薄明宮の奪還 更新日:2010.11.28
(12.19 一部修正・加筆)


第5部 エンドルーア

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 第2章

7.秘密



 回りを森で囲まれて小さな広場のようになった草原に、色とりどりの花が美しく 咲いている。その中心に、若い男女が並んで座っていた。

 二人は良く似ている。二人とも、輝くような金髪に紫の瞳。そして息をのむほど美しかった。もしも知らない人間が偶然、通りかかったら、その場の花々から抜け出て来た妖精かと思うだろう。
 しかし森にも草原にも、他に人の気配はない。ただ柔らかな日差しだけが二人を慕うように降り注ぎ、その金の髪の輝きを際立たせている。

「ダメよ、お兄様! 一生誰にも言わない、二人だけの秘密……って、約束したでしょう?」
「だけどフェリシア、もし君に子供ができたら……」

 憂いに曇るエムリストの顔を、フェリシアは大きな紫の瞳でじっと見つめた。
「ええ、わかってる。子供が魔力保持者だったら、その時は……そうね、何とかしなくちゃいけない」

「……魔力のことだけじゃない。向こうにはもう、第一、第二の妃がいらっしゃるんだ。苦労するに決まっている。君をそんなところへ嫁がせるのは、気が進まないよ。どうして国内の有力貴族の子息じゃダメなんだい? これまでの慣習を破る訳にはいかないからと、断ることもできるんだよ」

 苦しげに目をそらせたエムリストの手に、フェリシアは自分の手を重ねて静かに言った。
「お願い、お兄様。あの方にお会いして、ハッキリわかったの。私は、この出会いのために生まれて来たんだって……何もかも、この時のためだったんだって。だから今、とても幸せなのよ。お兄様には、祝福して送り出して欲しいわ」

 彼女の手から伝わって来る、揺るぎない決意。その思いの強さに、エムリストは何も言えなくなった。
 二人はそのまま手を取り合い、ちょうど目の前に咲いた白い花を、しばらく黙って見つめていた。

「……アドニアは遠い。寂しくなるね」
ポツリとつぶやいた兄の言葉を聞き、フェリシアの目に涙が浮かぶ。
「お兄様……」

“アドニアに嫁いだら……もう二度と、生きてお兄様には会えない……”
それは、めったに訪れないとはいえ外れたことのない、彼女の予知だった。
「私も……寂しいわ、とても」

 震え出したフェリシアの肩を、エムリストがそっと抱きしめる。残された時間を、せめてずっとこうしていられればと思いながら……。



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“不思議だわ……私はお母様の顔を知らなかったはずなのに……”

アイリーンはぼんやりとした意識の底で、そう思った。

“夢の中ではすぐにわかる、あれがお母様だって……
 では、あの方がエンドルーア王? きれいで、優しそうな人……”

そこでアイリーンは急に思い出してハッとした。

“ギメリックの……そして、もしかしたら私とティレルの、お父様……?
 いいえ!そんな……でも、秘密って、いったい……?”

息が苦しくなるほどの不安に襲われ、アイリーンはパッと目を開けた。

 岩城の中の、最初に目覚めた時と同じ部屋だった。やはり誰もいない。
どうやら朝だ……でも、何日目の朝だろう?とアイリーンは思った。

 起き上がろうとして、体中のだるさと鈍い頭痛に顔をしかめる。けれどかまわずに半身を起こし、窓の方に向かって手を伸ばした。水晶球が飛んで来るのを見て、ホッとする。自分はまだ魔力を保っているのだ……。

 手に取った水晶球を覗き込んで、しばらく目を凝らすうち、モヤモヤと中心が不透明になってきた。さらに眺めていると、やがて、望んでいたものが見えてくる。

“ギメリック……! ああ……みんな……”

 20人ほどの小隊を組み、ギメリックたちが険しい山道を急いでいる。レスターやポルやカーラ、ユリシウスの顔も見える。
 自分を捜して、こちらに向かっているに違いない彼らの姿を、アイリーンは胸が痛くなる思いで眺めた。

 ティレルにこの岩城に連れてこられてから、少なくとももう数日は経っているはずだが、アイリーンにはその日数がはっきりとはわからなかった。
 どう考えても、ティレルは自分をなぶって楽しんでいるとしか思えない。説得に応じる気配は全く感じられず、そればかりか姿を現すたびに不自然なほど密着してきて、うろたえる自分を見て喜んでいる気がする……。
 一緒に食事をするのは良いとして、一緒に入浴しようとしたときには必死で抵抗した。無理矢理同じベッドに連れ込まれ、下着一枚になるまで服を脱がされるのも毎度のことだ。しかも、最後は必ず、深いキスの合間に何か薬を飲まされ、アイリーンは苦しくなって眠ってしまうのだった。

