薄明宮の奪還 更新日:2008.09.07


4部 リムウル〜エンドルーア

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 第4

5.舞踏会-5



 レスターが離れて行った後、ギメリックは一人、イライラしながら曲が終わるのを待っていた。もうすぐ、と言われても、音楽のことなど全くわからない。いったいどのタイミングで、踊っている人々の中に踏み込んでいけばいいのか……。

 ユリシウスは相変わらず、熱心に何事かアイリーンに向かって囁いているようで、気になって仕方がなかった。ギメリックの魔力を持ってすれば盗み聞きくらい簡単なのだが、さすがにそんな無礼なマネは人としてするべきではないと思う。
“第一、魔力を持たない者に対して、フェアじゃない……”

 ギメリックはそう思い、そこでふと、レスターの言った言葉を思い出した。
“……いや、自分はこれまで散々、魔力ゆえのハンデも背負って来たのだ。ならば少しくらい、自分のために魔力を利用しても良いのではないか?……もしかしてこれが、あいつが言う、自分に優しい考え方、というものだろうか……?”

 ……よくわからない、と思いながらギメリックはため息をつき、広間の片隅にチラリと目をやった。女性たちが集まってひときわ華やかに見えるその中心に、レスターがいる。

 彼にはまだ自分たちが心で会話ができることを打ち明けていない。返ってくる反応が目に見える気がした。きっと呆れ返った眼差しを向けられるに違いない。
“信じられないね全く! バカじゃないのか? そんな手段があるくせに、どうして彼女と心を通じ合わせることができないんだ”という声まで聞こえてきそうだ……。

……そうだ。どういうわけかあの男は自分をけしかけている。
“なぜだろう? もしかしてあいつは、俺に脅しをかけていただけで、本当は彼女を妹としか見ていないのだろうか……?”

 ふいにレスターがこちらを見て、何をやっているんだとばかりに顔をしかめた。ハッと気づくと曲が終わっている。
“しまった……”
アイリーンとユリシウスの周りには、すでに人だかりができていた。ギメリックは焦り、思わず心話を使って叫んだ。
“アイリーン!!”

「はいっ!!」
 急に呼びかけられてびっくりしたアイリーンは、ピンと背筋を伸ばし、声に出して返事をしてしまった。周りから怪訝そうな目を向けられ、頬を染めながらも、彼女は人々の隙間からギメリックの姿を探そうと視線をさまよわせた。彼の切羽詰まったような声に、敵が襲撃してくる気配でも感知したのかと、心配になったのだ。

 自分たちの背後を見透かそうとする彼女の様子を見て、人々が振り返った。そこには、思い詰めたような目をしたギメリックが佇んでいた。彼は苦いものでも口に含んでいるような顔つきで進んできて、何も言わずにアイリーンに向かって手を差し出した 。

 アイリーンはわけがわからない様子で、ポカンと彼の顔を見返している。
しかたなく、ギメリックは重い口を開いた。
「あぁ、と……え、もし、よければ……俺と、踊ってくれないか?」

 大きな青い目が一杯に見開かれ、アイリーンはさらに3秒ほど、ただ彼の顔を見つめていた。と、急に瞬きをしたかと思うとパッとうつむき、真っ赤になって小さな声でつぶやいた。
「あっ……喜んで……お願いします」
 おずおずと差し出された、小さく白い手をギメリックが取った時、ちょうど次の曲が始まった。

“やれやれ……やってられないね。後は勝手にしてくれ”
 広間の片隅から見守っていたレスターは、苦笑いを浮かべて今度こそ本当に部屋の外へと足を踏み出した。





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 まるで夢の中の出来事のように足下がフワフワして……何だかちっとも現実感がない。なのに胸が一杯で、なぜか泣き出してしまいそうだ。

 アイリーンはギメリックと踊りながら、ぼうっとした頭で考えていた。

 こんなに近くに彼がいて、しかも手と手が触れ合っている……それだけで、どうしてこんなにドキドキするのだろう……。考えてみると、アドニアからソルグの村まで旅する間は、彼の腕に抱かれて平気で眠っていたというのに。今となっては、いったいなぜ自分にそんなことができたのかと、呆然としてしまう。

