薄明宮の奪還 更新日:2009.03.09


4部 リムウル〜エンドルーア

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 第4

12.エンドルーアへ-2



 ギメリックはベッドの上に半身を起こし、立てた片膝の上に掌で覆った顔を伏せていた。相当、消耗している様子がありありと見える。
「ダメだ……」
ほとんど聞き取れないほど低い声で、一言、つぶやいた。

 集まった面々は何も言えずにただ彼を見つめた。カーラとポル、ゲイル他、数人のソルグの村の者たち。今ではソルグの村の者とすっかり馴染んだイェイツ。ユリシウスとその従者。イスカとハル、オーエンの領主フレッド。遠巻きにしているアイリーンの侍女たち。そして、再び彼に近づいて行くレスターと、その後に続くウィリアム。

 レスターがそばにやってきた気配に、ギメリックは顔を上げた。彼の険しい表情を見て、一瞬、また殴られるかと思った。が、彼はカーラの横に静かに立って、他の者と同様に、黙ってギメリックの言葉を待っている。
 ギメリックは彼にすまないと思った。彼は自分の想いを抑えてアイリーンを託してくれた、なのに自分は、彼女を守れなかったのだ。敵は強力な魔力保持者、ならば自分だけが、奴らの近づく気配を悟れたはずなのに……。なじられ、殴りつけられても仕方がない、いや、むしろその方がどんなに気が楽か……。

 たまらない気持ちと、激しい頭痛のためギメリックは再び額に手をやって顔を伏せた。
「……国境の山岳地帯まではティレルの気配を追って行けたが……そこから先が、全くわからない。どうやらあの付近には、俺の魔力以上の力が働いているらしい」
カーラが当惑した口調で言った。
「そんな……石の主を除けば、あなたの魔力は誰よりも強いはずなのに……」

 ギメリックはタイムリミットぎりぎりまでアイリーンを探し、何度も、最大限に魔力を使って彼女に心話で呼びかけた。しかし、それだけのことでこれほど魔力を消耗するとは考えにくい。
“あの場所には、未知の何かがある……”
どんな危険が待ち受けているかはわからないが、もちろん、アイリーンを救うため乗り込んで行くつもりだった。

 ギメリックは重い体に力を込め、ベッドから降りようとしながら言った。
「俺は魔力の回復を待ちつつ、とにかく国境へ向かう。お前たちはここで……」
そのとたん、
パシっ!!
ギメリックの頬が音を立てた。一同は驚いて、彼の頬を打ったカーラを眺めた。

  彼女は泣いていた。泣きながら怒っていた。
「どうしてあなたは、いつもいつもそうなの? そんなに魔力を消耗した体で、一人っきりでどう戦うつもり? 少しはあなたのことを心配している人たちのことも考えて!」
 間髪を入れず、ポルも叫ぶ。
「ねぇちゃんの言う通りだぞ!! 一緒に戦う気がないなら、おれたちがここにいる意味ないだろ?!」
「……」
ギメリックのあぜんとした表情を、進み出たゲイルが受け止めて言った。
「ギメリック様、状況は変わりました。どうか俺たちも一緒に行かせて下さい。覚悟は出来ています」

 ギメリックはこれまで、一緒に行く、行かないでソルグの村の者とさんざん押し問答をしていた。フレイヤの涙を手にしたのだから、エンドルーアに乗り込んで行くのは自分とアイリーン二人だけで十分だと言うのがギメリックの主張だったのだ。

 後ろに控えたままだったイェイツも、ゲイルの横に来て言った。
「ギメリック様……。あなたが我々を、危険から遠ざけておこうとするお気持ちはありがたく、もったいないことだと思います。けれど我らの希望、幸福、命さえ……全ては、あなた様のお命あってのもの。唯一無二のエンドルーア王たるべきあなた様を守って戦うことは、我々エンドルーアの民にとって、自分自身を生かすことと同じなのです。たとえ道半ばにして敵の刃に倒れようとも、悔いはありません。ここにいるソルグの村の者、皆、想いは一つです。どうか、お供をお許しください」

 どうして良いかわからず、ギメリックがレスターの顔を見ると、彼は黙ったまま微かにうなずいた。
 その瞬間、ギメリックは悟った。普段の手厳しい物言いを控え、何も言おうとしないのは……彼もまた、自分を今後のリーダーと認め、全てその意に従うという意思表示なのだ。
  アイリーンを救うためにはそうするしかないと解っているからとは言え、そこに見える自分に寄せられた絶対的な信頼を、ギメリックは胸の熱くなる思いとともに噛み締めた。

 そう、か……。
自分は、独りでいるのが当たり前だと思っていた。誰も自分を、理解できないのだから、仕方ないのだと……。だが人は、理解し合わなくても、助け合うことはできる。だから、もう……独りではないのだ。

 ……いや、違う。これまでも自分は……父上、母上、ヴァイオレット、王宮の者たち、そして王宮の暮らしを支えてくれていた民たち……ヴァイオレットと共に自分をクレイヴから守って戦ってくれた、ソルグの村の者たち……。ずっと、誰かしらに、陰になり日なたになり助けられ、命を与えられて、生きてきたのだ……。
 なのに俺はいったい、今まで何をしていた? 全てを一人で背負った気になって……頑に自分の殻に閉じこもり、自らの悲嘆にのみ目を向け、何も見ようとせず……。ヴァイオレットに、王たる器ではないと判断されたとしても無理はない。

 またも額に手を当てて顔を伏せてしまったギメリックに、今度はユリシウスが静かに語りかけた。
「……私は覚えていますよ。我々を助けようと陣に乗り込んで来られた時、あなたは仲間を必要とされていた。同じ状況にならないとも限らない。どうか私たちにも、今度はあなたを助けさせてください」

 ギメリックが顔を上げた。
サッと立ち上がり、人々に背を向けて、窓の側へと歩いて行く。
「ギメリック……」
心配そうなカーラの声に応えるように、彼は立ち止まり、振り返った。
「わかった。……ありがとう、皆」
一人一人の眼差しを受け止め、ゆっくりと彼らを見渡しながら、ギメリックは言った。
「……だが、志願者全てを連れて行くことはできない。魔力の強い者、剣の腕の確かな者を選び、20人ばかりの精鋭部隊を組もう。協力してくれるか?」

 皆が熱を込め、一斉にうなずく。その中の見慣れない顔について、ギメリックは彼の前に立つレスターに問いかけた。
「その男は?」
「……」
青ざめた顔をして黙っているレスターに代わり、ウィリアムは自ら答えた。
「レスター様の、一の従者です。ギメリック様、出過ぎたことを申すようですが、ぜひ私も、ご一行に加えていただきたく思います」
「腕の方は?」
ボソリとレスターがつぶやいた。
「……ぼくより上」
驚きに、ギメリックの眉が上がる。レスターの剣の腕を知っているからだ。
「じゃあ、決まりだな」
と、ギメリックはあっさりうなずいた。
「ありがとうございます!」
嬉々としてウィリアムが頭を下げる。

“なんでこうなるかな……”
 そう思いながらもレスターは、アイリーンへの心配のため、いつものように大仰にため息をついてみせる気も起こらない。諦めの境地で、憂いに顔を曇らせ、無言でその場に突っ立っていた。


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