薄明宮の奪還 更新日:2008.08.17


4部 リムウル〜エンドルーア

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 第4

4.舞踏会-4



 ……不愉快だ。
全くもって、不愉快極まる。
確かに自分は、ヴァイオレットと石がアイリーンを選んだことを受け入れた。しかし元は正統なエンドルーア王家の継承者だ。その自分の目の前で、よくもヌケヌケとあのようなことが言えたものだ。いかにも物欲しげなリムウルのやり方には、我慢ならない……。

 ギメリックはそこまで考えると、一旦、頭を冷やそうと目を閉じた。
……いや、ユリシウス王子に悪気はないのはわかる。あの男が自らそう言ったように、国の思惑がどうあれ彼女に対する想いは純粋なのだろう。少し考えが足りないところがあるものの、その欠点を補って余りある人柄の良さで皆から慕われ、彼を盛り立て助けようとする人々も数知れない……と、彼の部下であるイスカやフレッドから聞き知っている。

 もしもアイリーンが彼を夫に選ぶなら(彼と踊るのを楽しみにしていたという彼女の言葉は本当だろうか?)……そう、ユリシウス王子ならむしろ、逆にリムウルの支配欲からエンドルーアを守る立場につくだろう。ならば、反対する理由は何もない。

 ギメリックは、そのことがさらに自分を苛立たせているとは気づいていなかった。いっそ気にせずにいられたらと思うのだが、どうしても、踊っている彼らの姿を目で追ってしまう。そしてアイリーンが恥ずかしそう(嬉しそう?)に頬を染めたり、二人が仲睦まじく見つめ合いながら話をしたり、彼女がまた赤くなったりするところを目撃し、自分でも理不尽だと思いながらも、ますます腹を立てていた。

「ねぇ君。人を睨み殺しそうなその目つき、やめた方がいいよ。メチャクチャ人相悪く見える。元はいいのに損じゃないか。ほら、女性たちも君のせいで近寄りがたく感じているようだ」
 そう声をかけられ、並んで立っているレスターの方に目を向けると、ちょうど彼が女たちの方へ鮮やかなウィンクをしてみせたところだった。少し離れた場所からこちらをうかがっていた集団の間から、キャーッと嬌声が上がった。

「……バカバカしい。どう見られようが知ったことか」
「サービス精神に欠ける男はモテないよ。ほらほら、君も、手でも振ってあげたら?」
「何で俺が見ず知らずの女にサービスしてやる必要がある?」
ギメリックの冷たい言葉と眼差しも、レスターの茶目っ気を抑えるには至らない。
「いいじゃないか、減るもんじゃなし」
レスターはそう言ったかと思うといきなりギメリックの腕を掴み、彼女らに向かって振ってみせた。とたんにまた、黄色い悲鳴が上がる。
「何をする!」
ギメリックはレスターの手を振り払い、彼を睨みつけた。しかしレスターは相変わらず、悠々として微笑んでいる。
「社交辞令だよ。気にするほどのことでもない。それに女の子はみんな、女性であるという理由だけでサービスしてもらう権利がある、というのがぼくのモットー」
「役にも立たん考えを、軽々しく人に押し付けるな」
「そういう決めつけはどうかと思うね。女性は情報収集源として、多いに役に立つ。現にぼくはこの屋敷の女性たちから色々教えてもらったよ。まぁ女性だけとは限らないけど。教えてもらったというのはまんまの意味じゃなく、たわいもないおしゃべりからも様々な情報が得られるということさ。例えば……」

 レスターはそこでギメリックから視線を外し、会場の人々をぐるりと見渡した。
「このリムウルという国には王子がたくさんいて、皆、それぞれひいきにしてくれる有力貴族と婚姻関係を結んで何かにつけ協力体制を取っている。貴族たちは自分が入れこんだ王子が少しでも王宮で強い権力を持つよう、しのぎをけずっているわけだ。だからリムウルの貴族に生まれた娘たちはそのための道具としての教育をたっぷり詰め込まれていて、他の国の男なんか現実には目に入っていないのさ。ああして騒いでいるのは、ただ絵本の中の夢物語を楽しんでいるようなものなんだよ。
 それから、我がアドニアでもそうだったけど、ここでも、女性が自分からダンスに誘うのは慎みがないってことでタブーらしい。誘って欲しい相手には、目配せで合図する。ほら、あんな風にね。で、男の方はと言うと……」

 再びギメリックを見つめ、レスターはにこやかに言った。
「最初の曲はエスコートしてきた女性と踊るのがお約束。後はその女性との合意のもと、別にお目当ての女性がいれば申し込む。でも人気のある女性には沢山の男から申し込みがあるので、きちんとタイミングを計らないと、いつまでたっても順番が回って来ない。気づいてないようだから忠告しておくけど……」
 目線と顔の動きで、レスターは会場の壁際にそって立っている男たちを次々に指し示した。
「……見てごらんよ、あそこ……ほら、あそこにも、アイリーンを見てる奴がいる。この曲が終わったら、きっと大変な騒ぎになるよ。ぼくとしては、せっかくの特訓の成果をムダにして欲しくない。さっき言ったこと、まさか忘れてないだろうね? 君にはちゃんと役目を果たしてもらわなくちゃ困る。いいかい、くれぐれも、遅れを取るなよ」

