薄明宮の奪還 更新日:2007.06.07


 秘められた時を待ちて

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4


 目を開けた時、レスターは自分がどこにいるのかわからなかった。
妙に固くてごつごつした、冷たいベッドだ……と思ったら、それは石の床だった。
真っ暗でほとんど何も見えない。

“えぇと……? 何でこんなとこに寝てるんだっけ?”
体を起こそうとして、後ろ手に縛られていることに気づく。
そこでレスターは思い出した。
いきなり襲われて口を塞がれ、叫ぶ暇もなく殴られて気を失ったのだと。

 人さらいやその類の良からぬ者たちの危険性については、嫌というほど聞かされていた。しかし用心さえしていれば自分がそんな目に遭うことなどないと、高をくくっていたのだ。それは根拠のない自信であり間違いの元だったのだと……こうなってみて、さすがのレスターも認めない訳にはいかなかった。

 体を起こして動かしてみて、どこにも怪我はなさそうだと確認する。殴られたみぞおちが痛む程度だ。
 目が慣れて、辺りの様子がぼんやり見えてきた。何か倉庫のようなところで、布袋がいくつも積み上げてある。
 雑な感じに張り合わされた木板の扉があり、近寄ってみると扉の下にはわずかばかり隙間があった。しかしその向こうにも明かりは見えない。耳を澄ませても何も聞こえず人の気配もしないので、レスターは体を使って扉を押してみた。

ギシギシ……ガチャガチャ。
 扉がきしむ音に混じって金属音がする。鍵がかけられているらしく、かなり力を入れても扉は開かない。音を立ててもやはり人の気配がしないことに力を得て、レスターは思いきり扉に体当たりしてみた。
しかし結果は惨敗。
派手な音がしただけで扉はびくともせず、レスターは跳ね返されて布袋の上に倒れた。
もう一度やってみたが結果は同じだった。

 仕方がないのでせめて縄を解こうと試みる。しかし手首に何重にも巻かれた縄はきっちりしていて、渾身の力を込めて何度も引っ張ってみたけれど、ほとんどゆるみもしない。
 レスターが腰に下げていたはずの剣は長短両方とも、取り上げられてなくなっていた。道具がなければ縄は切れない。一応探してみたけれど、倉庫の中には、どうやら小麦粉の袋らしい布袋以外のものは何もなかった。

 八方、手詰まり……と知ってレスターは、元通り石の床に座り込んだ。思わず、深いため息が漏れる。
 日中、散々動き回ったあげくのこの状態で疲れたし、お腹も減った。手もしびれて痛い。今は、とにかく何か動きがあるまで待つしかない。


「……怒ってるだろうなぁ……ウィルのやつ」
 壁のかなり高いところに小さな明かり取りの窓がある。そこに切り取られた夜空を見上げ、レスターはポツリとつぶやいた。

 自分はどんな目に遭おうとも自業自得だが、自分が無事帰らなければ従者たるウィリアムはその責任を問われることだろう……。
 自由に振る舞いたい自分としては、自分のために責任を取らされる存在など、手かせ足かせのようなものだった。だから付けられる従者を片っ端から辞めさせてきたのだけれど……初めて持つことになった同年代の友人という存在、そして熱心に仕えてくれるウィリアムの気持ちが嬉しくて、突き放すことがどうしても出来なかった。

“こんなことになるのなら……さっさと辞めさせておけば良かったな”
もう一度、深々とため息を吐き、レスターがそう思った時。

 扉の向こうで物音がして、同時に、話し声も聞こえてきた。隙間から明かりが見える。と、扉の鍵をガチャガチャ鳴らす音。
 少しでも情報を得たいと思い、レスターは眠っているふりをすることにした。

 扉が開いて、足音が近づいてくる。
「へっ……まだオネンネ中かよ」
下卑た声がつぶやくのが聞こえ、体を掴み上げられて運ばれる感覚。倉庫から出て、隣の部屋へ移ったようだ。
「おい、見ろよまだ寝てやがるぜ」
「お前が強く殴り過ぎたんだろ?」
「そんなことないさ。コイツが女並みに、ヤワにできてんじゃねぇの?」
アゴを掴まれて上を向かされる。
「見ろよこの顔……めったにない上玉だ。どんな値段がつくか楽しみだな。きっと当分、遊んで暮らせるぜ」

“値段……てことは、売られるってことか。奴隷として?……う〜ん。冗談じゃないぞこれは……マジに、ヤバいかも……。だけどぼくが王族だと知ってのことなのか、そこのところが今ひとつ、わからないな……”

「しかし何だってこんな育ちの良さそうなガキが、供も連れずに一人でウロウロしてたんだろうな?」
「さぁな……どうでもいいじゃねぇか、そんなこと。おかげでオレたちはがっぽり金儲け。万々歳だ」
“ふぅん……王家の紋が入ったものは置いてきてるから、きっとどこかの貴族の息子と思われてるんだ”

 レスターが目を閉じたまま考えを巡らせていると、彼を掴んでいた手が放され、ドサッと床に落ちる衝撃が来た。そして足で乱暴につつかれる感触。
「おい、起きろ、ボウズ!」
そんな風に小突かれては寝たフリも限界で、仕方なく、レスターは目を開けた。

