薄明宮の奪還 更新日:2008.07.13
(07.19 加筆)


4部 リムウル〜エンドルーア

<< 前へ 目次 次へ >>
 第4

2.舞踏会-2



「さぁ、おいで」
 うやうやしく差し出されたレスターの優美な手に、アイリーンは少しとまどいながら、自分の手を重ねた。

 レスターは彼女を立たせるとスッと身を引いて、彼女の傍らに寄り添った。一瞬、ざわめいた広間を見下ろし、そしてギメリックの方を振り返る。片眉を上げ、微かに首を傾げたレスターの動きに、“来ないのか?”という無言の問いかけを感じ、ギメリックも立ち上がった。

 レスターが動いた時点から広間に広がりつつあったざわめきが、今やどよめきとなって人々の上を飛び回り、3人に向かって飛んで来た。

 それは魔力を持つアイリーンとギメリックにとって、単に音として認識されるだけではない。大勢の人から一斉に関心を向けられるという事態は、彼らの雑多な思考の波が一塊になって、頭の中に一気に押し寄せてくる状況を生み出すものだった。

 ギメリックから事前に注意を受けていたアイリーンは、強い結界を張り、その精神攻撃にも似た思考の大波をブロックした。しかし人々の注目の的となる緊張感と息苦しさに変わりはなく、目眩がしそうだった。

“……どうしよう。みんなこっちを見てる……きっと一歩でも踏み出したら、足がもつれて転んでしまうわ……”

 レスターにあずけている左手に、思わずギュッと力が入る。すると彼はさらに体を寄せて来て、見上げると安心させるように優しく微笑んでくれた。

 ギメリックはと見ると、最高級に機嫌が悪そうだ。眉間に深いしわが刻まれている。が、それでもじっと見つめてくるトパーズの瞳に、自分へのいたわりと気遣いを読み取って、アイリーンはホッと心が和むのを感じた。気がつくと、彼に向かって微笑みながら手を差し伸べていた。

 ギメリックがアイリーンの右手を取ると、それが合図だったかのように、3人はステップを降り始めた。

 アイリーンは真っすぐ前を見つめて頭を起こし、女王らしい威厳と落ち着きをもってゆっくりと進んでいった。両側で彼女をリードするギメリックとレスターは、さながら天国の門を守る2人の門番だった。

 淡い黄色のドレスを着たアイリーンは、まるで体から光が射しているかのような眩しさを、見る者に感じさせた。
 白と金に程よくグリーンを配した出で立ちのレスターとは、響きあう調和を醸し出している。黒衣のギメリックとは、光と影の対比を思わせたが、彼のマントとアイリーンの胸元に光る宝石は同じ色合いの紫だった。

 眩いほどに美しい3人の姿に、人々の視線が集中する。中にはポカンと口を開け、陶然とした表情を浮かべている者もいた。

 ステップを降りるにつれ自分の視線が下がっていき、やがて無事、舞踏の場に降り立った時、アイリーンは張りつめていた気を少し緩め、ホッと息をついた。周りの人々はまだこちらを見ているけれど、彼らの体が盾になり、その後ろにいる大勢の人々の目からは隠れることができたからだ。

 レスターは巧みに彼女を導いて、人々の間を進んで行った。ギメリックもその後に続く。広間の壁にそって所々に、踊りに加わらない人や踊り疲れた人のための、ソファが置かれていた。レスターはそのうちのいくつかに、上から目星をつけていたらしい。

 柱の陰になり、少し奥まった感じのする場所に、3人はたどり着いた。ソファにアイリーンを座らせると、いつの間に手にしていたのか飲み物のグラスを差し出し、レスターは言った。
「ここで少し休憩しよう。どう? 具合は悪くなっていない?」
「ええ、大丈夫……」
レスターはうなずき、会場を見渡した。
「さて、あいつが遅れて登場するのか、それとも代役がやって来るのかわからないが……それまで誰とも踊らなくていいんだから、君はゆったり構えて気を楽にしておいで」