“さっき言ったこと?……どの話だ? だいたいお前はベラベラしゃべりすぎなんだ。さっきと言われてもまるでわからん”
 何もかもに腹が立ち、ギメリックはギロリとレスターを見返しただけで口をつぐんでいた。
 アイリーンとユリシウスにばかり気が行っていたので、レスターの言う通り、彼女にダンスを申し込もうとしている男たちには気づいていなかった。自分は、こういう席には慣れていないのだ。エンドルーアの宮廷にいた頃はまだ子供だったし……強い魔力が人の思念に感応してしまうため、昔から、大勢人がいる場所は居心地が悪く不快だった。しかもエンドルーアでは、周りは魔力を持つ者が大半で、彼らは自分の思念をある程度ブロックして抑えることができた。が、この宴にいるのは魔力を持たない常人ばかり。強い結界は張っているものの、自分へ向けられる人々の関心の強さ、数の多さは未体験のもので、かなりダイレクトに響いてきて神経に応える。

 レスターの方も、ギメリックの煮え切らない態度にイライラしてきた。余裕の微笑みが引きつった笑いに変わり、少し棘のある口調で言い渡す。
「忘れた?……ったく。君が彼女の恋人であると見せつけて、他の男を遠ざけろと言ったんだ、わかったか? あぁ、もう……」
 うんざりしたようなため息と共に、レスターは天を仰いだ。そうしてしばらく、黙って目を閉じていたかと思うと、急に厳しい顔つきをしてギメリックに向き直った。今までとは打って変わり、早口でまくしたてるように言う。

「君にとっては恩師だそうだが、ヴァイオレットという人は、アイリーンに対して随分ひどい仕打ちをしたものだ。そうは思わないか?」

“いきなり何を言い出すんだこいつは……?”
無言を返すギメリックにかまわず、レスターは続けた。
「だってそうだろう。何の関係もないアイリーンを、エンドルーアの争いに巻き込んだのは彼女だ」
非難するようなレスターの口調に、ギメリックは反射的に言い返した。
「関係ないわけがない。アイリーンはまれに見る強い魔力の持ち主だ。あの方は偉大な魔法使いだった、何か深い考えがあったのだろう。よく知りもしないくせに、彼女を侮辱するのはやめろ」
「そうか、君にも彼女の意図はわからないんだな。なのにそうやっていつまでも、自分の首を絞めるようなことを言ってると後悔するよ。ヴァイオレットが思いやり深い指導者だったというのなら、アイリーンに石の主という大役を押し付けただろうか? 本当に?」
「……何が言いたい?」
「アイリーンをエンドルーアの王にすることが、本当にヴァイオレットの意志だったのか、考えてみたことがあるのかと聞いてるんだ」
「……アイリーンの魔力を封印していたのは間違いなくヴァイオレットの魔力だ、だから……」
「ならば一時的に預けただけ、という可能性は? 君たちは追われていた。例えば、万一敵に掴まった時に石まで奪われないようにという配慮だったとは考えられないか?」
「…………」

 思わずギメリックは考え込んだ。確かに今まで、そんな風に思ってみたことはなかったからだ。彼女の真意について深く考えるには、ヴァイオレットの死が自分のせいだったかも知れないという想いがあまりにも重く苦しく心にのしかかっていた。
  アイリーンの記憶を探って石を渡されたときの様子を知ろうとしたこともあったが、ヴァイオレットによって非常に堅固な封印がされていて、どうしてもわからなかった。おそらく、敵に探られた時のための用心だったと思われるが……。

「君はもう少し、柔軟かつ自分に優しい考え方というものを身につけた方がいい」

 再び穏やかな口調になったレスターの声に、ギメリックは顔を上げた。ちょうどその時、目の前をカラフルな色彩が埋め尽くしたかに見え、女性たちの賑やかな声が耳に入ってきた。いつまで経ってもダンスに誘ってもらえそうにないので、どうやらしびれを切らせた女性たちが二人に群がってきたのだ。口々に挨拶の言葉を口にしながら我れ先に押し寄せてくる彼女らに苛立ちを覚え、ギメリックは「邪魔だ!」 と叫んで押しのけてやりたい衝動に駆られたが、かろうじて抑える。

“社交辞令だと……? 俺には荷が重すぎる……”
 どう扱ってよいやらわからず、女たちの頭から少し高いところに見えるレスターの顔を伺うと、彼はにこやかに、ギメリックを指差して言っているところだった。
「彼は今、過去の不愉快な出来事を思い出して鬼神のように怒っている最中なので、近寄らない方がいいですよ。触らぬ神に祟りなしと言いますからね」
 どうしてこうもスラスラと口からでまかせが言えるのか、ギメリックにはとうてい理解できない。
「今日はダンスは遠慮させてください、どこかのバカに足を踏まれすぎたものですから。その代わり、もしよろしければ、私の竪琴でもお聞かせしますが、いかがです? 庭の東屋へでもご一緒しましょう」

「おい……?」
 女性たちを引き連れ、行ってしまいそうになるレスターにギメリックは思わず声をかけた。レスターは振り向き、不機嫌とも尊大とも取れる態度を見せながら、いつもの口調で言った。

「リムウルへの礼儀は果たしたのだから、後は誰と踊ろうが彼女の自由だ。気の進まない相手なら彼女が自分できっぱり断るよ。その点どうやら心配はなさそうだし、ぼくは庇護者の役を返上することにしよう。シスコンの兄が見張っていては、彼女も好みの男から誘いを受けてもやりにくいだろうしね。……もうすぐ曲が終わる。君も好きにしたまえ」



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