薄明宮の奪還 更新日:2008.04.05


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第3章

1.オーエンの館で-1



 アイリーンは鏡の中の、侍女に髪を結われながら浮かない顔をしている自分の姿を眺め、心の中でそっとため息をついた。もうこれで何度目だろうか……。

“ああ、どうしても宴に出なくちゃならないのなら、せめてこの一日がさっさと終わってしまいますように……”

 高さのある窓から、明るい日の光がいっぱいに差し込んで、部屋の中のあらゆる物の輪郭を白く浮き立たせている。
 調度品はどれも豪奢で立派なものばかりだ。広さこそアドニア城のアイリーンの部屋ほどではなかったが、このリムウルの地方都市オーエンの領主の館で、アイリーンは可能な限り最上級に近い待遇を受けていると思われた。

 慣れないから……と何度断っても、侍女を付けられてしまうのには辟易したけれど、アイリーンは自分の滞在に気を使ってくれるリムウルの人々に感謝していた。しかし今回のこの宴の話だけは、少々恨めしく思ってしまう。




 夜を日に継いで道を急いで来たカーラたちの一行がオーエンに到着したのは、アイリーンが病の床についてから五日目の朝だった。

 それから一週間。カーラたちのもたらした薬草のおかげで、アイリーンは順調に回復し、すっかり元気を取り戻しかけていた。

 その間、リムウルの人々は彼女とギメリック、レスターと、ソルグの村の人々を大切な同盟国の客人として扱い、そして今日はもてなしのため、小さな宴が催されることになったのだった。
 こういう場合は普通、晩餐として日が落ちてから行なわれるものだが、アイリーンの体調を考え、昼間から夕刻にかけての宴となっていた。




 やっと侍女たちの手から解放され、アイリーンが立ち上がったとき、ちょうど部屋の扉が開いてカーラが入って来た。
「まぁ、アイリーン、きれいよ! 本当に素敵!!」

  感嘆の声を上げたカーラの方へと、アイリーンは戸惑いの表情を浮かべて振り向いた。
「……こんなに裾の長いドレスを着たのは久しぶりなの。自分で踏んでつまずいてしまわないか心配だわ……」
優雅に裾をつまんでうつむき、自分の足もとを見てつぶやく。

「生まれついてのお姫様が、何言ってるの。全然、危なげないわ、大丈夫よ」
カーラは微笑んで、少し離れた位置に立ち止まってつくづくとアイリーンを眺めた。

 クリームイエローのごく薄い布を何枚も重ね、胸元や裾周りにたっぷりとヒダを寄せたそのドレスは、彼女を今咲いたばかりの初々しいバラの花のように見せていた。華やかで、それでいて清楚なイメージが、とても良く彼女に似合っている。これほど淡い色が映える肌の白さというのも、めったにないだろう。
 いつもは自然に降ろしている金髪を結い上げてアップにしているためか、普段より少しだけ大人っぽく見えた。

 村にいる時は動きやすいからと少年の服ばかりだったし、ここオーエンではずっと、簡素な夜着にせいぜいガウンを羽織るぐらいの彼女しか見ていなかった。それでも彼女の美しい面立ちは際立っていたけれど、こうして豪華なドレスに身を包んでいるところを見ると、やはり生まれ育ちからして庶民とは違うと感じてしまう。

 しかしそれは衣装や、彼女の姿形のせいばかりではないとカーラは思った。
変わらないたおやかな仕草の中にも、村を離れてからのほんのわずかな間に彼女が身につけた威厳のようなものが漂い、その気配は淡い彩光をともなって、彼女の周りの空間を彩っている気がした。

 ギメリックが眠り続けている間、見知らぬ人々の中でたった一人で奮闘したこと、そしてエンドルーアの王として役目を果たそうと決心したことが、彼女の中に大きな変化をもたらしたのだろう。

 村の中なら安全とわかっているはずなのに、彼女はいつも、どこか不安げな様子をしていた。それは異国の人々に囲まれて、自分自身が彼らに、そして世界にとって必要な存在であるという、確かな自信が持てなかったせいではないだろうか。

 彼女は今、自分の居場所を見つけつつある……彼女が本当にエンドルーアの王となるかどうかは、まだわからないけれど。それがどこであれ、彼女がいるべき場所は自分の世界とはかけ離れているのだと、白い光の中で眩しいほど輝いて見えるアイリーンを見つめ、カーラは思った。

“可愛い妹ができたみたいに思っていたけど……何だかすっかり置いて行かれた気分だわ。そうね、私たちの王か王妃になる人なんだもの……こんな気安い口がきけるのも、もうあとしばらくかも知れない”

 そう思うと少し寂しい気持ちになったカーラだったが、アイリーンがその感情を感じ取り怪訝そうな顔をするのを見て、何でもない、と言うように微笑みながらゆっくり首を振った。

「ほら見て、あなたのために摘んでもらってきたのよ。きれいでしょう?」
手に持った黄バラを掲げてみせ、アイリーンに歩み寄る。
「ええ、本当、とてもきれい……」
微笑んだ彼女を、カーラはドレッサーの前に再び座らせた。
「髪に挿してあげるから、ちょっとじっとしててね。ドレスの色しか聞いていなかったけど、ぴったり合って良かったわ」
「え……花を髪に?」
「そうよ。だって貴族の姫君たちは宝石をたくさんつけて着飾って来るのでしょう? ドレスなのに何もつけてないと変に思われるかも知れないから。胸元はフレイヤの涙があるのでいいと思うけど」

 魔力を持つ身であるアイリーンは、フレイヤの涙以外、アクセサリーの類はつけられない。それを気遣ってくれたカーラを、アイリーンは感心して眺めた。
“何て機転が利くのかしら……私なんかボーッとしていて……そんなこと、思いつきもしなかったわ”

「カーラも宴に出席して、そばにいてくれればいいのに……皆さんも勧めてくださったのだし……」
 気のせいかしょんぼりとして、元気のない声でそう言ったアイリーンに、カーラは笑って言った。
「作法も何もわからないのに、恥をかきに行くなんてまっぴらよ。堅苦しくて気を使うわ。分相応な場所でご馳走をいただくだけで充分ですとも」

 しかしアイリーンがあまりに浮かない顔をしているので、少し心配になって尋ねた。何しろ彼女は病み上がりの体なのだ。
「どうしたの? 気分が悪い?」
「いいえ、そうじゃないんだけど……」

“姉ちゃん! まだ?! 早くオレにも見せてよ!!”
ポルのせき立てる声がカーラの頭に響き、同時にアイリーンにも通じてしまった。二人は顔を見合わせた。
「……もう、しょうがないわねぇ。ごめんなさい、始まるまでまだ時間はあるようだから、ちょっと部屋から出てあの子にも見せてやってくれないかしら」
 苦笑いして言うカーラに、アイリーンは首を傾げて尋ねた。
「見せるって……何を?」
「あなたのドレス姿をよ!! 決まってるでしょ、他に何があるって言うの?」
「え?……?」

 困惑して思わず自分の姿を見下ろしたアイリーンの手を取り、カーラは彼女を立たせると笑って言った。
「あなたってホントにお姫様らしくないわね」
「……?」
言われた意味がわからずますます困った顔をする彼女に、カーラは優しい笑顔を向けた。
「気取ったところがなくて大好きよ、って言ったの。さ、行きましょう」


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