薄明宮の奪還 一部修正:2008.04.19
更新日:2008.04.16


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第3章

2.オーエンの館で-2



 ポルがくりくりした目をさらに丸くして、ポカンと口を開けたまま見つめ続けるので、アイリーンは次第に落ち着かない気持ちになり頬に血が上って来るのを感じた。

「あの……そんなに、……変かしら?」

 青い瞳に狼狽の色を浮かべ、ソワソワして今にもまた部屋の中にひっこんでしまいそうな彼女を、カーラは笑って引き止めた。

「あなたがあんまりきれいだからびっくりしてるのよ。……ポル! ほら、口を閉じなさい、バカみたいに見えるわよ!」
 カーラが彼の目の前でヒラヒラと手を振ると、ポルは怒って顔を赤くし、その手を払いのけた。

“きれい……?”
アイリーンにとって、その言葉は長い間、母に向けられた賛辞だった。誰もが母を美しい人だったと言い、自分に言ってくれる人はいなかったので、何となく辛いような気がして深く考えないことにしていたのだ。

“……お前はフェリシア姫に生き写し……”
そう言ったルバートの声がふいに耳の中にこだました。同時に、彼の恐ろしい最期が目によみがえり、気分が悪くなった。

……何だろう? 何かが心に引っかかる。
彼から得た言葉や知識の中に、気がかりなことがあったような……。

 しかし自分が殺してしまった男のことを思い浮べるのは、とても苦しくて辛かった。その想いが、気がかりだったことを思い出したいという気持ちとせめぎ合い、邪魔をしていた。

「アイリーン!」
「大丈夫?!」

 いつの間にか目を閉じて壁にもたれかかっていたアイリーンを、ポルとカーラが心配そうにのぞき込んでいる。アイリーンは無理に笑顔を見せ、つぶやくように言った。
「何でもないわ。平気よ」

「……やっぱりまだ充分に回復していないんじゃないの? 本当に平気?」
「ええ。……心配しないで。……ありがとう、大好きよ、二人とも」
 今度こそ本当ににっこり笑った彼女のその言葉に、ポルは真っ赤になり、カーラは首を傾げながらも優しく微笑み返した。

 アドニアにいた頃は部屋に閉じこもりがちで、ごくわずかな人々としか関わりを持たなかった自分が、一国の王になろうとしているなんて……本当に不思議だ。
 でもこうして自分を心配し、助け支えてくれる人々のために、託された責任を果たさなければ、とアイリーンは思った。

 苦手だからと大切な社交場である宴を嫌がったり、怖いから、辛いからと言って、愛する人たちを守る戦いから逃げることはもうできない。

 アイリーンは背筋を伸ばしてしっかりと床の上に立ち、頭を上げた。そして、まだ心配そうな顔をしている二人の先に立って歩き出した。
「私の格好が変じゃないのなら、このまま、お庭に行きましょう。ガナシュさんにバラのお礼が言いたいわ」

 起きられるようになってから時々庭を散策するうち、庭師のガナシュには、何度か会っている。それまでもカーラが毎日、花を摘んでもらって病室に届けてくれていた。



 建物の回りの屋根つきの回廊が別の建物へ向かって別れ、中庭を突っ切っているところまで来たとき、向こうからレスターがやってくるのが見えた。

 彼も宴のための身支度をすっかり整えている。鮮やかな萌葱色のマントが優美な顔立ちによく映えて、久しぶりに見る兄の晴れの姿はアイリーンでさえ惚れ惚れするほどきらびやかだった。
  その印象をさらに深めているのは、腕に抱えられた一束の黄バラだ。おそらく彼も、カーラと全く同じことを考えたのだろう。

 彼は回廊の中程まで来ると立ち止まり、にっこり笑って言った。
「やぁ、アイリーン、きれいだよ。まるでこの世に生まれ出たばかりの、美の女神の化身のようだ」

 歯の浮くようなセリフも彼の口からならそれほど嫌みに聞こえない、とカーラは思い、アイリーンはと言えば、兄が何かにつけて自分を褒めそやすのであまり真面目にとらえていなかった。ポルだけが“ゲーッ”という顔で横を向いて舌を出している。

 すぐそばまで近寄ると、レスターはいつもの挨拶として、アイリーンを抱き寄せ彼女の額に口づけた。今ではすっかり慣らされてしまい、諦めの境地でアイリーンもあえて逃げようとはしなかった。

 それからレスターは、横に控えていたカーラに笑顔を向けた。
「どうやら、とても気のきくもう一人の女神に先を越されてしまったようだね。ありがとう。もし良ければ、受け取ってもらえるかな?」

