薄明宮の奪還 更新日:2008.03.01


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第2章

8.病床



 ギメリックはアイリーンが眠るベッドの枕元に立ち、激しい後悔に苛まれながら彼女の寝顔を見下ろしていた。

 なぜ、こうなる前に石を預かっておいてやらなかったのか……。
時折、苦しそうに眉をひそめる彼女が目をさます様子はない。おそらく石から伝わって来る魔物の気配に怯えているのだろう。……できることなら代わってやりたい、しかし彼女が自分の意志でフレイヤの涙を渡さない限り、石にかけられている魔法のせいで手は出せないのだ……。

 レスターに連れられここまで来る旅の間はまだ、彼女は寝たり起きたりしていたようだった。しかしこのリムウルの地方都市オーエンに到着してすぐに、彼女の意識は戻らなくなってしまった。

 彼女の言葉を無視してエンドルーアへ行こうかとも考えていたギメリックだったが、アイリーンが倒れたと知って結局、心配でここまでついて来た。結果的にそれは正解だったのだ。魔力保持者の生理について良く知らない者たちの中に一人、彼女を残していくわけにはいかなかったのだから……。

 今、ギメリックに頼まれたポルとカーラが、急いでこちらへ向かっているはずだった。魔力を回復させる薬草を持って……。

「…………」
アイリーンが小さな声で何かつぶやいたので、ギメリックは彼女の上に身をかがめた。
「……ギメリック……」
“俺の名を呼んで……?”

 その時、急に扉が開いて、レスターが部屋に入って来た。ギメリックを見て一瞬、立ち止まり、そしてすぐにまた歩みよって来る。
「君、何を一人で赤面してるのさ。……まさか彼女に何かした?」
口元は笑っているが目が冷たい。返事によってはただじゃ済まさない、と如実に語っている顔だ。

「バッ……!! な、ななっ……!!」
増々赤くなって口をパクパクさせるギメリックを見て、レスターは首を傾げた。
“バナナ?……違うだろうな。“バカを言うな、何もするわけないだろう”ってとこか?”
レスターがそう的確な判断を下したとき、アイリーンが再びつぶやいた。

「行かないで……ギメリック」
「…………」
「…………」
ギメリックとレスターはそれぞれに、何とも言えない表情で眠ったままの彼女の顔に目を落とし、しばらく固まっていた。

「……なるほど。そういうワケね」
つまらなそうに息を吐くレスターから、ギメリックは顔を背けた。そのまま踵を返し、部屋から出て行こうとする彼の背に向かって、レスターの声がかかる。
「この子が目を覚ましたら君は真っ先に駆けつけて、まずは謝ること」
「…………」
振り向いたギメリックの物問いたげな表情を読み取り、レスターは言った。

「君たちの間に何があったかなんて、知らないさ。アイリーンは口が固いからね。でも、君が悪いに決まってる」
そんなレスターの決めつけ口調にも、ギメリックは怒りもせずにただ黙って目を伏せただけだった。その頬が、先ほどの名残かまだ少し赤い。

そんな彼を眺めてレスターは、イライラと考えた。
“あぁっ!! じれったい!! 何をグダグダ悩んでるんだろうねぇ、この男は?! 根が暗いんだよ全く、見ちゃいられない”

 ここまで来る間、ギメリックは心配そうにそばでウロウロしていたくせに、決して彼女に話しかけようとしなかった。彼女の方も意識がある時はレスターと話すのが精一杯で、体が辛いため周りを気にする余裕などほとんどないようだった。

「あのねぇ、ぐずぐずしてると、あのボンクラ頭くんに彼女を取られちゃうよ?」
「……?」
「ユリシウス王子のことだよ。彼にはそんなつもりはないだろうが、彼が彼女と結婚することにより、うまくいけばリムウルは労せずしてエンドルーアを傘下に収めることができるんだ。周りが黙っちゃいないだろう。……しっかりしてくれたまえ、君はエンドルーアを守りたくはないのか」

 腕を組み、厳しい眼差しで問いかけてきた彼に、ギメリックは意外そうに目を見張った。
「……お前に、国の心配をしてもらうとは思わなかった……」
とたんにレスターの口元に、意地悪そうな笑いが浮かぶ。
「いや別に。君の国がどうなろうと、知ったこっちゃないけどね」
「…………」
コロコロ変わるレスターの口ぶりに、ついていけないとばかりにギメリックの眉間にしわが寄る。

「……ぼくはただ、彼女が生きる世界を守りたいだけだよ」
そう言ってほんの一瞬、どこか苦しげにアイリーンの寝顔に目を落としたレスターは、すぐにまた、厳しい光をたたえた瞳でギメリックを見据えた。
「彼女が夢見る“幸せな未来”に自分が必要不可欠だってこと、君は自覚してるんだろうね?」
「…………」
黙り込んだギメリックにレスターは一人でうなずいた。
「君、生年月日は?」
「?……共有歴522年、青の月1日」
訝しげに眉をひそめながらも、律儀に答えを返してきたギメリックに、レスターは訓示をたれるように言い渡した。
「よし! 半年ほどだが、ぼくが年上だ。敬え! お兄様と呼べ!」
「…………」
言葉は横柄だったが“兄”と呼ぶことを許すというその宣言はつまり、ギメリックをアイリーンの夫として認めるということに他ならない。しかしギメリックにその気がない以上、はいそうですかとうなずくわけにもいかなかった。

 ギメリックは黙ってそのまま踵を返した。
「おいっ……!! 待てっ、……」
おかまいなしに、部屋から出て行こうとする彼に向かって、レスターは声を張り上げた。
「いいか、とにかく、これ以上彼女を泣かせたら許さない。謝るんだぞ、わかったな?!」

 結局そのまま出て行ってしまったギメリックを見送り、レスターは目を伏せて、額から髪をかきあげながらハァッ……と、深いため息をついた。
“わからないなぁ……まさか彼女の片思い?……そんなわけないと思うんだけど。きっとまだ、何か秘密があるに違いない。見てろよ……絶対、探り出してやる……”

 眠り続けるアイリーンを愛しげに見つめて、彼はつぶやいた。
「アイリーン、君の頼みとは言え、骨が折れるよ。君の想い人と仲良くするのは……何しろ向こうに全くその気がないんだし。だいたい、ああいうタイプはぼくとは気が合わないんだよ」

 少し寝乱れた彼女の髪に手を伸ばし、そっと梳きあげて耳にかけてやる。そのまま引っ込めるのが名残惜しいとでも言うように、彼はしばらく彼女の頬に手を添えていた。
「それに……ぼくのこの気持ちも、持って行き場がないんだからねぇ……」

 彼はゆっくりかがみ込むと、彼女の唇に触れるか触れないかのキスをして、小さく微笑んだ。


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