薄明宮の奪還 更新日:2008.07.07


4部 リムウル〜エンドルーア

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 第4

1.舞踏会-1



 華やかな衣装に身を包んだ大勢の人々が、流れる音楽の優雅なリズムに合わせ、揺れさざめいている。

 舞踏の場より少しだけ高くなった壇上に、客人であるアイリーンたち3人と、主催者側のデクテオンとユリシウス、そしてオーエンの領主フレッドとその妻の席が、横並びに設けられていた。

 アイリーンは落ち着かない気持ちだった。隣にいるギメリックの存在が、気になって仕方ないのだ。
 もし、誰にも気づかれずにそうできたなら、きっと飽きずに彼を見つめていることだろう。

 いつもと違う、正装に近い彼の出で立ちは、借り物とはいえ、あつらえたようにぴったりだった。本当によく似合っている。
 先ほど回廊で一目見たときから、彼の姿が眩しくて、直視できない。その場から逃げ出してしまったのも恥ずかしさのため……。



「いったい何をしているんだ、あのボンクラ頭は。あいつが一番手を務めないことには、誰もアイリーンと踊れないっていうのに……」

 ギメリックの向こう側にいるレスターが、イライラした、しかし周りには聞こえないよう、絶妙に抑えた声で言う。

 彼の言葉はもっともだった。舞踏会が始まってから、かれこれ半刻は経とうというのに、陰の主役であるはずのユリシウスは一向に姿を見せない。アイリーンの隣の椅子は空いたままだった。食事をした広間では、確かに皆と同じテーブルについていたのだが……。



 この宴が、客人をもてなす名目であると同時に、ある意味リムウルの圧力であることは、誰も口に出さなくても周知の事実だった。できるだけアイリーンとギメリックに恩を売っておき、あわよくば自国からエンドルーア王を輩出したいという思惑だ。

 今のところリムウルがアイリーンの相手にと画策しているのはユリシウスで、だから国の意向を受け、彼が真っ先にアイリーンにダンスを申し込むはずなのだ。今、彼が現れないことを一番焦っているのは、お膳立てをしたリムウル、つまりデクテオンその人だろう。

 しかし、さすが大国を担う度量を備えた器と言うべきか。デクテオンは落ち着き払ってワインのグラスを傾け、さり気なくフレッドたちと会話を続けながら、時折アイリーンたちにも話を振ってくる。だがそんな見せかけも、一同の間に漂う不審と手持ち無沙汰感が濃厚になるにつれ、限界に近づくかに思われた。



 ついに行動を起こしたのはレスターだった。退屈さを我慢する忍耐が切れたのだ。立ち上がり、デクテオンの前に進み出て言った。
「失礼。せっかく開いていただいたこのような会で、ただ座しているというのも芸がない。我々もお仲間に加えていただいてよろしいでしょうか?」

 痛烈な皮肉を込めたそんな言葉でさえ、デクテオンにとってはこの場を取り繕うための助け舟を与えられたも同然だ。
「ああ、もちろん、大歓迎です。皆、喜んでお相手するでしょう、楽しんでいただければ幸いです」
 鷹揚にうなずいてみせたものの、その笑顔は引きつっている。
“フン! これは貸しだぞ、忘れるな”
冷たい眼差しにメッセージを込めてデクテオンを一瞥し、レスターは形ばかりの礼をした。





 その頃、ユリシウスは。
従者レモールとともに、館の奥まった場所にある中庭にいた。

「しっかりなさいませ、若君! ギメリック殿は臣下に下るとおっしゃったのでしょう? ならばエンドルーアの王女の夫として、あなたが一番相応しいお方ではないですか」

 スキンヘッドの大男は感極まったように目を潤ませ、中空を見つめてわななく手と手を握りあわせた。
「あぁ……若が、エンドルーアの王に……! そうなればもう兄君たちの元で、肩身の狭い思いをすることもないのですよ!」

 ユリシウスは呆れたように彼を見やり、冷めた眼差しを送った。
「お前ね、頼むから、勝手に妄想して一人で盛り上がるのはやめてくれ。悪いが不気味すぎる……」

 憮然として見返す従者の視線を受け止めて、ユリシウスはさらに続けた。
「第一、誰がそんなことを言っているのか知らないが、私は別に肩身の狭い思いなんかしてないよ」

 ふいに従者は黙り込んだ。愁いの影がその顔をよぎる。しかし既に視線を外していたユリシウスは、自分の思いの中に沈み込んでいた。

“それに、私は彼女にきっぱり断られてしまったんだよ……”
 あの時、彼女は泣いていた。今になって思うのだ。自分の不用意な発言が、彼女を悲しませたのではないかと……。

