薄明宮の奪還 更新日:2009.01.24


4部 リムウル〜エンドルーア

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 第4

10.月影-2



「あ〜あ、あなたがこんなになっちゃうなんて……いったい、どれだけ飲んだんです?」
そう言ってのぞき込んできた男の顔は、逆光になってよく見えない。が、くせ毛のはねた、その頭の形を、レスターが見間違えるはずはなかった。

「……」
 レスターは顔をしかめ、彼に背中を向けてゴロリと横になると、目を閉じた。
「レスター様。……レスター様? 眠ってしまわれたのですか?」
レスターは口の中でぶつぶつとつぶやいた。
「おかしいなぁ、あいつはアドニアに追い返したはずなのに。夢だ。幻だ。消〜え〜ろ〜」
「!!……レスター様! そっそれは……あまりと言えばあまりなおっしゃりよう!!」
「あぁ! やめてくれ! 耳元で叫ぶのは……頭が割れそうだ……うぅ」

 弱々しくうめいてさらに背中を丸め、頭を抱え込んだレスターを、ウィリアムは容赦なく揺さぶった。
「こんなところで寝ないでください! 風邪を引きます!!」
「あ"ぁぁもうっ!! わかった、わかったから、放っといてくれ……」
「何を言ってるんですか、支離滅裂ですよ。あなたらしくもない」

“らしくない?……何が? ぼくらしいって、いったい……どんな風なんだ……?”
 不意に襲ってきたその疑問は、レスターを奇妙に不安にさせた。しかし頭の痛みと気分の悪さが、今や彼のあらゆる感覚を支配しつつあった。
“う"〜あ"〜……ダメだ……何も考えられない……”

 レスターは横になって目を閉じたまま、ゆらりと片手を持ち上げた。
「悪い、ウィル……肩を貸してくれ……」
ウィリアムは嬉しそうにその手を掴んで言った。
「もちろん、そのつもりではありますが。ただし条件があります。今後は私をだましたり追い返したりせず、どこまでもお供を許すと約束してくださったら、おっしゃる通りに致しましょう」

 レスターは苦しげにつぶやいた。
「うんうん、何でもいいよ……好きにしてくれ……」
「えっ……本当に?!」
ウィリアムの目が輝いた。
「後で、あれは酔った上での口約束だったとか、覚えていないなんて言い訳は聞けませんからね?!」
「あぁ、大丈夫、わかってる……」

“……何という幸運!!”
ウィリアムは驚喜した。ここオーエンには、さっき着いたばかりだ。何がどうしてレスターがこんなことになっているのか全くわからなかったが、まさに千載一遇とも言うべきチャンスに、ちょうど巡り会わせたのだ、と思った。

 しかしレスターは、自分が言っていることがわからないほど酩酊はしていなかったし、苦し紛れに自分の意志を曲げたわけでもなかった。
 最終的にエンドルーアへと向かうメンバーは、ギメリックが決めることになるだろう。そして、たとえ自分が表向き、頼んでみたところで……彼がウィリアムの同行までをも許すとは、とうてい思えなかったのだ。
“すまないね、ウィル……どうせあの堅物が、うんとは言わないさ……”



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 アイリーンは夢の中で、耳元を吹き過ぎる風の音を聞いていた。白い竜の背に乗って、青く透明な空を、どこまでも真っすぐに飛んでいる夢だった。
“この、空気の冷たさ……風を切る感覚……あぁ、知ってるわ、私……”
「……リーラニール?」
懐かしい友の名を呼ぶ自分の声に、彼女の意識は急速に覚醒していった。

「……」
 目を開けてしばらく、彼女は身じろぎもせずにじっとしていた。辺りは暗く、自分がどこにいるかもわからなかったからだ。
 ただ、ひどく寒いことと、夢の中と同じく、耳元で風がうなっていることだけが感じられる。そして気づいてみると、座っている自分の体を、誰かの両腕が後ろから抱き支えているのだった。

 突然、彼女は理解した。つい先ほど部屋の中で見たシルエット……その人物が自分の気を失わせ、おそらくはエンドルーアへと拉致していくところなのだと。自分が今いるのは、かつての白竜ほどではないけれど、人を二人乗せて軽々と飛べるほど巨大な、鳥の背の上なのだ。

 アイリーンは震えながら、振り向かずにそっと尋ねた。
「ティレル……あなたなの?」
彼女は確信していた。見たのはほんのつかの間、それもシルエットだけだったけれど……子供の頃からずっと親しんできた姿なのだ。そして何よりも今、触れ合っている二つの身体、そこに流れる血とその血に宿る力が同質であることを、はっきりと感じていた。

“問題は中身が“どちらの”ティレルか、ということ……”
 アイリーンがそう思った時、彼女の体にゆるやかに回されていた腕に、力が込もった。後ろからさらに強く抱きすくめながら、ティレルは彼女の耳に触れんばかりに唇を寄せ、囁いた。
「捕まえた。愛しい、ぼくの半身……。長い間離ればなれだったけど、これでやっと、一つになれるね……」

“ティレル!”
 アイリーンはサッと振り向いた。そして息をのんだ。彼女を見下ろす冷たい青い瞳が、さながら猫が獲物をなぶる時のような愉悦に細められていたからだ。

「我が妹にして石の主よ。これから、二人で世界を手に入れよう。……おや。震えているね? 寒いのかい?」
 喉の奥で楽しげな笑い声を上げると、ティレルは自分のマントを掴んで再び後ろから抱きしめてきた。マントの中で、二人の体温が混ざりあう。

「やっと、現実のこの腕で、君を抱くことができた……もう放さない。君は永遠にぼくのものだ……」



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