薄明宮の奪還 更新日:2008.08.03


4部 リムウル〜エンドルーア

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 第4

3.舞踏会-3



 ユリシウスはアイリーンと踊りながら、この機会を放棄しなくて本当に良かった、と考えていた。
 たとえ彼女の心が自分に向けられていないとしても(……いや、だからこそ、もう二度とないかも知れない機会なのだから)、たとえわずかの間でも、こうして彼女の体温を肌で感じ、寄り添っていられるだけで幸せだった。

 結局のところユリシウスを動かしたのは、「あなたが行かなければ他の王子が、彼女のお相手として差し向けられるだけですよ」という従者の言葉だった。
 ほとんどが首都フェンリルにいる兄弟たちの中で、第11番目の王子スティーヴンがたまたまここオーエンにほど近い母親の実家に滞在しており、彼に白羽の矢が立つだろうということも従者から聞いた。
 しかも従者に言わせるとスティーヴンは「辺境の三流貴族出身のくせにプライドだけは一人前の、こまっしゃくれたガキ」で、たとえユリシウスが国の思惑通り動いたとしても、自らアイリーンの夫に立候補しかねない野心家だという。

 そんな奴にアイリーンが煩わされるのは気の毒と思い、それなら自分が彼女の盾になろうと考えたのだが……ここへきて、そんなことすらもうどうでもいい気がしているユリシウスだった。

“このままあなたを、さらってしまいたい……誰にも見つからない場所へ”
“……え?”
 魔力を持たない人間のものとはいえ、これほど間近でしかも強く発せられた思念に、アイリーンの魔力は感応してしまった。
彼女は狼狽し、耳まで真っ赤になってうつむいた。

 急にぎこちなくなったアイリーンの動きに、ユリシウスがハッとする。てっきり無意識につぶやいてしまったのだと思い、自分も赤くなってうろたえた。
「すみません。ただの独り言です、気にしないでください」
「……」
「……あ。もちろん、そんなことはしませんから、ご心配なく。私だって命は惜しいし、何よりあなたを悲しませたくない」

 命が惜しいとは……どういうことだろう? 狂王やティレルに狙われている自分と、一緒にいる危険、ということだろうか?
 不思議に思っているアイリーンに対し、ユリシウスは言いにくそうに切り出した。
「あの、あの時は、……大変失礼いたしました。本当にぶしつけなことを申し上げてしまって」
「え……?」
「先だっての野営地で、そのう……ギメリック殿とあなたのことを……」

 ああ、あのことか……とアイリーンも思い当たり、穏やかに首を振った。
「いえ……いいんです。彼と私は、別に何でもありませんから……」
「そんなことはないと思いますが。さっきは私、彼の視線が痛くて……息が止まりそうでした。もしも視線で人を刺し殺せるなら、私はあなたの足下で息を引き取っていたことでしょう」

 驚いたように見上げてきた大きな瞳に、ユリシウスは大真面目でうなずく。
「周りの者に言わせると、私は超がつくほど鈍感な質らしい。その私ですら感じたのです。彼はきっとあなたのことが好きですよ。あなたをさらったりしたら、本当に彼に殺されてしまいそうだ」

 元に戻りかけていたアイリーンの顔色が、パーッとまた耳まで赤くなった。急にソワソワと視線をさまよわせ、困惑した様子で、またうつむく。
 そんな彼女を少しせつない思いで見守りながら、ユリシウスは優しく言った。
「臣下に下ると言われたのには、何かわけがあるのでは? 彼は無口で無愛想だけれど、とても責任感が強く周りに気を使う人だと、私の部下たちが言っていました」

 確かにアイリーンは魔力によって、先ほどからギメリックが怒り狂っている気配を感じていた。しかしその理由まではわからなかったのだ。
“好き……? 彼が私を……?”
 どうしたことだろう、急に胸がドキドキしてきた。顔が熱くてのぼせてしまいそうだ。ユリシウスの言った事をじっくり考えてみたいのだけれど、何だか混乱してしまって、頭がうまく働かない……。

“好きなのに結婚できない、わけ……?”
 その気になれば今すぐにでも、心話で彼に質問することだってできる。なのに……恥ずかし過ぎて絶対無理、という気がする。それに伝わってくる彼の怒りがなぜか増々エスカレートしていて、とても話しかけられそうな雰囲気ではないのだ。

“どうしよう……曲が終わったら……”
まともに彼の顔が見られないに決まっている。リムウルへの礼儀を果たしたその後は、できれば彼と踊りたいと思っていたのに……アイリーンはこの場を逃げ出してしまいたい気持ちに駆られ、途方に暮れた。



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