薄明宮の奪還 更新日:2011.05.31
(06.12 加筆)


第5部 エンドルーア

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 第2章

9.つないだ手



「きゃあぁっ……!!」
グラリと傾いたルイザの背中から、空中へと滑り落ちそうになる。
アイリーンは必死になってティレルの身体を押さえながら、ルイザの首にしがみついた。

「向こうの方が早い……! だから、ぼくを置いて行けと言ったのに!!」
ティレルはまだ苦しそうに目を閉じたまま、歯を食いしばっている。
「そんなことより、何か方法はないの?!」

 二人は大きな鳥の姿となったルイザに乗って、薄曇りの空を飛んでいた。
追って来る暦司も、当たり前のように鳥の姿に変身している。
しかもスピードが速い。
ぴたりと後ろに付き従い、魔力で攻撃をしかけて来る。

“とにかく反撃してみて下さい! このままでは……”
ルイザの心話にも焦りの色が滲んでいた。どこかへ向かっているというより、ただ敵の攻撃をかわすためだけに、滅茶苦茶に飛行している状態なのだ。

「あっ……!!」
またも、すぐ近くを敵の攻撃波がかすめ、大きく視界が傾く。
「反撃って言っても……」
戸惑うアイリーンの手を、ティレルの手が掴んだ。
「倒すのは無理だ、でも少しでも時間を稼げれば、用意した隠れ家に逃げ込める」
「時間を稼ぐ……どうやって?」
「忘れたの? ぼくをやっつけた時のこと」
ティレルは目を開け、からかうような微笑を浮かべていた。
「あ、あの時はフレイヤの涙があったわ、それに標的も空を飛んだりしてなかった……」

 こんなせっぱつまった状況で、後ろから追いかけて来る相手に攻撃を命中させることなど、アイリーンにはほとんど不可能に思えた。
「コントロールはぼくに任せて。君はただ、パワーをぼくに注ぎ込めばいい」
「……わかったわ、やってみる」

 つないだ手と手に互いの温もりが通い合う。
それを意識しながら、アイリーンは目を閉じて自分の中の魔力に集中し始めた。
“そうだわ、あの時みたいに、自然から力を借りよう……少しでも力が増すように……大気よ風よ、大地よ!……光よ!!私に力を与えて!!”
世界に向かって心を開き、意識を解き放つ。

“あぁっ……!!”
ルイザの悲鳴が聞こえ、同時にガクンと彼女の身体に衝撃が走った。
ふわりと浮く感覚の後、急降下が始まる。

 アイリーンは目を閉じたまま集中を続けた。
耳元で風がうなり、次第にスピードを増して何もない空間を落ちて行くのがわかる。
けれどアイリーンは怖いとは思わなかった。ティレルの片手にしっかりと抱きしめられ、もう片方の手がまだ自分の手を握っていたからだ。

 やがて力が流れ込んで来た。始めはゆっくりと。そして徐々に勢いを増して。
自分のものではない力を受け止め、その器となる時、エネルギーの奔流に晒される心と身体は、場合によっては非常な負担を強いられることがある。
アイリーンは苦痛に耐えながら叫んだ。
「ティレル!!」
「いいぞ、こっちへ渡すんだ!!」

 アイリーンの身体から溢れ出した光が、手から手へ流れティレルをも包み込んで行く。
「……!!」
ティレルもまた苦痛に息をのむのを感じ、アイリーンは目を開けた。
が、ぴったりと寄り添い合っているため、ティレルの表情は見えない。
もともと苦しそうだった彼が耐えられるのかと、心配するアイリーンの心を察したティレルは、辛そうだがしっかりした声で叫んだ。
「大丈夫だ、続けて!!」
“ティレル……!!”

 アイリーンは両手を回し、ティレルを強く抱きしめた。
再び目を閉じ、注ぎ込む魔力とともに、意識を彼の中に滑り込ませる。
不思議な一体感に包まれながら、彼の感覚の隅々までを自分のものとし、それから、その苦痛を全て引き受けて自分の中に取り込んだ。

“……っ!!あぁっ……!!”
心と身体を同時に切り刻まれるような苦痛に襲われ、アイリーンの意識はゆっくりと暗転していった。

 気を失う寸前、アイリーンは見た。
目の前に迫っていた敵が、ティレルの放った魔力の炎に包まれるのを。
巨大な黒い鳥は大きく体を仰け反らせ、虚空へと落ちて行った。


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 アイリーンは目覚めた。しかし辺りは真っ暗で、何も見えない。
冷たい、ゴツゴツした物の上に横たわっているのを感じながら、しばらくじっとしているうち、記憶がよみがえって来た。

