薄明宮の奪還 更新日:2008.01.18


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第2章

2.アイリーンの決意



 テントの中では、デクテオンがイスカを従えて待っていた。置いてあった簡易式の腰掛けは片付けられ、代わりに敷かれた敷物の上に、直接座って楽にくつろげるようになっている。いつも通り鎧を着けているので包帯などは見えないが、デクテオンの怪我に配慮したものだろう。

 皆が座ると、デクテオンはまず、偵察隊からの報告を伝えた。エンドルーア軍は国境からどんどん遠ざかっており、どうやら一旦、侵略の刃を収めることにしたようだと。油断は出来ないが、リムウルとしてはひとまず、国を脅かす敵を追い払ったことになる。
 デクテオンはそこで改めて、ユリシウス、イスカと共に居住まいを正し、ギメリックたちに謝意を表した。

「それで今後のことなのですが……まずお聞きしたいのは、あの男が言っていた魔物のことです」
デクテオンが厳しい表情でギメリックに問うた。

「彼の話からするとエンドルーアに伝わる伝説は真実で、しかも魔物はまだ生きている……もしそれが本当なら、ギメリック殿、貴公が王座を奪い返せるか否かはエンドルーア一国の問題ではない。大陸全土の……いや、この世界全ての存亡がかかっているということになる」

 ギメリックはあっさりうなずいた。
「その通りだ。だが王は俺ではない、アイリーンだ」
「え……」
デクテオンたちリムウルの3人は驚いて目を見張り、レスターはムッとした様子で言った。
「またそれか?! いったい、どういうことだ?」
「姫のお話では……あなたが王で彼女が代理だということでしたが?」
ユリシウスも怪訝そうに尋ねる。

 隣に座ったアイリーンが困ったように自分を見上げて来るのを感じたが、ギメリックはかまわずに言った。

「エンドルーアの王は、魔物の封印を守るという役目を果たすために、フレイヤの涙と呼ばれる石を代々受け継いできた。本来なら俺がその主となるはずだったが、クーデターから石と俺を救い出した指導者が、アイリーンに石を託したのだ。石は主と認めた一人にしか力を与えない、そして石の主にしか魔物の封印を守ることは出来ない。だから俺は慣例に従い臣下に下り、彼女に仕える」

 アイリーンはギメリックの言葉に、ショックを受けている自分を感じていた。臣下に下る……ということは、やはり彼は自分と結婚する気はないのだ……。

“でも、それなら……どうしてあんな、キスするわけ?”

子供の頃、父にはよく、おでこやほっぺにキスしてもらった。でも彼のキスは、それとは意味合いが違うということぐらい、アイリーンにだってわかる。

何度かあったギメリックとのキスシーンを思い出すと頭に血が上って来た。
いったい彼がどういうつもりなのか、わけがわからない。

 アイリーンが半ば上の空でいる間に、隣でレスターが眉をひそめて言っていた。
「ちょっと待て……おかしいじゃないか。クーデターが起こってから今まで、石がないのに魔物は封印されてたってことになるが?」
「生け贄を使っているのだろう、と指導者は言っていた」
「生け贄?!」

 今度はアイリーンも含め、皆が驚く。ギメリックはうなずいた。
「ティレルが『闇の塔の禁じられた魔術書』と言っていたのを覚えているか? エンドルーアでは長い年月をかけ、魔物と魔力について研究されてきた。その集大成である魔術書が、薄明宮の昼の塔と夜の塔に収められている。人道的な理由や危険であるという理由で禁じられた魔法は、闇の塔とも呼ばれる夜の塔で管理されていた。生け贄によって魔物を封じる方法はおそらくその中の一つだ」

「……」
一同は黙り込み、アイリーンは新たなショックを受けていた。
“こうしている間にも、殺されている人が……? 誰が王かなんて言ってる場合じゃない、とにかく早くそんなことやめさせないと……”

その横でレスターもまた愕然としている。
“なんてことだ……それじゃあアイリーンはその役目を負わされたがために、どうしたってエンドルーア王にならなくちゃいけないってことか?”

 一同の上に重く落ちてきた沈黙を破ったのは、ユリシウスだった。
「彼は言っていましたね、あなた方が自らを犠牲にしてあの魔物を抑えてきたと。それはどういうことなのですか? それに、あなた方の祖先はなぜそんな危険な存在を、人類共通の敵として他の国に知らしめなかったのです?」

「別に隠していたわけではない、ただその必要がなかったのだ。苦もなく魔物を抑えていられた頃は。だがこれもあいつが言った通り、我々が受け継いだ女神の血は時代とともに薄まり、魔力は弱っていく一方で……エンドルーア建国当初は、魔物の封印を新たにする儀式は年に一度行なわれていただけだったらしい。だが俺の父は……」

淡々と語るギメリックの声に、微かに混じる苦しみの陰。それを理解するのはアイリーンだけだった。クーデターでギメリックが皇太子の座を奪われ、今まで身を潜めていたとは話したが、その前後の詳しいいきさつまでは皆には知らせていないからだ。

「毎日、朝夕2回、必ず儀式を行わなければならなかった。儀式は魔力と体力を消耗させる。ここ数代、エンドルーアの王は長生きをしたためしがない」

「なっ……何だと?! どうして彼女にそんな役目を押し付けた?!」
レスターがアイリーンを挟んで座っているギメリックに、胸ぐらをつかまんばかりに詰め寄った。
「うるさい、俺に聞くな! ヴァイオレットに聞いてくれ、もっとも、もう彼女はこの世にいないがな!!」
ギメリックも負けじと怒鳴り返す。

「やめて二人とも!!」
アイリーンが声を張り上げると、二人は睨み合ったまま口をつぐんだ。

「お兄様、私は大丈夫よ。……わかるの、私の魔力は数百年前のレベルに先祖帰りしているって。本当は、ギメリックの方が魔力も強いし王にふさわしいと思うけど、ヴァイオレットと石が私を選んだのなら、私はその運命に従います」
「アイリーン……」
 凛と声を張ったアイリーンに、レスターは言葉を失いただ彼女を見つめた。魅せられたように、皆の視線が彼女に集まる。

「誰に強制されたとも思わない、私が、そうしたいと思うから。意味もなく戦いに巻き込まれる人たちを、これ以上増やしたくない……それに私はティレルを助けたいの。方法さえわかれば、石の力を借りてきっと彼を助けてあげられる……だから、ギメリック、あなたには本当に申し訳ないけれど、私は石の主になれて良かったと思うわ」

 彼女はしっかりと頭を上げ、正面に座ったリムウルの人々に目を向けた。青い瞳は彼女の決意を示すように強く輝いていた。
「皆さん……ごめんなさい。たくさんの命を奪った彼は、あなたがたにとっては許されざる罪人、助けたいと思うのは私のわがままです。でも私にとって彼はとても大切な人なんです。どうか私と彼に罪を償うチャンスを与えてください、お願いします!!」

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