 しかしあの時はそんなことにも思い至らず、泣いている彼女がたまらなく愛しくて、ただ、彼女を慰めたくて……気がつくと、胸に抱きしめていた。
 何と無神経で無礼な男と思われたのではないかと、後で心配になった。そのため彼女が病に伏せている間、ろくに見舞いにも行けなかった……。

 けれど、……腕の中の頼りないほど華奢な体、柔らかな髪の手触り、しゃくり上げる小さな声……それらの記憶があれ以来、ずっと頭から離れない。彼女に触れた腕と手と胸に感じた焼けるような熱さが、時折、ふいに蘇って来て苦しいほど胸を騒がせる……。



 午後の太陽は西に傾き、日没までにはまだ間があるとは言え、降り注ぐ光にはすでにその気配が含まれていた。ユリシウスとは別の思いに沈み、しばらく沈黙していた従者が、灌木の茂みを見つめたままおもむろに口を開く。

「……若君。あなたの邪心のなさは皆が知るところ、今まではそれが幸いした。けれどこたびの戦でデクテオン様の片腕として名声を上げたあなたを、これまで以上に妬む者も出てきましょう……」
「名声……? 何を言っている。私は特に何をしたわけでもない」
半ば上の空でユリシウスはつぶやいた。
「いいえ! 認識していないのはあなただけです!」
強い口調に驚いて、ようやくユリシウスは従者の真剣な眼差しを見つめ返した。

「私は心配なのです。あなたは、この国の王宮という混沌の中に住むには、あまりにも……」
「無力でしかも頭が足りない」
ユリシウスは笑い声を上げたが、ちっとも可笑しそうではなかった。
「いいえ、あまりにも純粋すぎると申し上げたかったのです。悪いことは申しません、アイリーン様にプロポーズなさいませ」

“いや、だから、もう断られたんだって……”
心の中で深いため息をつきながらも、言葉にできないのはなぜだろう? プライドだろうか、それともまだ自分は、諦めたくないと思っているのだろうか? しかし自分に何ができる? 所詮、国にとっての持ち駒、兄の傀儡でしかない自分に……。

 初めは単純に兄が自分の恋を応援してくれているものと思っていた。が、ここにきてようやく、国としての思惑が絡んでいるのだと、知るに至ったのだ。
“彼女が断れない状況だとわかっていてダンスに誘うなんて、虚しすぎる……”

 彼女の美しいドレス姿を思い描き(そしてそれは期待通り、いや期待以上だったのだが)、我が国を救ってくれた客人たちに喜んでもらおうと、嬉々として支度を整え自ら世話を焼いていた自分がまるでバカのように思える。どんなに心を込めた歓待も、彼らにとっては全て恩を売る行為としか思われないだろうに……そんなことにも気づかなかったとは。

「……そう、お前の言う通り。向いていないんだ私は……宮中の勢力争いとか、政治的外交とやらには。いっそ身分を捨てて隠居してしまいたい」
「若君っ!! 何をおっしゃいます!!」
血相を変えて叫ぶ従者の声を遮って、ユリシウスはうるさそうに手を振った。
「以前から、何度も考えていたことなんだよ。でもそうやって騒がれるのが嫌だから黙っていたんだ」
「…………」
 脱力したように肩を落とした従者を申し訳なさそうに見やり、しかしユリシウスはさらに続けた。
「それにね、王家の第二王子の妃に収まることができたと喜んでいる妻たちや、その恩恵をこうむっている彼女らの実家のことを考えると、とても言い出せなかった。でも、今なら……きっともう、密かに心づもりしているんじゃないかなぁ、私と離縁した後のこと。兄上のことだから、もしかしたら手回し良くすでに慰謝料まで払い済みかもしれない。絶好の機会だと思うんだよね」

 突然、さめざめと泣き出した従者を見てユリシウスは口をつぐんだ。
「何と……何と情けない! 若い身空で隠居などと!! 私は、あなたをそんな不甲斐ない人にお育てした覚えはありませんぞ!!……あぁ、情けない……」

「……レモール……不気味だから泣くのはよせと言うのに……」


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