薄明宮の奪還 更新日:2008.05.11


第4部 リムウル〜エンドルーア

<< 前へ 目次 次へ >>
 第3章

5.絆



 あり得ることだ。
ポルの話を聞いたギメリックもまた、即座にそう気づいていた。

 てっきりアイリーンの母が本当は魔力を持っていたのだろうと思い、今まで考えてみたこともなかったが……。
 そういうことなら、レスターの彼女に対する態度も納得がいく。しかし、レスターはいったいどこで、誰から情報を得たのだろうか?

「ねぇ、本当だと思う?」
ポルがギメリックを見上げて聞いてきた。
「……さあな。だが彼女には言うな」
「う、うん。もちろんだよ」

 自分の父親が誰だかわからないなどと知れたら、彼女はショックを受けるに違いない。レスターも彼女の気持ちを思いやって真実を告げずにいるのだ、とギメリックは思った。しかし、ならばなおさら、彼の彼女に対する想いは真剣そのものと思える。本当に彼女のことを大切に思っているのだろう……それは普段の言動からも充分わかることだったが。

 ギメリックがそこまで考え、腹の底に重い石を飲み込んだような気分になったとき、どこからか、ひどく乱れた感情の波が彼の魔力に触れてきた。
“アイリーン?”

 ゆっくりと回廊を歩んでいたギメリックの足が止まる。つられて足を止めはしたものの、ポルはまだ感知していないらしい。怪訝そうな彼の顔を見下ろし、ギメリックは尋ねた。

「その話、彼女に聞かれていなかったか?」
「そんなはずないよ。ナイショ話が聞こえるほど近くにいなかったもの」
「…………」
 しかし激しい混乱と悲しみに恐慌をきたしそうになっている彼女の心が、だんだん近づいてくるらしく増々ハッキリ感じられる。強い魔力のため鋭敏になった聴覚が、時として聞きたくもない会話を拾ってしまうことを、ギメリックは自分の経験から知っていた。


 アイリーンは野営地でのギメリックとのやりとりを不問にすると決めたらしく、目覚めて以来、何事もなかったかのように明るく、自然に振る舞っていた。彼女を混乱させたに違いない自分の言動を気にしているのはギメリックの方で、どうにも、彼女と顔を会わせるのは気まずかった。

 それでも心配のためちょくちょく病室をのぞきに行ったが、幸か不幸か、リムウルの配慮で彼女に侍女が付き、カーラもほとんどつきっきりだったので、常に病室には誰か他の者がいた。避けるまでもなく二人きりになる機会はなかったのだ。そして、どちらからも、心話を使って話しかけることもなかった。


 けれど彼女の心が悲痛な叫びを上げるのを感じ、思わずギメリックは心話で呼びかけた。
“アイリーン……”



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*




 自分を心配してくれるカーラの気持ちが伝わって来て、アイリーンは泣き出しそうになった。しかし涙をぐっと堪えて目を閉じる。
“ダメ……お兄様に変に思われる……”

 その時、低く優しく、自分を呼ぶ声が聞こえた。虚無の暗黒に引き込まれそうになっていた心が、その声の深い豊かな響きにふわりと抱き止められた気がした。

“アイリーン、お前はお前だ。皆、お前を愛している。お前が誰であろうとそれは変わらない”
“ギメリック……”
“推測しか出来ないことで悩んでみても仕方がないだろう? 今、目の前にあることだけを信じればいい”

 そう、今の自分に、真実を知る術はない。ならば、もう少しだけ……なつかしいアドニアの父の娘、そしてこの優しい兄の妹でいさせて欲しい……。でなければ、世界から自分の存在が消えてなくなってしまいそうで、とても耐えられない……。

“そうね……。ありがとう、ギメリック……”

 ギメリックの心、カーラの心、そして兄の腕から伝わってくる、自分に向けられた暖かな慈愛を、まるで溺れた人がその直後に激しく空気を求めるように、アイリーンは味わった。これが、今の自分にとっての真実……世界と自分とを繋ぐ絆……。

 ゆっくりと、恐怖と混乱の波が引いて行き、心が解き放されるのを感じた。
自分が何者であろうと、本当に皆が変わらずにいてくれるかはわからない。けれどせめて、今はまだ……このままで……。


「もしかして君、本当に気分が悪いの? 部屋に戻ろうか?」
 いつの間にか足を止めていたレスターの、ブルーグリーンの瞳が、心配そうに彼女の顔をのぞき込んでいた。アイリーンは胸が一杯になり、彼の首に手を回して抱きつき、彼の耳元でささやいた。
「お兄様、……ありがとう……」
レスターが驚きながら、いつもと違う彼女の様子を不審に思ったとき。

「あっ!!……て、てててめーっ!! またそんなっ……!!」
 行く手の回廊の角から現れたポルが叫び声を上げた。そしてその後ろには、同じく少しショックを受けた様子のギメリックが、一歩踏み出したまま固まっていた。


▲ページTOPへ
<< 前へ 目次 次へ >>
inserted by FC2 system