薄明宮の奪還 更新日:2012.08.26


第5部 エンドルーア

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 第2章

12.遭遇-3



「おかしい……これはいったい……?」
 ギメリックは魂の飛翔によってリーン・ハイアットへと近づきながら、眼下に見える光景に首を傾げていた。

 仲間たちを残して山のふもとを飛び立ってから、わずかな時間しか過ぎていないが、すでにかなりの距離を飛行して来ている。針葉樹の森は終わり、首都周辺の平野部にさしかかっていた。
 この一帯は首都の人口を支える農村地帯である。この季節、本来なら畑には緑の作物が生い茂り、着々と実りを蓄えつつある頃だ。しかし今、ギメリックの目に映る地面は、ほとんどがくすんだ褐色だった。

 やがて、遥か遠くに、ひときわ大きな湖が見えて来た。神代の昔、怒りと悲しみのため荒れ狂う女神を鎮めようと、女神の娘が入水したという湖だ。娘の名を取ってアリエル湖と呼ばれるその湖は、高さ20メートルはあろうかという断崖絶壁に囲まれている。薄明宮は、その絶壁の上に建っていた。

 昼の塔と夜の塔を従えた懐かしい王宮の姿が、瞬く間に近付いて来る。平野側の手前には、エンドルーアの首都、リーン・ハイアットの街並が広がっていた。ギメリックは、まずはその街中へと降りて行った。

 一刻も早く王宮へ向かい、求めるものを探さなければと思ってはいたが、途中で見た農村の異常な様相が心に引っかかり、人々の暮らしぶりを確かめたかったのだ。

 街の細部が見て取れるようになったとたん、ギメリックは自分の目を疑った。美しかった街並は、見る影も無く荒れ果てていた。賑やかで活気があった通りには、今は人影もまばらだ。歩いている人々はどんよりと生気のない表情をして、のろのろと歩を進めている。しかも皆、ボロを重ね着して、寒そうに背中を丸めていた。
 今は魂だけの存在であるギメリックにはわからなかったのだが、どうやら初夏という季節らしからぬ、寒さが街を覆っているようだった。

「作物が育たないのは、そのせいか……一体、何が起こっているんだ」
 心残りではあったが、とにかく今は最優先で果たすべき使命がある。ギメリックは街を離れ、王宮へと向かった。


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「……っ!!……く……」
 すでに何カ所目かもわからないほど傷を負った身に、新たな痛みが加わった。しかし致命傷ではない。

“くそっ……なぶられている……”
そうとわかっていてもレスターには、なす術がなかった。何しろ相手の動きが、目にも止まらぬ程速い。せめて一太刀なりとも浴びせてやりたいと、間合いを計って踏み込んでも、一瞬で姿が消えてしまう。そうかと思えば、腕についた長いかぎ爪で太刀を受け、赤い瞳で見返してくることもある。そして耳まで裂けるようなニヤニヤ笑いを浮かべながら、魔力を使ってこちらの動きを封じておき、ゆっくりと腕を振り上げる。その度に獲物に“今度こそ殺される”と恐怖を与えることを楽しんでいるのだ。実際にはある程度の傷を負わせてまた突き放す。その繰り返しだった。

 レスターは肩で息をしながら、血の混じった汗が目に入ってくるのを腕で拭った。太刀を構えて相手を睨み据えてはいるが、時折、目がかすんできている。無数に負った傷から流れ出る血の量を考えると、そろそろ限界だろう。

“このままでは……時間の問題だな……いや、遭遇した時点ですでに、我らの命運は定まっている……だからギメリック、君たちは先へ行け……アイリーンを頼んだぞ”


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