薄明宮の奪還 更新日:2011.04.29


第5部 エンドルーア

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 第2章

8.胸騒ぎ



 起き上がろうとしてティレルがもがき、アイリーンが助け起こした。
その間にも、不吉な黒い姿は刻々と近づいて来る。
「結界を!!」
ティレルの声で間一髪、アイリーンが結界を張った。
ほぼ同時に、魔力による激しい衝撃が襲って来る。
「あぁっ!!」

 結界を通してさえ、体の表面にビリビリと痺れるような痛みが走る。
二人は互いを支えて倒れそうになるのを必死でこらえた。
苦痛に耐えながらティレルがまた言う。
「逃げろ!」
「一緒じゃなきゃ嫌っ!」
「ダメだ!二人とも殺られる!!」
「でも…!どこへ?」

 ティレルが手を伸ばし、部屋の扉を閉めた。衝撃が少し弱まる。
振り返って部屋の奥へ向かおうとするティレルを、アイリーンが支えた。
歩くことさえ辛そうなティレルの体は重く、アイリーンの息も上がって来る。

 以前、ティレルの部屋へと続くトンネルがあった場所へ来ると、ティレルが手を上げた。苦しげな息の下から、呪文をつぶやく。
すると再び岩に亀裂が入り、トンネルの入り口が開いた。
「行くんだ!」
肩を押され、アイリーンは直感した。
一人で敵に向きあい、アイリーンを逃がすために時間を稼ごうとしているのだ。
「ダメっ!残ってここを塞ぐつもりね?」
「向こうにルイザがいる、彼女について行け!」
「いやっ!!」

ドンッ!!バキバキッッ!!

 部屋の扉が砕け散った。
再び、強い痛みが襲いかかって来る。
アイリーンはティレルの体を力いっぱい引き寄せ、一緒にトンネルの中へ転がり込んだ。
「バカっ…!!」
「黙って!」

 ティレルの心の表層を探り、穴を塞ぐ呪文を探し出す。
順序立てて考えてなどいなかった。
ただ本能のままにその呪文に手を伸ばし、自分の中に取り込む。
 唇から呪文が溢れ出した。
今や白熱した塊のように感じられる自らの魔力が、呪文とともにほとばしる。

 閃光が走った。
次の瞬間、トンネルの入り口は岩石で覆われていた。
敵の魔力が遮蔽され、苦痛が和らぐ。

 ホッと息をついたアイリーンに、ティレルが言った。
「すぐ破られる、早く行くんだ!」
アイリーンはキッと唇を引き結ぶと、黙ってティレルの体を助け起こしにかかった。何を言っても聞く耳を持たない様子の彼女に、とうとうティレルが癇癪を起こす。
「くそっ!!何なんだ、その頑固さは!! ええぃ仕方がない、ルイザっ!!」

 アイリーンを待つようにと、言いつけられていたのだろう。
トンネルの向こうから、老女が走り寄って来た。
「ティレル様っ!!」
アイリーンの反対側から、ティレルを支える。
「急げ!例の場所へ…!!」
「はい!」
 二人でティレルを助けてトンネルを進むうちに、周りの岩がミシミシ音をたて出した。
「ダメだ、間に合わない…!」

ドーーーン!!

 大音響が響き渡った時、三人はかろうじてトンネルの出口にたどり着いた。
「お乗りください!」
ルイザが叫ぶ。彼女の姿はすでに変容し始めていた。
「あっ……!!」
アイリーンが驚いて思わず声を上げる。
それは、彼女とティレルをこの城へと連れて来た、大きな鳥の姿だった。



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“胸騒ぎがする……”
ギメリックはそそり立つ山の姿を仰ぎ見た。
 偵察へと向かうレスターたちを見送った後、残った者たちを連れて道を引き返し、山のふもとまで降りて来ていた。自分自身と、他の魔力保持者たちの体調の回復を図りつつ、ここでレスターからの知らせを待つことになっている。