 声から想像していた通り、小汚く凶暴な顔つきの男たちが3人、自分を取り囲んでいる。薄暗い部屋の中には粗末なテーブルが一つあり、その席にもう一人の男が酒杯を手に座っていた。

4人か……。たとえ手が自由になったとしても、大人4人が相手では、とてもじゃないが自分に勝ち目はない……どうしたものだろうか。

「ボウズ、名前は?」
「……」
「聞こえないのかこのガキ!! 名前を言えって言ってるんだよ!!」
男の一人がレスターの胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。
「……何で知りたいのか、教えてくれたら言うよ」
「何を生意気な……!!」
顔を張られ、痛みに目がくらむ。
「おい、大事な商品だ、顔に傷でも付いたら値切られる。そのくらいにしておけ」
椅子に座っている男が声をかけてきた。腹の底に響くような、低く太い声の持ち主だ。体格もガッシリとして大柄だった。

 どうやらリーダーらしいその赤毛の男は、レスターに向かってニヤリと笑ってみせた。右の頬に大きな傷跡があり、笑うとすごみが増す。
「なぜ知りたいかって? お前の身代金を取るために、お前の家と取引きしなきゃなんないからだ。お前も無事に家に帰りたいだろう? お前の親が俺たちの要求通り金を払えば帰してやるよ、どうだ? 言う気になったか?」

“じゃあ、どうして「商品」なんだよ? 身代金を取ったって、どうせ帰す気なんかないくせに……子供相手だと思って、バカにするな!!”
そう言って睨みつけてやりたい衝動に駆られたが、レスターは思いとどまった。

 自分の言動の一つ一つがどういう効果を引き起こすのか……慎重に考えて行動しなければ。下手をすれば帰れないどころか、命まで危うい。
 男たちがそれぞれ腰に携えている大きな剣を目の端に捕らえながら、レスターはそう肝に銘じた。彼らが持っているのは当然ながら、どれも大人用の重そうな剣だ。もし奪うことができても、自分にはうまく扱えないだろう。

 いつまでも黙っているレスターに業を煮やし、彼を掴み上げている男が声を荒げて彼を揺さぶった。
「オイ! どうなんだ? さっさと言え!!」

 これは……王子だとバレるとやっかいだ。国家を相手に身代金を取るなんて、こんなゴロツキどもにとってはリスクが高すぎる。恐れを為して自分を殺そうとするか、売り飛ばすにしてもここまでノンビリはしていられないと悟るだろう、すぐに国外へ逃げ出そうとするに違いない。
 ロチェスター、ローゼンタール、そしてウィリアムのファルド家……王家に仕える貴族の名はいくらでも知っているが……
“えぇと……金髪碧眼で、ぼくと同じ歳頃の息子がいる貴族の家って……どこだっけ? わかんない、えぇい、適当に言ってみるか”

「ルーファス・アーガイル」
「……なぜ、嘘をつく?」
“え……なんでバレたんだろ?”
と思いながらもその思いは顔に出さないように気をつけ、レスターは声を上げる。
「嘘じゃないよ!!」
「おれたちはなぁ、研究熱心なんだよ。金になりそうな情報は、ちゃあんと調べてあるんだ。アーガイル家にお前のようなチビはいないはずだぞ。さぁ、お前はどこの誰だ?」
「……」
嫌な汗が流れる。暗くて瞳の色がよく見えないらしいのが、せめてもの救いだった。けれど朝になれば絶対バレる。
“何とかして夜が明ける前に、逃げ出さないと……いやその前に名前、名前……えぇと、どれを言えば疑われない?”

 男の一人が低く言った。
「ボウズ。顔に傷を付けずに痛めつける方法だって、いくらでもあるんだぜ? そうだな……まずは指を一本ずつ、切り落としてやろうか?」
生まれて初めて味わう、恐怖に鳥肌が立つような感覚に、レスターは頭の中が真っ白になった。さっきまで忙しく働いていた思考が、パニックを起こして凍り付く。



“……泣いて許しを請うかと思ったが……しかし、なぜ名乗らない?”
青ざめた顔をして、それでもなお、固く口を結んで男たちを睨みつけている少年の気丈さを、リーダー格の男は面白そうに見守っていた。

 しかし3人の男たちは反抗的なレスターの態度が癇に障るらしい。とうとう手首を縛っていた縄を解かれ、右手を掴み上げられた。
「やめろっ……放せよ!!」
暴れてみたがどうにもならない。この事態にどう対処していいのか何も思いつけないまま、3人がかりでテーブルの上に押さえつけられ、小指の付け根にナイフを当てられる。

  リーダーの男が立ち上がった。
「貸せ」
仲間の手からナイフを取り上げ、改めて、レスターの手の上でナイフを構える。
そしてレスターの顔を無理矢理ねじってその様子を見せつけ、すごみを効かせた声で言った。
「ボウズ、最後のチャンスだ。言え」
“くそっ……もうダメか……!!”
レスターは固く目を閉じて歯を食いしばり、恐ろしい一瞬が訪れて来るのを待った。


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