“ティレル……ティレルは?!”
急いで手探りすると、右手がすぐに柔らかな布に触れ、その先にティレルの手を感じた。
どうやら隣に、同じように寝ているらしい。

「……お目覚めですか」
ポッと魔力の灯が点り、ルイザの冷たい面が闇から浮かび上がった。
ティレルの向こう側に座って、こちらを見下ろしている。
アイリーンは上体をティレルの方に傾け、光の下で彼の様子を伺った。

 三人がいるのは洞窟のような場所だ。周りを取り囲んでいる岩壁の所々に、ルイザの掌で燃える青い炎が、チラチラと照り映えている。

 床に広がったティレルの銀の髪、長いまつげを伏せた白い顔にも、その光が踊る。
そのせいか、ティレルはひどく青ざめて見えた。
見たところ怪我はないようだが、目を覚ます気配もない。

「ティレル……?」
不安に震えながらアイリーンが呼ぶと、ルイザが代わりに返事をした。
「暦司を撃退した後、あなたを守って安全に着地するため、魔力を使い果たしてしまわれたのです。当分の間は、お目覚めにならないでしょう」
アイリーンはルイザの顔を見上げたが、相変わらずの無表情だ。

  アイリーンは身体を起こして周りを見回した。
「あの……ここは?」
「元居た岩城の地下です。万一の時のため、ティレル様が用意されていた隠れ家……墜落したお二人を捜し出し、私がここへお連れしたのです」
「あなた一人で? 大変だったでしょう」
老女はうっすらと微笑みを浮かべた。人を揶揄するような、どちらかと言うと冷たい微笑みだったが、彼女の笑顔など想像もできなかったアイリーンはびっくりした。
「お二人とも意識を失っておいでだったので、気になさらないだろうと思い……片足に一人ずつ掴んで、お運びしました」

 ああ、そうだ……この老女は、鳥に変身していたのだ。
変身は特殊な能力であり、いかに強い魔力保持者であっても、その才のある者しか使えない。ゆえに、真の変身術者は非常に稀な存在だった。

 ティレルやギメリックが自分を別人に見せたり、アドニアでギメリックが、アイリーンを脅すために獣の姿を纏ったりした術は、ただの目くらましに過ぎない。本質は変わらないのが普通で、鳥の飛翔力や他人の力を使えるようになるワケではないのだ。

 ただ、どちらにせよ姿変えの魔法はトップクラスの魔力を必要とする。とすると、この老女も相当な魔力の持ち主に違いない。それなのにただ逃げ回るしかなかったとは……あの暦司の生き残りは、どれほどの力を持っているのか……。

 やはり強い魔力保持者である証に、ルイザはアイリーンの考えを読み取ったらしい。
「私ごときが、太刀打ちできるような相手ではありません。ティレル様ですら、不意を突かれたとは言え、この状態なのです」
 ルイザは少し改まった口調になって言い足した。
「襲撃を受けた直後に、ティレル様から心話でキツく言い渡されました。あなたをここへ案内し、新月の日を迎えるまで、決して外へ出すなと」

 アイリーンは当惑し、眉をひそめた。
「新月の日までって、あと何日?」
「6日です」
「そんなに待てないわ! 私、ギメリックたちのところへ帰らなくちゃ。みんな心配してるし……」
「危険です。暦司は諦めていないでしょう。ここへの入り口を探って、近辺をうろついているはずです」
「……ここは安全なの?」
「はい。外からは絶対に見つかりません。水や食料も用意してあります。もう少し奥に部屋がありますから、ティレル様をお運びするのを、手伝ってくださいますか」
アイリーンは頷いて言った。
「わかったわ。ティレルを運んだら、私は出て行く。あなたはティレルとここにいて」
「いけません」
「だって知らせないと皆が危ないわ! 私を探しに近くまで来てるのよ、もし暦司と出会ってしまったら……!!」

 焦燥を滲ませたアイリーンとは対照的に、ルイザの顔は平静そのものだった。
「私はただ、ティレル様のお言い付けに従うだけです。出て行くと言われるのなら、力づくでも阻止します。もちろん王族のあなたの方が魔力は強いでしょうけれど、私を殺さない限り、出て行くことはかないませんよ」
「そんな……」

 アイリーンは困ってティレルの顔に視線を落とした。
“新月……私の魔力がピークを迎えるまで、危ないから閉じ込めておこうとしたの? ティレル、あなたの望みは何だったの? 命を賭けて私を守ろうとしてくれたのは……なぜ?”
やはり彼に目覚めの気配はなく、青白いまぶたは閉じられたまま動かなかった。



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