 しかしギメリックは後悔し始めていた。
やむを得ない策だったとはいえ、魔力を持たない者たちだけで行かせるなど……。
もしかすると取り返しのつかないことになるのではないか……。

「……心配なのね? 無理もないけど」
カーラが話しかけて来た。
「少しは休まないとダメよ。魔力も体力も、眠らないと回復しないわ」
「あぁ。わかってはいるんだが」
「眠れないの? 誰かに喧嘩をふっかけさせましょうか?」
今ではレスターの機智を認めているカーラが、微笑みを浮かべてそう尋ねた。
ギメリックも思わずフッと笑いを漏らす。

 その笑顔を見てカーラは思った。
“あまりに真面目すぎるこの人の側には、あの方のような人が必要なのかも知れないわね”
 もちろんレスターにしても、アイリーンへの心配や不安は皆と同じ、いやそれ以上だったろう。いつものお気楽な言動が、かなり影を潜めていたことでもそれはわかる。けれど彼の天性の明るさが、どこか一行のムードを作っていたことを、彼が欠けたことで感じているカーラだった。

「“何もなかったよ”って言って、早く帰って来てくださると良いのだけれど」
カーラのつぶやきに、ギメリックがうなずく。
「その可能性が高いと踏んで彼らを行かせたのだが……」
 確かに過去、クレイヴはここで何かやっていたに違いない。しかし本来、こんな所に魔力保持者であるティレルやアイリーンが長く居られるはずがないのだ。だからティレルはギメリックをおびき寄せて弱らせるためにここを通ったのであり、山を越えた後は留まらずにリーン・ハイアットへ向かっているはずだと思ったのだが……。

「……こんな賭けは、するべきではなかったのかも知れない」
 いつになく、迷いを見せるギメリックを気遣うように、カーラは言った。
「でも、もし万が一、アイリーンがまだここにいるなら、助けられずに通り過ぎてしまうことになるわ」
「……万が一、か……」
ギメリックの声、そして表情にも、苦渋が滲む。
「その万が一がもし、あったとしたら……」
“彼らを非常な危険に晒すことになる……”

 結局レスターについて行ったのはウィリアムだけではなく、元は彼の部下だった傭兵たち全員だった。彼らの意志が明らかになった時点で、その条件を飲まない限り行かせないと、ギメリックが宣言したのだ。レスターは渋々ながら、首を縦に振らざるを得なかった。

「今は、待つしかないわ。……そうでしょう?」
カーラもまた、苦しげに言う。
「……」
 ギメリックは彼女の顔から目を上げて、再び山へと視線を移した。
やがて、そのトパーズの瞳に、強い光が宿る。
「いや、ただ待つより俺は……少しでも、何か手がかりを掴みたい、一刻も早く。……そうしなければ……」
皆が危ない。その言葉を、ギメリックは飲み込んだ。

「ちょっと待って、まさかあなたも行くって言うんじゃ……」
慌てたカーラの言葉を、ギメリックは苦笑とともに遮った。
「それが出来れば今頃、こんなところで腐ってなどいない。そうではなく……魂の飛翔を使って、リーン・ハイアットへ向かってみる」
「何ですって?!」
「この山から離れる方向へなら、魔力も問題なく使えるはずだ。道の途中にアイリーンがいれば必ず察知できる。もしそうならここに敵は残っていないだろう。レスターたちは安全だ、放っておいてもいずれは無事帰って来る。俺たちはすぐ彼女の後を追えばいい。もし、いないとしたら……魔力保持者がここに居られる秘密があるということだ。リーン・ハイアットでそれを見つけて来る」
「ギメリック!!それこそ危険な賭けだわ!!もしクレイヴが待ち構えていたら……!!」
「わかっている。だが俺は必ず帰って来る」
「……」

 誰も失いたくない。
ギメリックの強い意思を感じ、カーラは言葉を失ってただ彼を見つめた。



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