薄明宮の奪還 更新日:2008.04.23


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第3章

3.オーエンの館で-3



“ま、またライバルが増えてしまった……それも強力な!”
ポルはショックのあまり、レスターに解放されたことも意識しないまま、ヨロヨロと中庭へ入って行った。

 その後ろ姿を見送って、またもやレスターはクスクス笑っている。
「あんなに簡単に信じてしまうなんて……やっぱり子供なんだなぁ。可愛いもんだ」
「……レスター様、今のお話、本当なんですか?」
差し出がましいと思いながらも、カーラはつい尋ねてしまった。もし本当なら、ギメリックを応援する自分にとっても一大事、という気がしたからだ。

 レスターは面白がっているような目でカーラをしばらく眺めた後、おもむろに口を開いた。
「……まさか。そういう噂があった、というだけの話。アイリーンも知ってるよ」

 屈託なく見返してくる、茶目っ気たっぷりのブルーグリーンの瞳を見て、カーラにはわかってしまった。
 そう、彼が本当に真実を知っていて、アイリーンにそれを聞かせたくないと思っているのなら……決して誰にも言うはずはない。いくら本人の耳には入れるなと言ったところで、回り回っていずれ秘密はバレてしまうものなのだ。

“ではポルをからかうためだけに嘘を……?”
それだけではない気がして、カーラがじっと見つめると、レスターは少し困ったように柔らかく笑った。
「……ポルには気の毒だけど、少しの間でいいから様子を見たいんだ。これくらいハラハラさせてやったほうが、あの鉄仮面みたいな男にはちょうどいいのさ。それにぼくだって、そう思っている方が楽しいしね」

「…………」
 カーラは何だか混乱してしまった。まるでギメリックをけしかけるような口ぶりかと思えば、彼女と真の兄妹であると信じていながら、そうでない方が楽しいとは……?

 そんなカーラを増々面白そうに眺めてレスターは言った。
「だからね、せめてこの宴が終わるまでは、ポルに黙っててくれるかい?」
「はぁ……」
わけが解らないと思いつつ、カーラは仕方なくうなずいた。



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 中庭に進んだポルは行く手にアイリーンの姿を認めてギクリと立ち止まった。
“あ……ダメだ。オレ、どんな顔したらいいかわかんないや……”

「アイリーン、ま、また後でね!」
意味もなくヘラヘラ笑って手を振り、急いでその場を立ち去る。
“何やってんだろオレ……。ちぇ、なんでオレがこんなに焦らなくちゃならないんだ”

 中庭を突っ切って次の回廊に踏み込む頃になるとようやく、頭が冷えてきた。
“……関係ないさ。彼女には言うな、ってことは……彼女は知らずにいるってことだろ。だったら、彼女にとってあいつは兄であって、それ以上にはならない……あいつが変な気さえ起こさなきゃ”

 そこでポルはレスターの、アイリーンをかまう様子を思い出して顔をしかめた。
“彼女にそんな気なくても、あいつがその気満々だったら……いや、どう見てもその気満々だよなっ?!”
 回廊の中で立ち止まり、冷や汗をたらしながら考え込む。
“あいつは彼女のこと妹と思ってないんだから、放っといたら何するかわかんないぞ……”
 ポルはとんでもない、というようにプルプルと頭を振った。胸の前で握りこぶしを固め、自分を励ますように叫ぶ。
「よーし! あいつの魔の手から、オレはアイリーンを守るんだ!!」
しかし次の瞬間には、困ったように眉をひそめてつぶやいた。
「だけどずっと見張ってるのは無理だよなぁ……彼女に“気をつけて”って言うわけにもいかないし。となると……」

 ポルの頭の中に、協力者としてギメリックの姿が思い浮かんだ。
……本当は、ポルにだってわかっている。子供の自分の目から見ても、ギメリックとアイリーンが好きあっているということぐらい……。
それに二人が結婚し、ギメリックが王になることを、ソルグの村のみんなが望んでいるのだ。

 ポルは再び眉間にしわを寄せ、腕組みをして考えた。
「……うん、あんなニヤけたやつに比べたら……おれたちの皇太子殿下の方がよっぽど彼女に相応しいや!! よしっ!! そうと決まれば……」
ポルは意気揚々と、軽やかな足取りで駆け出して行った。



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 アイリーンは自分の方へとやってくるレスターとカーラを見て慌てて後ろを向いた。
“どどどうしよう……まだ心の準備が……”
「アイリーン! そんなに庭を歩き回っちゃドレスの裾が汚れるよ!」
レスターに呼び止められ、庭のもっと奥へと逃げ込もうとしていた足が止まる。

「それに、宴が始まる前から疲れてしまったら後で辛くなるだろう?」
そう言う声がすぐ後ろまで近づいたと思ったら、急に体が浮き上がった。
「きゃっ……」
「君は意地っ張りだから、辛くてもそう言わないだろうし……」
抱き上げたアイリーンを見下ろし、レスターは言った。

「は、放して……降ろして、お兄様!!」
「ダメダメ、これ以上歩き回らせるわけにはいかないね。おとなしくしてないと、このまま会場まで連れて行っちゃうよ?」
 兄の口元に浮かんでいる微笑みを、アイリーンは赤く頬を染めながらも上目遣いで睨んだ。
「またそんな……意地悪ばっかり……」
“君の困り顔が可愛いすぎるからいけないんだよ”
と思わず言いそうになるところをぐっと抑え、レスターはいかにも悲しげに声を上げた。
「ひどいなぁ。病み上がりの妹を気遣う、優しい兄の思いやりを邪推するなんて」
「だ、だったら、もう大丈夫だから!……本当に、平気なの、もう降ろして!」

  レスターから見れば、いつもの彼女と同じ反応だったので、気にも留めずにそのまま歩き出す。
「あのね。君が本当に辛ければそう言って断ればいいんだけど……たぶん宴では、ユリシウス王子と踊ることになるよ。君がどんなにありがた迷惑だと思っていても、形式的には君のために開かれた宴だ。主催者であるリムウル王宮に対する礼儀として、少なくとも1曲、できれば2曲は彼と踊るのが、まぁ社交上の付き合いというものだからね。……でも他の人とも踊りたいだろう? 例えばギメリックとか」

“え……?”
赤面したまま固まってしまったアイリーンを、レスターは心得顔で眺めた。
「だから、ほら、体力を温存しておかないと、ね?」
やっぱり面白そうにそう言った後、彼はふと気になった様子でカーラに尋ねた。
「……ところであいつ、ダンスぐらい踊れるんだろうね?」
「えっ?……え〜と、……わかりません……」

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