薄明宮の奪還 更新日:2010.08.08


第5部 エンドルーア

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 第2章

2.喧嘩-2



 目を覚ますと、覆い被さって来るような夜空に、星の光が瞬いていた。
ギメリックの心は一瞬タイムスリップし、絶望に押しつぶされそうになる。フレイヤの涙を求めて一人、孤独な旅を続けていた間に、何百回も目にしたものと同じ光景だったからだ。
 星はどれほど手を伸ばしても届かないものの象徴のように思え、いっそ見たくないと、腕を上げて目を覆った。

 するとすぐ近くから、レスターの声がした。
「起きたのかい?」
「……」
 ゆっくりと記憶がよみがえって来た。もう独りではないという安堵と、同時に背負った責任の重さ。アイリーンへの心配と焦燥。レスターに殴られて腹が立ち、喧嘩になったこと……。

 横を見ると、2、3歩ほど離れたところにレスターがあぐらをかいて座っていた。
「よく寝てたね。ぼくの方は体中痛くて、眠るどころじゃなかったよ」
 半分ほどに欠けた月が、苦笑している彼を斜め上から照らし、淡く涼しげな光でその美しい風貌に陰影を添えていた。
 顔を殴ったのは最初の一発だけだったと記憶しているが、何度も倒れたり転げ回ったりしているうちに出来たのだろう、彼の顔には所々、痛々しい擦り傷があった。たぶん自分も同じく、ひどい有り様に違いない……気がつくとやはり体中が痛かった。

 敵地にいるというのに、味方同志の喧嘩ぐらいで怪我をするわけにはいかない。そうとお互いわかっていた証拠に、殴り合ったのは最初のうちだけで途中からは二人とも相手の動きを押さえ込むことで勝負を決めようとした。
 しかしフラフラになるまで取っ組み合いを続けたが勝負はつかず、二人は同時に倒れたのだった。自分はどうやら、そのまま眠ってしまったらしい。

「……謝らんぞ。そっちが仕掛けて来たんだ」
憮然として視線を戻し、寝転んだまま星空を見上げて言った。
「ああ、わかってるさ。……でも、久しぶりにぐっすり眠れたろう?」
笑いを含んだレスターの声に、彼の目的がそこにあったことを、ふいに理解する。

 自分は旅に出てからほとんど眠っていなかった。アイリーンが心配なことと、仲間に襲いかかろうとする敵襲への警戒から神経が高ぶって、眠ろうにも眠れなかったのだ。そのために消耗する一方だった魔力が、かなり回復しているのを感じる。

 ギメリックはため息をつきながら、痛みをこらえてゆっくりと半身を起こした。

 レスターは立場上、皆の前では一歩退いて、自分を立ててくれてはいる。しかし実のところ何もかも一枚上手の彼に、自分は生涯、頭が上がらないのではないか……。そんな予感に、思わずまた、深いため息がもれた。

 レスターはそんなギメリックの様子を見て少し笑ったようだった。しかしそのことについてはもう何も言うつもりはないらしく、黙ったまま「見ろ」と言うように、顔の動きで前方を指し示した。

 二人が座っているのは緩やかな勾配のある、短い草の生えた地面だった。ずっと険しい登りだった道が、中休み的に少しましになった広場のような場所で、今夜はここで休もうと皆で足を止めたのだ。所々に、うずくまった牛ぐらいの大きさの岩が転がっていて、その側に寄り添ったり、あるいは何もない草の上に横になったりして、仲間たちが眠っている。その向こうに一人、そして近い所にもう一人、今夜の見張り役らしい男の影が立っていた。

 ギメリックは無意識のうちに素早く人数を確かめ、全員の無事を知ってホッとした。それを見計らったようにレスターが声をかけてきた。
「さて……一応、君の考えを聞こうか。これからどうするつもりだい? 言っとくけど、喧嘩の元になったさっきの案は却下だよ、もちろん」
 ギメリックは険しく眉を寄せてレスターを睨んだが、彼はびくともせずに平然と見返してきた。ギメリックは根負けし、ため息を吐きつつ顔を背けた。

「……とにかく、魔力保持者たちにはこれ以上、この道を進ませることはできない。それだけは確かだ」
“しかし……”
ギメリックの頭の中を見透かしたように、レスターが言葉を継いだ。
「だけど、この道の先にアイリーンがいる可能性を捨てきれない。君はそう考えてる……そうだろう? 何か根拠があるのかい?」
「いや……ハッキリしたことは俺にもわからない。この地の金属によって魔力の知覚まで阻まれているからな。だが……思い出したんだ。俺がまだ薄明宮にいた頃、クレイヴが度々、この地方を訪れていたことを。おそらくもっともらしい理由をつけていたんだろう、大人たちは気付いていなかったが、俺は何となくつじつまが合わないものを感じていた。その頃は、奴に対して何の疑いもなかったから、漠然とした思いだったが……」

 ギメリックは月明かりの中、眼下に広がる静かな景色を眺めた。比較的平らなこの広場はすぐに終わり、その下には今まで登って来た荒涼とした山岳地帯がどこまでも続いている。
「こんな辺境地帯に、いったい何の用があったのか……何か、奴の注意を引くものがあったに違いない」
「この地の秘密、つまり魔力保持者にとって致命的な成分を含むことを知って、何かたくらんでいたと、そう思うんだね?」
「ああ。それにティレルは空を飛んで逃げて行ったんだ。真っすぐリーン・ハイアットに向かうこともできたはずなのに、ここは全く方向が違う」
「うん、その点は、ぼくもおかしいと思っていたんだ……わかった。ぼくが行って見てこよう」

 ギメリックはサッとレスターの方に向き直った。
「何を言い出すんだ」
「何って、当然じゃないか。魔力保持者はこの先へ進むことは出来ないんだから、それ以外の者が行くしかないだろう」
「しかし……」
 渋面のギメリックとは対照的に、レスターはにこやかに言った。
「危険は百も承知でついて来たんだ。魔力はなくても少しは役に立てそうで嬉しいよ。任せてくれないか?」

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