薄明宮の奪還 更新日:2010.01.30


第5部 エンドルーア

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 第2章

1.喧嘩-1



「カーラとポル、それにイェイツ。ノエル、ロト、ダン。魔力を持つ者は全員、ここから少し戻って山のふもとで待機してくれ」
 ギメリックの言葉に、真っ先に反応したのはポルだった。
「何だよ、それ! 何でオレたちが……ムググ」
 激高するポルの口を、後ろから両手で押さえながらカーラが尋ねた。
「どういうこと? 何かわかったの?」
「……」
 ギメリックは厳しい表情で口をつぐんだまま、自分を見つめている人々の顔を見渡した。

 総勢20人。魔力保持者は先に名の上がった6人で、ソルグの村からはもう一人、ゲイルも加わっている。
 レスターとウィリアムは、リムウル国の好意によって預けられた傭兵部隊からの精鋭5人を引き連れていた。
 そしてユリシウスは、デクテオンの反対を押し切って半ば強引について来た。もちろん従者レモールも一緒である。志願の手を挙げたイスカとハルは、密かにユリシウスの護衛を兼ねるという任務を与えられ、同行を許されていた。オーエンの領主フレッドはその責務ゆえに許されず、代わりに腕の立つ側近を一人差し出してくれた。

 オーエンを出て馬で3日目、彼らはエンドルーア領に入った。しかし住む人もほとんどいない、荒涼とした丘陵から険しい山岳地帯へと続く地のことである。正確な国境はハッキリとはしていない。
 ギメリックが時折、魂の飛翔を使って確かめる道は次第にきつい上り坂となっていた。敵の気配はなく、そのかわりアイリーンの行方も未だわからない。

 そんな中、ギメリックを含め7人の魔力保持者たちが体調を崩し始めた。始めは旅の疲れかと思われたが、やがて、魔力にダメージを受けているのだとわかってきた。しかしその原因まではわからず、国境とおぼしき辺りからさらに3日、ここまで旅を続けて来たのだった。

 自分の回りに集まって立ち、問いかけるようなまなざしを向けてくる一行の面々を、ギメリックは改めて眺めやった。待機していろと言われた魔力保持者たちは、説明を聞いて納得するまでは一歩も引かないという決意をみなぎらせている。
 ギメリックはしかたなく口を開いた。これから一緒に戦おうとする仲間同士、魔力保持者の秘密を隠したままという訳にもいくまい、そうも思ったからだ。

「この辺りの岩石は、金属質の鉱物を多量に含んでいる。魔力保持者には毒なんだ。これ以上進むと命取りになりかねない。だから……頼む、お前たちは待っていてくれ」
「金属……」
呆然とカーラがつぶやき、ポルや他の魔力保持者たちは一斉に下を向いて足下の地面を見つめた。
「そんな……この山にはオレたち、登れないってこと? くそっ!! じゃあ、どーやってアイリーンを助けに行けばいいんだよ?」ポルが叫ぶ。
「いや、ここにいるとは限らない。敵の魔力保持者たちにとっても辛い場所のはずだ、山を越えて真っすぐリーン・ハイアットに向かっているのかも知れないし……だが、それもわからない。山に魔力の知覚を阻まれてしまっているからな。だから俺が行って調べてみる。もし、もうこの辺りにはいないとわかったら、山を迂回する道を探そう」

「ギメリック! あなたまた一人で……」
 抗議の声を上げたカーラの横を、レスターがさっとすり抜けた。そしていきなりギメリックの胸ぐらを掴み、「この……バカヤロウ!!」と言いながら殴りつけた。

  勢いで地面に倒れたギメリックを見下ろし、彼は言った。
「いいか? よく考えろ!! 敵のターゲットは誰だ?……君だよ! 君一人なんだ! ぼくたちが何人束になろうが関係ない、君が殺られたらその時点で、この戦いはゲームオーバー、全てが終わりなんだ! 一番大事な駒を真っ先に敵陣に進めるようなマネは、今後一切、許さないからな」

