薄明宮の奪還 更新日:2007.05.26


 秘められた時を待ちて

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時は巡る……
来るべき運命の足音を先触れに。
耳を澄ますのはただ、かりそめに咲く花。
秘められた定め、その時を待つがゆえに……


1


「勝負あった! そこまでっ!!」

見物していた兵士たちの間から、ワッと歓声が上がった。
年端もいかない少年同士とは思えないほどの見事な剣術試合に、みな、手に汗握って見入っていたのだった。

しかし喝采を受けているはずの少年は、周りの賞讃の声に応える様子もない。倒れ込んでいる相手の少年の喉元に木刀を突きつけたまま、彼を見下ろし、憮然として言った。
「お前、本気出してなかっただろ」
「えっ……、そっ、そんなことはありません!」
「……」

鮮やかなブルーグリーンの瞳に、いらだちの色が浮かぶ。少年は額にかかる金の髪を汗とともにグイと払って周りに向かい、声を張り上げた。
「うるせーっ!!」
少年の剣幕に、ピタリと静かになる兵士たちを見回し、彼は言った。
「ちぇっ!! どいつもこいつも手加減しやがって!! クソ面白くねー!! やめだやめだっ!!」

日頃聞かない口汚いののしりの言葉に、剣術指南役のファルド将軍は仰天する。
「なっ……!! どっ、いったいどこで、そんな言葉を覚えていらっしゃるのですか?!」
将軍は、少年の従者である自分の息子なら知っているだろうと、まだ地面に座ったままの彼をキッと見据えた。父と良く似た茶色の髪に鳶色の瞳をした少年は、泡を食ってブルブルと首を振る。

「おっさんよぉ、これぐらい、兵舎に行けばいくらでも聞こえてくるぜ」
「……!! ……レスター様!! そのような物言いは伝統あるアドニアの王族として相応しくありませんっ!! すぐにっ、お改めください!!」
「フン! 行くぞ、ウィリアムっ!!」
額に青筋を立てて怒っている将軍を尻目に、レスターはくるりと踵を返してスタスタと歩き出した。
「あっ、お、王子!! どこへ……まだ稽古は終わっておりません!! レスター様っ!!」

慌てて、自分の半分ほどしか背丈のない彼の腕を掴もうとして、将軍は前のめりになって手を伸ばす。
「エイっ!!」
パッと振り向いたレスターがかけ声とともに、その手を思いきり引いて飛び退った。子供の力とはいえ、自分に勢いがついていたからたまらない。長身の将軍は頭から地面に転がり込んだ。

「プッ……くく……」
呆然として上げられた将軍の顔が砂にまみれて斑になっているのを見て、押さえきれない忍び笑いが兵士たちの間から漏れてくる。みるみる赤くなっていくその顔を見下ろし、指を突きつけながらレスターは言った。
「意味のない剣術の稽古など時間の無駄だと、お前から父上に言っておけ!!」
「王子っ!!」
猛然と掴み掛かってきた彼の腕をひょいとかわし、レスターは駆け出した。
「お前にぼくが捕まえられたら、おとなしく稽古してやってもいいけどねっ」

 将軍とレスターの追いかけっこが始まった。兵士たちは見物を決め込んで面白そうに眺めている。ウィリアムも立ち上がったものの、父と主人のどっちに加担して良いやらわからず、ハラハラしながら見守るだけだった。
  直線距離を走ったのでは子供が大人の足にかなうはずがない。しかし、そこはちゃんと心得ているレスターだった。ちょろちょろとすばしこく逃げ回り、とうとう、稽古場のすぐそばにある厩舎に逃げ込んだ。

 厩舎の手前でファルド将軍は息を切らせながら振り向き、兵士たちを怒鳴りつけた。
「こらお前たちっ、王子をお止めしないかっ!! 早く、裏へ回り込め!! ウィリアムっ!! お前もだ!!」

 仕方なくそちらへ向かおうとした20人ばかりの兵とウィリアムは、厩舎に入った将軍が、慌てた様子ですぐにまた走り出て来るのを見た。何だ? と首を傾げる暇もなく、その後ろから次々と現れた馬たちを見て、青くなる。
 優秀な軍馬は国家の財産だ。特に王宮内で飼われているこれらの馬は王様やその一族が使う大切な馬だった。

「つ、捕まえろっ!! 早くっ!! 怪我をさせてはならんっ!!」
もうレスターどころではない。将軍に叫ばれるまでもなく、兵士たちは大慌てで馬たちの手綱を掴もうと右往左往する。30頭ばかりもいた馬たちを全て解き放ったらしいレスターが、厩舎の入り口に姿を見せ、彼らのその様子を見て笑っていた。

 ようやく一頭の馬の手綱を掴んだ将軍が振り返ると、レスターはさっと身を翻して厩舎の向こうへ姿を消すところだった。その直前、
「ウィリアム!!」
と叫んで彼の注意を引き、親指を立てた拳を上げてみせる。それは彼とウィリアムの間の暗号で、指一本はアルファベットの最初の文字、Aを表す。城の東端の塔の上で、後で落ち合おう、という合図だった。

 そしてレスターはいまだ大混乱の稽古場を後に、意気揚々と走り去って行った。

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