薄明宮の奪還 更新日:2008.05.20


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第3章

6.特訓



「おや君か、見違えたよ。まるでどこかの国の王子様みたいだ……あぁ失礼。正真正銘、エンドルーアの王子だったっけね、そう言えば」
 意地悪そうな笑みを浮かべたレスターの言葉に、アイリーンはハッとして振り返った。そしてギメリックの姿を見てなぜかパニックになってしまった。

「てめーっ!! それ以上言ってみろっタダじゃ……モガッ!!」
慌てたカーラに口を押さえられ、ポルの声が途切れる。同時に、アイリーンが騒いで暴れ出した。
「おっ降りますっ、降ろして!!」
あまりに必死な様子なので、レスターが仕方なく降ろしてやると、アイリーンは庭の方を伸び上がるようにして眺め、叫んだ。
「あっ……今、ガナシュさんが通った! お礼を言わなくちゃ!!」
そそくさと裾をつまみ上げ、そんな歩きにくいドレスではありえないほどのスピードで、逃げるように中庭へと走り去って行く。

 レスターは苦笑まじりの笑顔をカーラに向けた。
「あれだけ元気なら心配ない……かな?」
カーラはうなずき、
「私がついていますから」
と言ってアイリーンの後を追おうとした。そこでふと思いついたように振り返り、ポルの手を掴む。
「さっ、あんたも来なさい!」
「ええっ……なんで……」
「いいから!」
 カーラには、レスターはギメリックのいそうな場所がわかっていて、わざとこちらへ向かって来たのだという気がしていた。
 彼が非常に鋭い観察眼の持ち主で、普段そんな素振りは見せなくても、人の言動の裏にある思惑や感情をびっくりするほどよく把握していることを知っていたからだ。きっと何か意図があるのだろう。

 カーラと、彼女に引っ張られたポルが行ってしまうと、レスターはギメリックと向き合った。
「……さてと。君、ダンスは踊れる?」
何を言い出すのだとばかりにギメリックの眉が上がる。
「そんなもの、踊れるわけがないだろう。ずっと宮廷生活とは無縁の暮らしだったんだ。だいたい、こんなナリも窮屈で仕方ない……」
「ストップ!! なんてこった、それじゃ話にならない!……特訓してやる、ついて来い!」
「ちょっと待て。何で俺がお前と……」
歩き出しかけていたレスターは立ち止まり、くるりと振り返った。顎を上げて見下ろすように半眼で彼を睨み、再びギメリックの抗議の声を遮る。
「ほぉ。じゃあ聞くがね、君。彼女が他の男と踊るのを、ただ指をくわえて見ているつもりか?」
「……」
ギメリックがぐっと言葉に詰まるのを見てレスターはフンと一つ鼻を鳴らし、踵を返すとまた先に立って歩き出した。肩越しに振り返り、まだ躊躇しているギメリックを叱咤する。
「さぁ時間がないんだ、ぐずぐずするな!」



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「痛っ!!」
「……すまん」

 ちっともすまなさそうに見えない顔で、ギメリックは言った。レスターは引きつった笑いを浮かべ、彼に尋ねる。
「あのさぁ、君……ぼくが殴ったこと、根に持ってる?」
ギメリックは無表情にレスターの顔を見返した。
「別に」
“いや絶対、根に持ってる、そうに違いない……”
 もう何度目かも知れず、彼に踏まれてズキズキする足の痛みをこらえながら、レスターは思った。

「まぁ、これぐらいで、よしとしよう……思ったよりマシで良かったよ。どうなることかと思ったが」
 2、3の簡単なステップと、音楽に乗るコツを覚えてしまうと、ギメリックは驚くほど素早い上達を見せた。きっと子供の頃に基礎を叩き込まれていたに違いない。

 彼らがいるのは平らになった館の屋上だった。周りには胸ぐらいの高さの部分と、それより少し低く、腰ぐらいの高さの部分が交互に組み合わさったレンガの塀が、ぐるりと廻らされている。

 辺境とはいえオーエンはそれなりに大きな都市だ。この領主の館も石造りの3階建て、塔も備える立派な建物だった。屋上からは館のあちこちを見渡すことができる。

 レスターは塀に近寄って下を見下ろし、宴に参加する近隣の貴族たちが次々と馬車に乗って到着する様子を眺めた。
「何とか開宴に間に合いそうだね。どうやら、ぼくと君がアイリーンを争って決闘でもしているんじゃないかと、カーラに気をもませなくて済む」
そこでレスターは一人、くっくっと笑いを漏らす。

「……わからん奴だな。お前は、……その……」
 レスターは振り返り、口ごもるギメリックを見て面白そうに目を光らせた。
「言っとくけど、君に礼を言われる筋合いはないよ。彼女に夢中になる男をこれ以上増やさないためさ。決まった恋人がいることにしておけば、たいていの者は諦めるだろう。残念だけど、公には彼女の兄であるぼくでは、そう思わせることはできないからね」

“公には”を強調するレスターのアクセントと挑発的な眼差しに、ギメリックは我知らず拳を握りしめていた。
「……誰から聞いた?」
「ふふっ……ナイショ」
「彼女の父親は誰だ?」
「さぁ? 誰だっけなぁ?」
レスターはしれっとした顔を空に向けた。
「まぁ、そうカリカリするんじゃないよ。何しろぼくは彼女にも、兄としか思われていない、見ればわかるだろう?」



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