 意識が踊りから飛んでいたためか、アイリーンの足がもつれて少しよろめいてしまった。すかさず、ギメリックが支えてくれる。

「あ……ごめんなさい」
「いや、俺が慣れていないせいだ。……悪いな、子供の頃以来、こういうのは初めてだから……どうもうまくいかない」
「あら、でも……、とても上手よ」
「……後でお前の兄に、礼を言っておこう」
「お兄様に?」
「ああ。……あいつはいつもあんな調子なのか?」
「?」
「人をちゃかして面白がってばかりいるようだが……本当のところ、何を考えているのかよくわからん」
苦々しさを漂わせる口ぶりに、アイリーンは弁解するように言った。
「お兄様は、そのぅ……口は悪いけど、いい人なの。わかりにくいだけよ、あなたと同じで……」
「……別に、嫌っているわけではない」
「じゃあどうして?」
「世話を焼かれるのがウザイだけだ。相当なおせっかいだぞ、あいつは。この衣装も奴が持って来て、着替えろと言ってしつこかった。どうやらあいつがユリシウス王子にあれこれ注文を付けて、我々にぴったりなものを探させたらしい」
その時の辟易した気分を思い出したのか、ギメリックの口から軽くため息が漏れる。

「……血がつながっていようがいまいが、お前たちはやはり兄妹だ。まるで正反対に見えて、お人好しなところがそっくりだからな」

“いやだわ。お兄様と同じようなこと言ってる……”
アイリーンがクスリと笑った。
その明るい声の響きは、痛みを感じるほど強く切なく、ギメリックの胸を貫いた。

 彼女の気持ち……それが本当に、自分に向いていると考えて良いのだろうか? 生まれてからずっと、あらゆる人々に恐れられ避けられてきた。もはや父もヴァイオレットもいないこの世界で、疎まれることはあっても、誰かに好かれることなどないものと、無意識のうちに諦めていたのだ。

 だからだろうか……アイリーンが自分に向かって“好き”とつぶやいたのを耳にしたとき、奇妙なことに彼の心を満たした感情は、喜びよりもむしろ恐れだった。

 その言葉を喜びと共に受け入れてしまったら……きっともう二度と、失うことに耐えられないだろう。もしも彼女の言う“好き”が、自分の期待している意味でなかったとしたら?

 一度は味わった苦い失望を、再び味わいたくはなかった。だから……慎重に、自分の心に蓋をし、たとえ彼女が誰を愛そうと、彼女のそばで生きると決めたのだ。
 それが自分の義務であり、罪の償いのために、新たに課せられた役目であると考え……その試練に耐えようと。

 だが、気づいてしまった。そんなことは到底、無理だということに。
 背丈の違いのせいで、これほど間近で体を寄せ合っていると、ほとんど真上から彼女を見下ろす格好になる。髪をアップにした細くしなやかな首のラインや、広く開いた襟元から見える乳白色のきめ細かな肌の質感につい惹き付けられ、どうにも気もそぞろになってしまう自分を抑えるのがやっとだった。

“ユリシウス王子も、こんな眺めを見たのか……”
そう思うとまたもや、理不尽な怒りがフツフツと腹の底からわき上がってくる。

 ギメリックはアイリーンの、白い貝殻のような耳に唇を寄せた。
「お前を誰にも、渡したくない……」
熱い囁きに、アイリーンがピクリと身を震わせる。

「お前を守る騎士が俺一人というならまだ我慢できる、だが……その他大勢の中の一人としてお前を見守ることなど、……できそうもない」
アイリーンの体が、硬直したように動かなくなった。自分も動きを止め、ギメリックは続けた。

「アイリーン、もしエンドルーアの民が俺の罪を許し俺を王として迎えてくれるなら……俺はつぐないのため国を立て直し、良政に務めると誓おう。その時はお前を妃としたい。ずっと、そばにいてくれないか?」

 アイリーンが自分にもたれかかってきたので、ギメリックはその体を支えた。
「……どうした?」
「何だか私、……熱が出てきたみたい……きゃっ?!」
いきなりギメリックに抱え上げられ、アイリーンは悲鳴を上げた。驚く周りの人々を尻目に、ギメリックは歩き出した。
「あのっ……あっ、あ、何? どうしたの?」
真っ赤になってうろたえる腕の中のアイリーンをチラリと一瞥し、ギメリックは言った。
「部屋へ戻れ。送っていこう」



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