」
レスターは男の一人からろうそくを受け取ると、また先頭に立って歩き出した。

 王家の墓廟は、天井はさほど高くはないが、広さはかなりのものだ。入り口を入った所は、例えて言うと十数人がゆったり座ってお茶を楽しめるほどの部屋の、2倍はあるだろう。単に廊下のように次の部屋へのつなぎになっているらしく、ガランとしていて何もない。

「ストップ。ちょっとそこで待ってて」
そう言ってレスターは男たちの足を止めさせ、自分は少し前に進んで次の部屋との間の、石の壁に近づいた。

ガターン!!
突然、大音響とともに男たちの足下の床が抜け落ちた。後ろにいたリーダーの男ともう一人の男はとっさに、さらに後ろに下がって難を逃れたが、一人は悲鳴とともに落ちて行き、もう一人はかろうじて穴の縁につかまってそこにぶら下がった。
 その男を一人が引っ張りあげ、リーダーの男は真っ暗な穴の底をのぞき込んで叫んだ。
「おい!! 大丈夫かっ?!」
返事はない。

「あーあ。……死んでなきゃいいけど。結構深いんだよね、この穴」
 1.5mほどの幅で部屋を横断している穴の向こうで、ろうそくを掲げ持ち、レスターが同じように下をのぞき込んでいた。

「この野郎!! 騙したな!!」
レスターは顔を上げ、笑って言った。
「やだなぁ、騙そうとしてたのはおじさんたちだろう? 同じような目に遭いたくなかったら、さっさと行っちゃってよ。逃げるなら今のうちだよ?」
「……何だとこのガキ!! なめやがって……!!」
穴に落ちかけた男が、一足飛びにジャンプして穴を飛び越えた。
身を翻したレスターは次の部屋へと続く、石壁に開いた穴に姿を消す。後を追いかけ、踏み込んで行こうとする男に向かって、リーダーの男が声を上げた。
「おいっ!! 気をつけ……」

ガガガガガッッ!!
再び大音響が響き渡った。
「うわぁぁぁぁっっ」
落ちてきた石の扉に挟まれ、男の足が下敷きになっていた。
「うぅ……痛てぇ……チクショーっっ」
残り二人の男も穴を飛び越え、石の下から男を引っ張り出す。
「……折れてるな。これじゃ当分、動けねえぜ」
「くそっ……あんのガキっ……ただじゃおかねー!!……うぅっ……」

「どうもひっかかると思ってたんだが……あれは王家の第二王子だぞ」
リーダーの男の言葉に、二人の男はカパッと口を開けた。
「あぁっ?!」
「でなきゃ、王家の廟にこんなに詳しいなんざ不自然だ。それに、さっきろうそくの明かりで見たあの瞳の色……間違いない」
「な、なんで王子が一人で街をウロウロしてんだよっ、そんなバカな……!!」
「俺だって信じられんが、問題はそんなことじゃない。王子がこんな目にあってるのに供の者が探していないはずがない、きっと城では大騒ぎになって今頃は捜索隊がそこらじゅうに……」
連れの男たちは青くなった。
「どっどうすんだよアニキ、早く、あんなガキほっといて逃げないとっ……」
「顔を見られてるんだぞ!! 逃げてもすぐに手配書が回る!!……あいつが生きている限りはな」
二人の男は、リーダーの発する壮絶な殺気にゴクリと唾を飲み込んだ。
「……絶対にあいつを殺す……それか、あいつを捕まえて、盾にして逃げる。でなきゃ俺たちは……破滅だ」


 奥の部屋に入ったレスターは、並んでいる石の棺のうちの一つに近づいた。一見、他の棺と同じだがその棺だけ中に階段があり、地下から外へと通じる抜け道になっている。
“ふふっ、うまくいった!”
外へ出て入り口へと回り込み、扉を閉めてしまえば男たちは袋のネズミだ。後は兵を呼んできて捕まえさせればいい。

 アドニアはエンドルーアに次いで古い歴史を持つ国だ。戦乱の多かった時代、何らかの必要に迫られて作られたらしい様々な“しかけ”が、ここに残っていることをレスターは知っていた。誰に聞いたわけでもない。城を抜け出して何度か遊びに来るうちに、自分で見つけたのだ。

 棺の中に入って中から元通り蓋を閉め、レスターは階段を下って行った。すぐに階段は終わって、大人一人がやっと立って歩けるぐらいの横穴になる。そこから垂直に上がる縦穴は、壁に彫られた足がかりを頼りに上って行く。出口は、王家の墓廟のちょうど裏手に当たる場所にあった。

  念のためろうそくの明かりを消し、そっと廟の入り口に近づいたレスターの耳に、押し殺した男たちの声が聞こえて来た。
「なぁアニキ……」
「しっ!! 黙ってろと言っただろう?!」
どうやら扉のすぐ内側に、二人の男が身を潜めているらしい。
そうと知ってレスターは墓廟の壁に張り付いた。
“危ない、危ない……ちぇっ。やっぱりあいつ、頭がいいや。奥でぼくを探してるかと思ったのに……”

 リーダーの男はレスターの計略に気づいたのだろう。逆にそれを利用して、扉を閉めにきたところを捕まえようとしているに違いない。しかし連れの男は我慢しきれずにまたしゃべり出した。
「なぁ、何でこんなことやってるんだ? 早く探しに行った方がいいんじゃないか? もしアニキの言う通りあいつが外に出たんなら、今頃はきっと、街へ逃げ帰ろうとしてるぜ」
「……」

 リーダーの男の苛立ちが伝わってきた。彼はレスターを待つことを諦めたのか、のっそりと入り口に姿を現した。
「……俺がなぜここに弓矢を持ってきたか、わかるか?」
「へ?……ウサギでも射つつもりだったのか?」
「バカが!! 街への帰り道は開けた丘の上だ。遮るものがほとんどない。それに今夜は月が明るい、遠くまで見通せる。あのガキが街へ帰ろうと逃げ出しても、これで狙い射ち出来るからだ。俺の弓矢の腕は知ってるな?」
「さすがアニキ!! だけど、だったら早く道へ戻ろうぜ!」
「……」

“退路を断たれたな……”
と、レスターは思った。男が自分に聞かせるためにその説明をしたと、レスターは確信していた。
万が一の用心のために、弓矢まで準備していたとは……予想以上に手強い相手だ。レスターの額に汗が浮かぶ。

「……やつは必ずこの近くにいる。お前は右から壁に沿って回れ、おれはこっちを探す」
“まずい! 見つかるっ……!!”
男の言葉を聞いたとたん、レスターはできるだけ音を立てないように、ダッと走り出した。

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