 その言葉は、皆の思いの代弁だった。いくら止めてもギメリックは、魂の飛翔を使った偵察をやめようとしなかった。少しでも早くアイリーンの行方を知りたいという思いもあるのだろうが、事前に敵襲を察知し、仲間を危険にさらすことを防ごうとしているのは明らかだ。彼一人に負担がかかるこんな状況は本末転倒、いったい何のために付いて来たのだかわからない。多かれ少なかれ、皆がそう思っていた。

 ギメリックの方も、レスターの言うことは正論だと認めない訳にはいかなかった。実際、この地の鉱物のせいで魔力を消耗し、体力の限界を感じ始めている。そんな自分を彼が気遣ってくれているのもわかる。
“しかし、だからといって何で殴られなくちゃならんのだ?!”

 ギメリックは立ち上がり、頬の痛みとともに腹の底からフツフツと湧いてくる怒りを感じながら、レスターを睨みつけた。
「……お前に殴られるのはこれで3度目だ」
「フン。だから?」
「……もう我慢ならん!!」

 トパーズの瞳に闘志を燃え上がらせ、頭を下げて戦闘態勢に入ったギメリックを見て、レスターはさも楽しそうに笑い声を上げた。
「ははっ、そうこなくちゃ面白くない……っと!!」
 ギメリックのパンチをサッとかわし、体を沈めて彼の左脇にボディブローを叩き込む。崩れ落ちると見せて下から突き上げたギメリックの拳が、レスターの顎に見事にヒットした。のけぞって後ろに倒れかかる彼の体を、ワッと寄って来た傭兵たちが一旦受け止め、勢いをつけてまた押し戻した。
「いいぞー!!やれやれっ!!」
「がんばれ隊長ーっ!!」

 はやし立てる傭兵たちを尻目に、カーラはおろおろしながら叫んだ。
「やめてっ!! どうして? 何で止めないのーっ?!」
腕にそっと手をかけられ、カーラが振り返ると、ウィリアムが微笑んでいた。
「やらせてあげてください、ただの鬱憤晴らしですから」
「そんなっ、ひどいわ!」
ウィリアムはいえいえ、と言うように首を振った。
「レスター様ご自身も楽しんでおられるのは間違いないでしょうが……でもギメリック様にも必要なことですよ、きっと」
「え?」
「昨日、レスター様が漏らしておいででした。『思い詰めすぎている』と……」
 カーラは思わず振り返って、殴り合いから取っ組み合いへと移行した二人を見た。

 彼らを囲んで、傭兵たちが盛んにヤジを飛ばしている。そこにはポルも混じっていた。どうやらギメリックに声援を送っているらしい。他のソルグの村の者たちとユリシウスは、どうしていいかわからない様子でただ突っ立っている。
 しかしリムウルの武人たちは皆、はやしたてこそしないものの、口角に笑みを浮かべて面白そうに事の成り行きを見守っていた。彼らは兵士たちの荒っぽい行いに慣れている。こんな余興が軍の重苦しい雰囲気を吹き飛ばしてくれることを、良く知っているのだった。

 ウィリアムもカーラに倣ってしばし二人を眺め、そしてまた言った。
「何もかも一人で背負い込んでしまわれる質(たち)なんでしょうねぇ……力ある指導者にはよくあるタイプですが。『あれでは先に神経が参ってしまう』とレスター様はおっしゃって、何か考え込んでいらっしゃいましたが……」
 こういうことだったのか、とウィリアムは可笑しそうにクックッと笑った。しかしカーラはやはり気が気ではない。
「でも……もし怪我でもしたらどうするの?」

「心配ありませんよ」
 側にいたイスカが、彼らの戦いに目をやったまま穏やかに声をかけてきた。
「そうそう。たとえ本気でやりあったとしても、加減がわからないようなお二人ではないでしょう」と横にいるハルも同調する。

「ところでお前は、どっちに賭ける?」
「そうですねぇ……やはりギメリック様でしょうか」
「なら、俺はレスター様だな。なかなか見事な戦いぶりだ」
「ギメリック様も負けてないですよ」
「よし、いくらだ?」
「う〜ん……10ディラ!!」
「乗った!」

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