薄明宮の奪還 更新日:2009.10.04


第5部 エンドルーア

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 第1章

3.山頂の岩城-3



 ティレルはアイリーンのドレスを脱がせてしまうと、薄い下着一枚という姿になった彼女を腕に抱いたまま、ゆったりとベッドの上に半身を起こした。そして狭い部屋の中を見回した。

「すっかり忘れ去られていたんだよ、この岩城は。何しろ使われなくなってから数百年は経っているし、リムウルとの国境近く、訪れる人もほとんどいない険しい山の上なんだからね。再び存在を見出したのはあの男……クレイヴだ。闇の塔に収められていた記録から見つけ出し、王家や他の暦司にも知らせずに利用していた。己の目的のために」

 そこまで言うとティレルはアイリーンの顔に視線を戻し、ニッコリと笑いかけた。
「ここが何のための城だったかわかるかい? 魔力保持者専用の牢獄だったんだ。この付近一帯の岩には、とてもたくさんの金属質の鉱物が含まれていてね。我らにとっては、地獄と言ってもいい。何の手だても施さずに、金属の含有量の高い奥地まで入り込んだりしたら、まず命はないだろう。近づくにつれ、知らないうちに徐々に魔力を奪い取られ、靴や衣服を通してさえ激しい苦痛を覚える頃には、すでに後戻りできないぐらい力を消耗している」

 ティレルはさも楽しそうにクックッと笑った。
「楽しみだねぇ。君を捜して、ギメリックがここに辿り着くことができるのか、じっくり拝見することにしよう。もし来ることができたとしても、ほとんど力を失って私に殺されるだけだろうけどね。……見てごらん、あそこを」

 ティレルが指差す先を、アイリーンはかろうじて首を回して見ることができた。先ほどは気づかなかったが、出窓の窓枠に、大理石の台座が一つ置いてある。その上には握りこぶし大の、透明な球体が乗っていた。
 ティレルはそれを魔力で引き寄せて手に取り、アイリーンにもよく見えるよう、かざしてみせた。

「あっ……!」
 思わずアイリーンは声を上げた。それは水晶の球だった。中に人の姿が映し出されている。見覚えのある部屋……昨夜までアイリーンがいた部屋に、ギメリックが立っていた。心配そうな顔をした人々が周りを取り巻き、彼自身も疲れた様子で顔色が悪かった。

“みんな、心配してくれてるんだわ……早く帰らなくちゃ”
「返さないよ」
 アイリーンの心を読んだのか、ティレルはひどく冷たい声で言った。
「誰にも渡さない……」
 ティレルはアイリーンをベッドに横たえるとその上に覆いかぶさった。そして彼女に口づけた。
 アイリーンは目を閉じ、されるままになっていた。ようやく体が少し動く気がしていたが、あえて抵抗しなかった。なぜならティレルの声と眼差しに、先ほど目覚めた時に感じた、切々とした想いが溢れていたからだ。
 ティレルの唇は彼女のそれから離れると、首筋から胸元へとすべり降りて行く。

「ティレル……本当は何が望みなの?」
 アイリーンが尋ねると、ティレルはわずかに身を起こして彼女の顔を至近距離からのぞき込んだ。その問いが彼の中でこだまし、深く静かに波紋を広げて行くのがわかる。ティレルは見えない闇の底を透かし見るように、微かに眉を寄せて目を細めた。そして、彼女の細い金の髪にそっと手を差し入れた。
 その瞬間アイリーンはふいに、彼が見ているのは自分ではないと直感した。自分に生き写しだったという、母の姿を見ているのではないか……?

 アイリーンはほとんど衝動的に口走っていた。
「ティレル、私が愛してあげる、今まで足りなかった分を……だからお願い、これ以上、罪を重ねるのはやめて」
 ティレルは息を吸い込み、そして止めた。怒りの形相も凄まじく、食いしばった歯の間から、うなるような声を漏らす。
「今まで足りなかった分をだと? 笑わせるな! お前が私の何を理解していると言うつもりだ?」
 ティレルの両手がアイリーンの首にかかり、締め付けて来た。苦しげに眉をひそめながらも、彼女は懸命に言葉を紡ぐ。
「わかるわ、私たち……離れていたけれど、ずっと心は通い合っていたじゃない。あなたも淋しかった、だから会いにきてくれたんでしょう?」

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