薄明宮の奪還 更新日:2013.3.9


第5部 エンドルーア

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 第2章

16.喪失-2



 ギメリックは再び空中に浮かび、夜の塔へと近付いた。
黒大理石を使って建てられた塔は、その名の通り夜を切り取ったかのように、薄曇りの空を背景に黒々とそびえ立っている。

 子供の頃、ギメリックは1人で、よくここへ足を向けたものだ。たいてい昼間は誰も居らず、孤独をかこつのに格好の場所だったからだ。
 しかし塔の中の部屋へ入ることは、禁じられていた。扉に掛けられていた魔力による鍵は、その気になればギメリックには容易く開けられたに違いないが、敢えて禁を破ってまで中に入りたいという衝動は起きなかった。

 彼はいつも、入り口からロビーに入り、中心部を貫く吹き抜けを巡る階段を使って、最上階まで登った。そこは物見のための屋上で、西はアリエル湖を、東には城下の街並を、遥か彼方まで見渡せる。彼はそこで独り風に吹かれながら、本を読んだり、地下の魔物の声なき声に耳を傾けたりして、時を過ごしたのだ。

 だが今は一刻も無駄に出来ない。ギメリックは、塔の三階の壁を通り抜け、中へと侵入した。
そこから上の数階が、魔術の研究書を集めた図書館になっていたと記憶していたからだ。
求める情報は、この夜の塔のどこかに収められているはずだった。

 しかし薄暗い部屋の中に降り立ち、天井までギッシリ本が詰まった本棚が林立しているのを見ると、ギメリックは焦燥をつのらせた。
 魂だけとなっている今、あと半日とはこの場に留まっていられない。果たして、この膨大な書物の中から、探し出すことが出来るのだろうか……。

 とにかくまずは本の背表紙をザッと見渡して見当をつけ、これはと思うものを調べるしかない。
そう腹をくくったとき。

 突然、ギメリックは金縛りにあったように動けなくなった。
すぐに呪文を唱えて術を解いたが、辺りに漂う殺気はそのままだ。
周りを見渡しても、本棚が邪魔になり誰の姿も見えない。

「……クレイヴ、お前か?」
“それとも、暦司(こよみつかさ)の生き残りか?”

 ギメリックは最後の暦司がティレルとアイリーンを、そしてレスターたちを襲ったことをまだ知らない。
そのため、黒い羽毛に覆われた人影を視界の隅に捉えた時、彼はそれを暦司だと思った。

 即座に魔力で攻撃を仕掛ける。
輝く金の光球が敵に向かって飛んだ。
「ギャッ!」
避けきれなかった敵を、光がかすめる。
その姿はほっそりとして小柄だった。
襲って来た攻撃の波動をかわし、ギメリックは本棚を通り抜けて敵を追った。
実体を持つ敵は障害物を避けなければならない。
すぐに、逃げて行く後ろ姿を見つけ、再び光球を放とうとして……ギメリックはふと、眉をひそめて手を止めた。

 本棚と本棚の間の、薄暗い通路を走って行くその姿。
全身を黒い羽毛が覆っているが、長い髪は銀色だった。
暦司の中には、銀髪の者も確かにいたが、何か違和感を感じる……。

 そう思いながら追って行くと、袋小路に入り込んだ敵が振り向いた。
「……!!」
ギメリックは驚愕のあまり、言葉もなかった。
やつれて落ち窪んではいるが紫に輝く瞳…… その顔に残る面影は、まぎれもなく母親のものだったからだ。

 立ちすくんでいる彼に向かって、シルヴィアは向かって来た。
明らかに殺意を持った魔力の波動が襲って来る。
「は、母上……!! 私が、わからないのですか?!」
 ピクリと僅かに身を震わせ、彼女は立ち止まった。
しかし次の瞬間。
「ウ……オォォォッ!!」
獣のような咆哮をあげ、険しい表情で頭を抱えたかと思うと、その両手を前に突き出す。

 彼女の身体が、魂だけとなっているギメリックに触れることはない。
しかし魔力はギメリックの喉を激しく締め付けて来た。
「母上!!……っっ!!」

“ダメだ、冷静にならなければ……やられる”
苦痛に耐えながら、ギメリックは何とか攻撃から身をかわそうと試みた。
手加減なしに戦えるなら、逆に相手にダメージを与えれば良い話だ。
しかし、母親を傷つけたくない。
その思いがギメリックを躊躇させ、力を鈍らせる。
呪縛からなかなか抜け出せず、魔力が消耗していく。

“くそ……っ!!”
やっとのことで、ギメリックは相手の力を跳ね返した。
「アァウッ……!!」
シルヴィアが走り去ろうとする。

 その先に、もう一人の人影が現れた。
「クレイヴ……!!……お前か! お前が母上をこんな姿に……」
怒りに震えるギメリックに、ウレイヴは残忍な笑みで応える。
「もちろんだとも。この時のために生かしておいたのだ。魔物の障気にたっぷり晒してな……ククク……」
「おのれ!!」

 ギメリックの放った光球がクレイヴに向かって飛んだ。
しかし振り向いたシルヴィアが自分の魔力をぶつけ、消滅させる。
完全に操られているのだ。

「クックッ……さぁ行け……そうだ、お前の手で殺してやれ! どうだギメリック、私の慈悲が分るか? これこそお前の本望ではないか?」

 
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