 極上の笑顔とともにうやうやしく花束を差し出され、カーラはとまどった。
アイリーンの命を救った薬草を届け、後に続く一週間、熱心に彼女の看病をした自分に彼が心から感謝してくれているのが感じられ、それはもちろん嬉しいのだけれど……。

 ソルグの村で、ほんのひと時だが同じ家で姉妹のように暮らしたアイリーンとは違って、彼に対してはとにかく、かしこまって緊張してしまう。
 レスターはいたって気さくで身分の違いなど気にしていないようだが、どこからどう見ても王子様、という雰囲気の彼に気さくにされると、かえってどうして良いかわからないのだ。

 恐縮しながらバラを受け取ると、
「コラお前っ! 姉ちゃんに色目つかうなって言っただろ!!」
ちっとも緊張していない様子のポルが怒声を上げた。

「ななな、何を言い出すの、この子は……っ!! すみません、失礼なことを……」
真っ赤になってあわてるカーラに対し、レスターは気にした風もない。睨みつけてくるポルの眼差しをさも楽しそうに眺めて穏やかに微笑んだ。

「これはまた、小さいけど勇ましいナイトだな」
「てめーっ、今、小さいって言ったな!!」
「うん?“小さい”が気に入らないなら、“可愛い”がよかったかな?」

 わざとらしく首を傾げ、とぼけてみせたレスターだったが、増々怒ってゆでダコのようになっていくポルを見て、堪えきれずにクスクス笑い始めた。
アイリーンがあきれて口を挟む。
「お兄様……あんまりポルをからかわないで」

 アイリーンが日に日に回復していく中、しょっちゅう彼女の部屋に見舞いにきていたレスターとポルは鉢合わせすることも多かった。ここ数日、からかいがいがあると見抜かれたポルはすっかりレスターの餌食となっている。アイリーンはポルにとても同情していた。

 アイリーンの非難の眼差しを受け、レスターはようやく笑いを収めてポルに言った。
「そんな心配は無用だよ。君の姉さんは確かに美人で優しいし、とても魅力的だと思うけれど……」
お世辞に決まっていると思いながらもカーラはギョッとした。顔から火が出そうだ。
「ちゃんと相手が決まっている人に手を出したりはしない。それに、ぼくも今は誠心誠意、アイリーンひとすじなんだから……ほらこんな風に」

「きゃっ!!」
レスターに背を向け、庭師を捜して中庭の方に注意を向けていたアイリーンは後ろからいきなり抱きすくめられ、思わず悲鳴を上げた。
「もうっ!!……お兄様!!」
怒りと羞恥に頬を染め、振り向いて彼の手を振り払う。

「なっなななんだお前っ! アイリーンの兄きのくせしてっ……そそそんな……っ」
 一瞬とはいえ妙に艶かしい兄妹の抱擁にポルとカーラも赤面している。
「おかしいんじゃないのか?!……この変態!! ドスケベ!!」
「ポルっ!!」
 あまりの暴言に、カーラは今度は青くなった。いくら今まで寛容だったとは言え相手は大国の王子、弟が不敬罪でとがめを受けてしまうのではないかと心配になったのだ。

「…………」
 レスターは心外だ、というように眉を上げてポルを見下ろしていたが、やがて意地悪そうな笑みを浮かべ、
「そおいう悪いことを言う口は……」
と言いながらポルの上にその長身を折って屈み込んできた。
「……こうだっ!!」
「ヒフェッ!!……バッ……バカっやめっ……!!」
 口の両端をぐにっと引っ張られ、暴れようとするポルを、レスターは笑いながら腕の中にぎゅうぎゅう押し込めた。

「てめーコノヤローッ放せっ!!」
 じゃれあっているとしか見えない二人をその場に残し、アイリーンは中庭へと足を踏み入れた。
「カーラ、行きましょう……お兄様の悪ふざけに、これ以上付き合うことないわ」
彼女の顔はまだ怒っていて少し赤い。
 カーラはかんしゃくを起こしたポルが何をするかわからないと思うと心配で、アイリーンの背中とレスターたちを交互に眺めてその場でためらった。

 アイリーンはかまわずに、一人で庭を進んで行った。
遅咲きのバラに彩られた生け垣の陰に入り込むと、回廊にいる皆の姿はすぐに見えなくなった。しかし、しばらくポルの騒ぐ声は聞こえていた。それが急に静かになった、と思ったとたん、アイリーンの耳にレスターの声が忍び込むように響いてきた。

「アイリーンにはナイショだよ。実はね……ぼくたちは本当の兄妹じゃないんだ。彼女の真の父親はエンドルーアにいる」



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