 そこで彼はフフ……と不敵な笑みを浮かべ、楽しそうに言った。
「誰が寄って来ようが、ぼくたちが追い払ってあげるからね〜♪ なぁ? 相棒くん?」
親しげに顔を覗き込まれ、ギメリックはさも嫌そうに少しのけぞった。
「……露骨なんだよ君。未来のお兄様に向かって、その態度はないと思うけどね」

“……え?!”
憮然としてつぶやいたレスターの言葉を聞きとがめ、アイリーンが顔を上げた時。

「失礼します。エンドルーアの王女様、ですよね?」
ハキハキした少年の声がして、一同は振り向いた。
 礼儀正しく優雅におじぎをしたのは、身なりの良い格好をした、美しい少年だった。しかも自分がそう見られていることを心得ている様子が、どことなく伺える。

「アイリーン様、はじめまして。私はスティーヴンと申します。リムウル国第11番目の王子で、あなたとは同い年です。もしよろしければ、私と踊っていただけませんか? 本来なら我が愚兄、ユリシウスがお誘いするべきところなのですが、どこへ行ったのか、姿が見えないのです」

“王子? ってことはリムウルが立ててきた代役か? だとしたら礼儀上、断れない相手だが……それにしちゃ妙に早いな”

 レスターはそう思い、確かめようと口を開きかけた。しかしすでにアイリーンは挨拶のため立ち上がっており、軽く礼をした後、少年に笑顔で言っていた。

「ありがとうございます、身に余る光栄ですわ。ですが、申し訳ありません。私、ユリシウス様と踊れるのを楽しみにしていましたの。だから、彼が誘ってくださるまで待っているつもりです」

 それは断るための口実としてはよく出来ていた。代役であろうとなかろうと、アイリーンからこう言われれば、相手は引かざるを得ない。
“おぉ……上出来!”レスターが心の中で拍手を送る。
 少年は美しい顔に落胆の色を浮かべた。
「それでは……」

「本当ですか?!」
 かぶさるように響いて来た声の方に皆が目を向ける。そこには、息を切らせたユリシウスが人々の集団から抜け出した所で立っており、目を輝かせてアイリーンを見つめていた。

「姫!」
 駆け寄るようにアイリーンに近づくと、ユリシウスはひざまずき、驚いている彼女の手を取った。

「誓って言いますが、私の、あなたへの想いは国の思惑とは無関係……無理を承知で申します。どうか、私の妻になってください。それがかなわないなら今この時から私は身分を捨て、あなたの騎士としてどこまでもお供したいと……」

「あぁ〜っと! そういうことは今ここで言わない方が良いのでは?」
 レスターが割って入り、ポカンと口を開けてこの成り行きをながめていたスティーヴンの方を、彼にはわからないようこっそり視線で指し示す。しかし彼はそこで自ら、ハッと我に返った。
「し、失礼します!」
くるりと背を向けてそそくさと去って行く少年を見送って、レスターは顔をしかめた。
”あぁ……デクテオンにチクられるぞ〜……やっかいなことにならなきゃいいがなぁ……”

 当の本人であるユリシウスはよくわかっていない様子で、怪訝そうに少年の背中とレスターの顔を見比べていた。レスターは苦笑し、彼とアイリーンを促した。
「まぁ、とにかく……踊って来たら?」

 2人の背中を見送りつつ、レスターはギメリックにだけ聞こえる声でつぶやいた。
「全く、救いようのないアホウだね。……だが、憎めない男ではある」
くっくっと押し殺した笑い声を上げ、レスターは言った。

「いいなぁ、単純バカは言動がストレートで。うらやましいよ。……女の子は案外、ああいう単純明快で率直な物言いにほだされるものなんだよ。覚えておくといい」

 ニヤリと笑ってギメリックに視線を走らせると、彼は不愉快そうに顔をそむけた。


▲ページTOPへ
<< 前へ 目次 次へ >>
inserted by FC2 system