薄明宮の奪還 更新日:2008.06.15


第4部 リムウル〜エンドルーア

<< 前へ 目次 次へ >>
 第3章

8.鐘



「言っただろう、アイリーンにその責務を託したのはヴァイオレットだと。ヴァイオレットは俺の恩師だ。彼女の意志をムダにするようなマネは絶対に許さない」

 睨みつけてくるトパーズの瞳は、魔力を持つ者なら震え上がってしまうほどの眼光を放っていた。しかしレスターには全く応えていないらしい。

「ふぅん。じゃ、アイリーンの部屋の前で、寝ずの番でもするんだね」
意地悪そうな笑みを浮かべてそう言ったものの、レスターは心の中でため息を吐いていた。

“そういうことか。ティレルへの遠慮の他にも、何かあるとは思っていたが……なんて頭が固いんだ。もっと自分に優しい考え方ができないものかねぇ”

 呆れながらも、アイリーンから聞かされた彼の不遇な少年時代を考えると、無理もないという気もした。



 ……同情というわけではない。いや、できない。
あるがままで人々に愛され、そういう意味ではほとんど葛藤というものを覚えたことのない自分のような人間が、彼の味わってきた想いがわかると言ったところで嘘にしかならないだろうから。

 けれどレスターの洞察力と理解力は常に、人の痛みに無頓着でいさせてくれるほど、貧弱ではなかった。

 ここ数日ギメリックを見守るうち、レスターはすっかり悟ってしまっていた。ギメリックのそっけなさや口数の少なさは、他人への無関心や尊大さから来るものではなく、単にひどい不器用さの現れなのだと。
  彼がほとんど自分から人に話しかけようとしないのは、幼い頃そうして人々から嫌がられたり避けられたりした心の傷がもたらす、無意識の自己防衛なのだろうと。



 ギメリックが低くつぶやくように言った。
「……そんな必要はない」
同時にレスターの手から革袋が勝手に飛び出し、ギメリックの手に収まる。レスターは少し驚いた顔をし、ヒュウッと口笛を吹いた。
「お得意の手品かい?……やっぱり便利なもんだね、魔力ってやつは」

 慌てた風のない彼をいぶかしみ、ギメリックが眉をひそめる。レスターはさも楽しげにクスクス笑ってみせた。
「ぼくが奥の手を用意してないとでも思ってるの? だとしたら案外、めでたい男だねぇ君は」

 再び睨みつけてくるギメリックの瞳を平然と見返し、レスターは言った。
「それ、ただの小麦粉だよ。本物はちゃんと隠してある。ライバルに手の内を全て明かすようなこと、ぼくがするわけないだろう?……さぁどうする? 本当に今ここで、決闘でもするかい?」

 そう言う割には妙に緊張感のないくつろいだ様子で、レスターはまた塀に向かい、景色に目をやった。

「……ふむ。君はずいぶんここが気に入ってるようだね。確かに良い眺めだ。でも知ってるかい、どこか辺境の国に、『バカと煙は高いところに登りたがる』という諺があるそうだ」

“……わからない。いったい、どういうつもりなんだこいつは……”
 レスターの真意が全くわからずイライラするギメリックから、刺々しい雰囲気が突き刺さるように飛んで来る。しかしそれをものともせず、眼下を見渡したまま微笑みを浮かべ、レスターは続けた。

「もしそれが本当だとしたら、世の権力者たちは皆、馬鹿者だということになる。まぁ、実を言うとぼくも好きだよ。一人になるには絶好の場所だからね」

 自分の場合は、うるさく絡んでくる周りの人々の目から逃れ、一人静かに物思いに耽りたい時によく塔に登ったものだ。
 しかしこの男の場合はむしろ逆だったろう……人々の間でいたたまれない思いをするより、一人でいる方が気が楽だったに違いない。……彼はどれほどの時間、こうした場所で孤独を養ってきたのだろうか。



 カーン!
突然、驚くほど近くで鐘の音が鳴った。

 レスターとギメリックは同時に顔を上げ、そちらを見た。彼らのいる屋上の向こう端に、さらに突き出た高い塔が建っている。

 カーン!
ゆっくりと間を置いて、再び響き渡った鐘の音はその上から聞こえてきた。

「おっといけない、急がないと遅れてしまう」

 レスターは塀から離れると、階下へ降りる階段の方にいるギメリックへと近づいた。そしてすれ違いざまに、彼の肩をポンと叩いて笑顔で言った。

「行こう、相棒。きっと彼女が心細い思いをしてる。ひとまず宴が終わるまで、停戦としようじゃないか」



▲ページTOPへ
<< 前へ 目次 次へ >>
inserted by FC2 system