薄明宮の奪還 更新日:2007.06.15


 秘められた時を待ちて

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5


ダン!!
ナイフがテーブルに突き刺さる音がした。
けれど痛みは感じない……。

  レスターが恐る恐る目を開けて見てみると、ナイフは彼の手のすぐそばに突き刺さっており、しかしちゃんと指は5本そろっていた。

「……なかなか、肝の座ったガキだな」
男はニヤリと笑って、うなずいた。
「言いたくなきゃそれでもいい。お前なら、いくら払っても買いたいと言う輩がごまんといるだろうさ。身代金は取れなくても、いつもの倍は稼げそうだ」

 リーダーのその言葉に、殺気立っていた他の男も、納得したようだった。
「フン、助かったなぁ、ボウズ!! キレイに生んでくれた親に感謝しな!」
緊張し切っていたレスターの全身から、力が抜け落ちた。
テーブルから乱暴に引きずり降ろされて突き放され、床に尻餅をつく。

 ホッと一息ついたものの……事態は何も変わっていない。
せっかく戒めを解かれたのだ、このチャンスにできることはしておかないと……。
再び縛ろうとしてきた男の手を振り払い、レスターは言った。
「ちょっと待って!! ねぇおじさん、お腹すいたんだけど。何か食べさせてよ」
できるだけ弱ってぐったりした風に見えるよう、膝を抱えて体を丸める。
“健康そうに見えないと、高く売れないよ?”
……と言ってやりたかったが我慢した。
変に頭が回ると思われては警戒される……バカなフリをしておくほうが何かと便利だ。

 クク、とリーダーの男がすごみのある顔で笑った。
「あきれた奴だな。こんな時に食い気があるとは……」
“だって、いざ逃げようって時、力が出ないと困るからね。まだその方法は、思いつかないけどさ”

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「さて、お貴族様の口にあうかねぇ?」
「……大丈夫。こういうの、慣れてるんだ」
 固くてパサパサしたパンや、ジャガイモをゆでただけのもの。ほとんど具の入っていないスープ。
兵舎の食事はもう少しマシだったが、大まかに言うと大して変わらない。レスターは慣れっこだ。
「お前……よくそんなに食えるな。確かに珍しいガキだ」
「家じゃもっと豪勢なモン食ってんじゃないのか?」

 質素な食事にも関わらず、しかも明日には奴隷として売られるというのに気落ちした様子もなくせっせとパクついているレスターを、男たちは少し驚いて眺めている。レスターの中にムクムクと茶目っ気が起こってきた。
「そんなに変かな?……ぼくはね、虐待されてんの。妾の子なんだよ、わかる? ホントのママが死んじゃったから、パパの家に引き取られたんだけど。おじさんたちが知らないってことは、ぼくのこと、公になってないんだね。きっと外聞が悪いからだ。継母が牛耳ってる家に連絡したってどうせ、身代金なんか出してくれないよ」
「へぇ……」
「貴族の坊ちゃんにも、それなりに苦労があるもんなんだな」
「あぁ、だから家のこと、言いたくなかったのか?」

 口から出まかせの嘘をすっかり信じ、勝手に納得してしまった様子の男たちが可笑しくて、レスターの唇に、思わず微かな笑みが浮かぶ。ところが視線を感じ、ハッとしてその笑いをひっこめた。
 どうやらリーダーの男がじっと自分を見つめているのだと、そちらを見ないようにしながらもレスターは確信した。リーダーというだけあって、他の奴らより頭が回るらしい……用心しなきゃ。
「あ、これ美味しい!!」
料理に喜んでいるフリで笑顔をごまかし、食事を続ける。
 そして、食べたおかげで頭の血の巡りも良くなってきたのか、レスターはあることを思いついた。うまくいくかどうかわからないが、試してみる価値はある。

「あのさぁ……おじさんたち。ぼくがお金をあげるから、解放してくれない?」
3人の男たちは、あきれ顔で口々に言った。
「何言ってやがる、コイツ……」
「金を取りに家に帰ってそのままトンズラか? もっとマシなことを思いつきな、ボッチャンよ」
「それに今さっき、家から金は出してもらえないって、自分で言ったじゃねぇか」

「家じゃなくて、パパがお金を隠してる場所、知ってるんだ。その……何て言うの? ほら、裏金ってやつ? パパは城に出仕してる行政官なんだけど、裏で色々やってて、隠しておかなくちゃいけないお金があるんだよ」
 男たちは顔を見合わせ、そして一人が意地悪そうに言った。
「……そんな嘘におれたちが騙されると思うのか?」
別の男が目を怒らせて言う。
「 だいたい、なんでガキのお前がそんなこと知ってるんだ」
レスターは一生懸命、という様子を装い、
「家にいても面白くないから、しょっちゅうパパの後をつけてて、見ちゃったんだよ。……信じてくれないの?」と、しょんぼりと肩を落として見せる。
男たちがまた顔を見合わせた。
「……もし金が出てきたら、信じてやるさ。で、どこに金を隠してるんだって? 言ってみな」
「ホントだね?!」
レスターはパッと笑顔になり、嬉しそうに言った。
「“追憶の丘”の、墓廟の中だよ!」


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