薄明宮の奪還 更新日:2008.10.26


4部 リムウル〜エンドルーア

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 第4

7.石の主-2



「石を……譲り受ける?」
アイリーンは不思議に思い、問い返した。先ほどギメリックが言っていた“預かる”とはニュアンスが違う気がしたのだ。
「そうだ。……聞いていないのか? 誰からも?」
「何を?」
「…………」
 ギメリックはゆっくりと体を起こすとアイリーンの横に腰掛け、うつむいてハァッとため息をついた。やはり自分が説明しなければならないのか……。

 彼女の体がまだ本調子でないことはわかっている。つい気持ちが高ぶってしまったが、何も知らない彼女に、早々に無理をさせるつもりはなかった。
 それにこの様子では、魔力に関する男女の違いについても、全くわかっていないようだ。カーラか、あるいはレスターから、ある程度聞いていてくれたら……と微かな期待をしていたのだが。

 アイリーンも起き上がり、物問いたげな眼差しでギメリックを見つめた。ギメリックが覚悟を決めたように頭を上げる。トパーズの瞳が、少し不安げな、気遣うような光を浮かべていた。

「よく考えて欲しい……夫婦の契りを交わせば、お前は魔力を失う。本当にそれで良いのかどうか……ティレルを、自らの手で助けることも出来なくなるし、心話や力を使うこともできなくなる。何より、お前に石を託したヴァイオレットの意志を無為にすることになる……」

 やはり初耳だったのだろう。アイリーンは大きく目を見開いたまま、しばらく黙っていた。そして尋ねた。
「……夫婦の契りって?」
“うっ……いきなりそこを突いてくるか……?”
ギメリックは目を泳がせ、ボソボソつぶやいた。
「え、つまり、その……本来なら心を通わせあった男女が……子供を得るために行なう、儀式のようなものだ」
 アイリーンの目が増々大きく見開かれた。

 エンドルーア王家の象徴であるフレイヤの涙、その石の主である自分と、ギメリックが結婚する。だから彼がエンドルーアの王になる……。それは単に、身分と形式上のことだと、アイリーンは思っていたのだった。
 “子供を得るための儀式? それにより私が魔力を失うことで、彼が石の主となる……”
 思ってもいなかったその事実に、アイリーンは戸惑いを覚えた。そして同時に、あることに気づいて愕然とした。

「待って、それじゃ……正式に結婚はしていなくても、子供はできるってこと?」
「ああ。……女は、望まない相手の子を孕むこともある。つまりそれは……」
ギメリックは手を伸ばしてアイリーンを抱き寄せた。
「暴力によって、ということだ」
「…………」

 アイリーンの狼狽と体の震えが伝わって来て、ギメリックは眉をひそめた。
「……俺は前にも、さっきと同じことをした……。あの時は、怖い思いをさせてすまなかったな。……今も、怖いか?」
 アイリーンはギメリックの肩にもたせかけていた頭を横に振った。
“違うの……私が怖いのは……”

 今はただ、穏やかな彼の声と、彼の温もりが心地よかった。むしろ自分にとって不可解だったギメリックの行動のいくつかについて、謎が解けた気がして安堵を覚えた。

 魔力を失えば、自分は必然的に石の主ではいられなくなる。つまり彼には、石の力を奪い返す手段として、自分を殺す以外にもう一つ、選択肢があったわけで……。やっぱり彼は、たとえどんなにひどく腹を立てていても、それだけの理由で暴力を振るうような人ではなかったのだ。
“しかもそれすら最後には断念し、石の力を私に委ねようとしてくれた……”
 今更ながらに彼の苦悩と絶望を思いやり、アイリーンは彼の体に腕を回してきゅっと力を込めた。

 彼女を抱くギメリックの腕にも、さらに力がこもる。愛おしげに彼女の髪を撫でながら、ギメリックは言った。
「ヴァイオレットの意図がわからない以上、薄明宮を奪還するまでお前を石の主に留めおくべきなのか、それとも早いうちに俺が引き受けた方が良いのか……俺には判断できない。……だから、お前が、決めてくれ。ティレルを救うまで、魔力を失いたくないとお前が望むなら、今はまだこのままでいよう。……だが、俺はできれば、お前をこれ以上戦地に踏み込ませたくはない……」
 彼はアイリーンの顎を持ち上げ、もう一度口づけようとした。

「……いや!」
 アイリーンは彼の胸を押しやって、少し彼から身を離した。驚いて鼻白むギメリックに、怒ったように言う。
「あなたに石を渡したら、あなたはまた私を置いて、一人で戦いに行ってしまうつもりね? だったら私、今はまだ、魔力を失うわけにはいかないわ。だって、もう嫌なの、あなたと離ればなれになるのは……」

 ギメリックはしばらく目を見張ってアイリーンを見つめ、それからまた、彼女を引き寄せて強く抱きしめた。
「……ならば、お前が魔力を失っても一緒に連れて行くと言ったら……今すぐ俺の妻になってもいいのか?」
「……ええ……」
彼女の迷いを読み取り、ギメリックは苦笑した。
「無理はしなくていいんだぞ。ティレルのことが気がかりなのだろう?」
「……そうね……、あなたはティレルのためにできる限りのことをしてくれる、それは信じてる。……でもたぶん、私でないとわからないこともあると思うの。それは、ティレルと私が……双子の兄妹だから」



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