 ギメリックたちが来るまで、なるべく自分を眠らせておいて逃げるのを阻止しようとしているのだろうか……その薬のせいか、目覚めてもしばらくはひどく気分が悪く、頭もボンヤリとして、まるで夢の続きのように思考も定まらないのだ。
 おかげで、自分やギメリックのために何か有利になるような情報を探ってみようと思っているのに、ちっともままならない。何を聞いてもティレルが答えてくれるはずもなく、いつもはぐらかされてばかりだ。アイリーンは自分のふがいなさが歯痒かった。

“いつまでもこんなことしていられない。皆に危険が迫っているかも知れないのに……”

 アイリーンは自分が捕まっていることで、彼らの枷となることを恐れた。ティレルの気持ちを動かすことができないのなら、何とか一旦、ここから逃げて彼らの元へ帰らなければ……。

「そうよ! 今日こそ、何か方法を見つけないと」
 幸い今朝は、今までよりいくぶん頭もすっきりして気分も良い。アイリーンは置いてあった服を着ると、窓に近寄った。大理石の台座に水晶球を戻し、初めてではないがもう一度、外を覗いてみる。

 小さな窓だった。アイリーンならどうにか通り抜けられそうではあるけれど、窓の外は切り立った絶壁で、上にも下にも手がかりになるような場所は全くない。おそらくこの部屋は山のリムウル側に面しているのだろう。窓から見える景色はエンドルーア側より傾斜も険しく、荒涼としていた。

「もし外に出られたとしても……また魔力を奪われてしまうんじゃ、どうしようもないわね……」
 アイリーンはため息まじりにつぶやき、振り返って部屋の中を見回した。
ティレルの部屋へと通じていた壁の穴は、今は何事もなかったかのように元通りになっている。だから出入り口は扉しかない。しかし扉の外に一歩踏み出した時の衝撃を思い出すと、今でも、身体が震えるほど怖かった。

 アイリーンが不思議に思うのは、ティレルが外でも平気でいたことだ。魔力を使って、自分の回りや部屋に結界を張り、金属の影響を防いでいるのだろうか? しかし金属は魔力そのものを弱らせるため、結界を張ることすら、とても困難なはずなのだ。だからこそギメリックほどの魔力保持者にとっても、ここは非常に危険な場所……。でもそう考えると、この部屋やティレルの部屋で自分たちが普通にいられることも不思議だった。

「結界……何か特別な?……それがわかれば……」
 アイリーンは扉の前まで歩いて行き、そっとノブを回してみた。やはり鍵はかかっていない。扉を開くと、廊下の奥から微かな話し声が聞こえた。

「ティレル……?」
 耳を澄まそうとした時、突然、巨大な魔力の気配が渦巻くのを感じた。
“これは、戦いの…?!”
考える暇もなく、凄まじい音とともに、回りの岩全体がグラグラと揺れ動く。
「きゃあっ……!」
アイリーンは思わず耳を覆いながらその場にしゃがみ込んだ。
細かな岩のかけらがバラバラと降って来る。

ドーン!!

何が起こっているのか全くわからないまま、次の衝撃波が伝わって来た。
アイリーンは扉にしがみついてようやく立ち上がる。
その時、廊下の向こうから何かが飛んで来た。
「あっ…!!」
とっさによけきれず、倒れたアイリーンの上に横たわったのはティレルの身体だった。
「ティレル!!どうしたの?!」

ティレルは目を閉じてぐったりしている。
食いしばった口元から血が流れていた。
「ティレル!!」
アイリーンの叫びにピクリと反応したが、目を開けることも出来ないようだ。
「逃げろ……」
絞り出すような声が漏れた。
アイリーンは彼の身体を膝の上に乗せたまま、異様な気配を感じて廊下の奥に目を凝らした。

 狭い廊下を塞ぐようにして立ちはだかり、こちらへゆっくりと近づいて来るものがある。
わずかな光さえ吸い込まれてしまうかのように、闇が凝っている……と一瞬見えたが、それは全身真っ黒な羽毛に包まれた、半人半獣の姿だった。
以前、ソルグの村を襲って来た者によく似ている。

“あれは……暦司の生き残り……!!”

 血走った赤い目に浮かぶ鮮烈な殺意が、アイリーンの全身を総毛立たせた。
一瞬にして、身体の芯に眠っていた魔力が熱を持つ。

「ダメだ!!アイリーン……!!」
ティレルの手がアイリーンの腕をきつく掴んだ。
「今の君の魔力では奴にかなわない、戦うな!!」


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