薄明宮の奪還 更新日:2008.05.01


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第3章

4.大樹の葉陰に



 ポルが探し当ててみると、ギメリックは館のひときわ広い中庭にある、厩の前にいた。オーエンの若き領主フレッド、リムウル王宮軍近衛隊長イスカ、そしてその部下であるハルとともに、立ち話をしている。話題はどうやら馬のことらしい。

 ギメリックはこの物静かで無骨な武人たちとは気が合うようだ。ここ数日、ポルたちソルグの村の者に魔術や剣の手ほどきをする時以外は、一人で館の敷地内をうろつくか、後はほとんど彼らと過ごしているようだった。

 近づいて行こうとして、ポルは躊躇した。
“なんだかいつもと違う……”
そう感じたからだ。
よく見ると彼も宴のために身なりを整えているのだった。

 黒づくめなのは同じだが、上着の襟や折り返し部分には細かな金糸で精緻な刺繍が施され、マントはエンドルーアの旗にも使われている、深みがあって上品な色合いの紫だった。

 初めは反発していたポルだったが、ギメリックが村を守ろうと長年に渡り心を砕き、また自分の身を呈して一人でそれを果たして来たことを知った今、彼を頼もしい村の守護神のように思い、親しみさえ覚えるようになっていた。そのギメリックが急に、高貴な、近寄りがたい雲の上の人になった気がして、ポルは柄にもなく少し気後れしてしまったのだ。

“……やっぱりこの人も貴族、というか王族なんだなぁ……”

 アイリーンの美しさに見とれはしたものの、彼女やレスターには普段から、仕草や振る舞いに貴族然とした雰囲気があるせいか、見違えるという程のことはなかった。
 しかし、これまた厳めしく立派な身なりの武人たちに回りを囲まれたギメリックの姿は、これまで以上に堂々として落ち着いて見え、今まで気づかなかったのが不思議なくらい、貴族としての優雅さと、品位と風格に溢れている。

 そうこうするうち、ギメリックの鋭いトパーズの瞳が、回廊の柱に寄り添って立っているポルを射抜くようにまっすぐに見据えた。おそらくポルが近づくのを気配で察していたのだろうが、いつまで経っても彼が話しかけてこないため、自分から声をかけることにしたのだろう。

「どうした?」
「あ、……え〜と、……」
ポルが言いよどむと、心話に切り替えて尋ねてきた。
“ここでは話しにくいことか?”
“え、ま、まぁ、……”
ギメリックはわかった、というようにうなずいて見せると、男たちに軽く合図をして一人でポルの方へと歩んできた。

 近寄られるにつれ増々強くなる威圧感に気おされながらも、ポルは微かな憧れを抱いて長身の彼を見上げ、つぶやいた。
「オレも、あんたみたいに背が伸びるかなぁ」
ギメリックは何の話だ、と言いたげに少し苦笑して、それでも律儀に答えてくれる。
「それはわからんが、きちんと食べて運動することだな」
 いつも不機嫌そうで厳しい雰囲気のこの男の顔に、ほんの時折浮かぶ微かな、しかし温かい笑みが、ポルは好きだった。

 村一番の魔力を持つという自覚が芽生えた時からポルには、幼いながらも自分が村を守るのだと気負ってきたところがあった。しかしギメリックの存在が、ポルの小さな肩には重すぎるその荷をいつの間にか取り除いてくれていた。ギメリックのそばにいるとポルは、まるで大樹の陰に羽を休める小鳥のように安らいでいる自分を感じるのだった。

 彼の恐ろしい魔力の気配さえも今は、いくつもの楽器が奏でる音楽の、その調和の中の一音のように感じられる。……空気を震わせる低音の基調のような。しかしそれでも、あまり長くはそばにいられないのだけれど。

 ギメリックはポルを従えて回廊を歩きながら、回りに人の気配がないことを確かめ、彼を促した。
「……で?」
「う、うん……あのさ……」



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 アイリーンは、レスターが自分を放す気がないのを知って諦めてしまった。それに、先ほどひどく動揺したためか気分の悪さがぶり返したようで、軽々と自分を運んでくれる力強い腕に抱かれているのはとても安心感があり心地よかった。

 しかし同時に不安でもあった。それは、この優しい腕に甘えていて、本当に良いのだろうかという思いだった。

 兄は自分の言葉が真実である可能性に全く気づいていない。……当たり前だ、魔力の遺伝に関することなど、兄が知るはずがないのだから……。

 しかし自分は、あの噂以上のことを知っている。それこそがルバートに聞かされた、魔力保持者の遺伝についての知識……。
これだったのだ……さっき、自分が思い出しかけていたことは……。

 魔力を持たない親から魔力を持つ子供は生まれない。必ず、父か母、そのどちらかあるいは両方が魔力を持っているはず。それなのに……母は魔力を持っていなかった。アドニアの民である父が、魔力を持っているはずはない。だったら、自分のこの魔力はいったい……?

アイリーンはふいに恐ろしくなった。

父が母を愛してくれていたこと、それは信じられる……そして母もきっと父を……そう信じたい。

 けれど過去を旅した間に、ほんの一瞬見たある光景……、今まで彼女にとって何の意味も持っていなかったその光景が、突然、目の前に再び浮かんできて、アイリーンの心を激しく怯えさせた。

 それは一つのゆりかごに、フワフワの日の光のような金髪の赤ん坊と、冷ややかな銀の輝きを持つ月光のような髪をした赤ん坊が、並んで眠っている姿……。

“……いや!……考えたくない……お願い、誰か……嘘だと言って!!”

 やっと自分の足でしっかりと大地を踏みしめて歩き出そうとしたとたん、その大地が足下から崩れ落ち、底なしの暗闇の中に引き込まれて行くかのような恐怖がアイリーンを捕らえた。

……自分はいったい何者なのか? 自分のルーツはどこにあるのか……この体の中に流れる血、魔力を受け継ぐ血統は、どこから来たものなのか……。
 今まで信じてきた血の絆は偽りだったのだろうか? だとすれば、自分はこれから、何を頼りに生きていけばいい?

 もしも自分が、アドニア王の子供でないのなら……何の関係もないアドニアの人々を、自分のためにエンドルーアの争いに巻き込んだことになる……。
 父を慕う気持ちも、忘れなければいけないのだろうか? 行方不明になった自分を探してこんなところまで来てくれた兄に、そして彼を必要としていた父に、何と言って詫びを言いその恩に報いれば良いのだろう?
 そして自分のために巻き添えになった姉の命は……もう取り返しがつかない……。

“どうしたの? 大丈夫? アイリーン……”

 レスターの後ろについて歩いていたカーラが心話で尋ねてきた。カーラの魔力のレベルではアイリーンの心の声までは読むことはできない。けれど魔力保持者同士、激しく揺れ動く感情の波を感じ取ったのだ。

“カーラ……”



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