薄明宮の奪還 更新日:2009.11.04


第5部 エンドルーア

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 第1章

4.山頂の岩城-4



「黙れ、黙れ!! 淋しかった? それが何だ? ぬくぬくと母親の腕に抱かれ、その死後もアドニアで平穏無事に暮らしてきたお前に、私が味わってきた地獄の苦しみがわかるものか!!」
 喉を締め付けてくる力が、増々強くなる。
“殺される……!”
 暗転していく意識の底で、ティレルの怒りと憎しみを感じ、アイリーンの心に恐怖がわき起った。本能的に、とっさに魔力を使って抵抗する。しかしその力はまだ弱く、ティレルの手を振り払い、彼の体をほんのわずか押しやっただけだった。

 激しく咳き込む彼女に再びにじり寄り、ティレルは金の髪を掴んで無理矢理、上を向かせた。そして涙のにじんだ彼女の瞳を覗き込みながら言った。
「クレイヴがこの城に最初に連れてきたのは誰だったと思う? 私だよ! 儀式によって私に魔力が備わっているとわかってから、すぐにだ……3歳になったばかりだった」

 先ほどとは別の恐怖がアイリーンの心を一杯にした。脳裏に浮かぶのは、恐ろしい痛みに晒されて泣き叫ぶ幼子の姿……。アイリーンの目に、新たな涙がにじみ出る。
「その後の私は奴の言いなりに、どんな恐ろしいことでもやってのけたよ。反抗すれば奴はこう囁くだけで良かったのだ。“また、あそこへ連れて行くぞ”とね」
 アイリーンは体が震えるのを感じた。今の自分ですら、あの痛みに再び晒されると思うと恐怖に身がすくむ。なり振り構わずに止めてくれと懇願したくなるほどなのだ……まして子供ならなおさらだったろう。

「ティレル……」
 アイリーンは手を伸ばし、ティレルを力の限りに抱きしめた。そして彼の耳元で言った。
「双子として生まれて、あなた一人がそんな目に……だから私を恨んでいるの? 私を殺せば気が済むの? だったら、いいわ、殺して……」
 ティレルは凍り付いたように動かなかった。弱ったアイリーンの魔力にも、激しく動揺する彼の心の動きが伝わって来る。
「でもお願い、これだけは信じて。お母様はあなたを私以上に愛してた、本当よ。どうしようもない理由で引き離されてしまったから余計に……ずっとずっと、あなたのことを気にかけて泣いていたわ」
先ほど見た夢の中で、アイリーンは母のその想いを痛いほど感じたのだった。

 ティレルの体が小刻みに揺れ出し、アイリーンは彼が泣いているのかと思った。が、その逆だった。少なくとも、見かけ上は。
 ティレルはひとしきり笑った後、ぞっとするほど冷たい声で言った。
「お優しい王女様は、哀れな兄の願いを叶えてやろうと言うのだな、母を独り占めした罪滅ぼしのために。だが私が欲しいのはお前の命ではない……私たちの子供だ」
 アイリーンは一瞬、自分の耳を疑った。
「何……何を言ってるの?! 私たちは……」
「そう、我々は双子の兄妹。だから、きっと我らの子は誰よりも強い魔力を授かるだろう……もしかしたらギメリックよりも。女神から受け継いだこの血の中にこそ、魔力は宿るのだから」

 そう言うと、ティレルはアイリーンに再び口づけてきた。敏感な部分を愛撫され、アイリーンの体に震えが走る。彼女の意識は混乱の極みに陥っていた。けれど彼女の中のたった一つの想いだけは、強く揺るぎなくそこに在り続けていた。
“ギメリックのお嫁さんになれなくなる……そんなのいやっ!!”

 突然、アイリーンの体から光が溢れ出した。同時にティレルは強い衝撃を受け、床にはじき飛ばされた。
「殺したいなら殺せばいい! だけど……あなたの子供を産むなんて、そんなことできない!」
 アイリーンの体の周りを、淡い光が取り巻いている。精一杯の魔力を使って、結界を張っているのだ。しかし魔力はまだ十分回復していない。すでに頭がひどく痛かった。そしてティレルはすぐに立ち上がり、薄笑いを浮かべてこう言った。
「そう、この世には死ぬより辛いことがあるんだよ、お姫様。初めて知ったのかい? なんて幸せなことだろうね」

 ティレルの手が光の球を生み出したかと思うと、それはアイリーンに向かって飛んで来た。
「きゃあっ……!」
 アイリーンの結界が砕け散る。衝撃波と鋭い痛みが襲って来て、ふっと意識が遠のいた。そして気がつくとまた、体の上にティレルがのしかかってきている。
 抵抗しようとするアイリーンの両手をつかみ、荒々しく押さえつけながらティレルは言った。
「なに、近親婚のタブーなど気にすることはない。遠い昔、エンドルーアでは日常的に行われていたことだ。魔力の血統を濃く保つという目的のためにね。それに、そもそも我らの血はすでに汚れている……」
 アイリーンはハッとして、背けていた顔を元に戻した。
「そ、それは、私たちが……クレイヴの子供だということ?」
 ティレルは目を細め、笑みを浮かべた。
「いや、そうではない。……安心した? クックッ……だったら、あいにくだったねぇ」
 彼の笑いに潜む邪悪さと破滅の予感。アイリーンの体がひとりでに震え出した。

「ある意味、同じことだ。我々の父親は前王エムリスト。つまり、ギメリックと私たちは父親が同じで、腹違いの兄弟と言うことになる」

 頭をハンマーで殴られたような衝撃に、アイリーンは目の前が真っ暗になった。
「うそ……でしょ?」
「クレイヴは私を引き取ったとき、母親が誰かも、双子の妹が存在することも知らなかった。ただ、兄であるエムリストの隠し子だと聞かされただけで……だからお前のことも、何も気づいていなかったのさ」
「 うそっ!! うそよ、そんなこと!!……うそに決まって……」
 アイリーンは叫びながら意識を失ってしまった。

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