薄明宮の奪還 更新日:2008.01.06


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第1章

22.決戦-5



「ティレルっ!!」
アイリーンは倒れたティレルに駆け寄った。イスカの剣が彼の腹部に深々と突き刺さり、見る見るうちに赤い染みが広がっていく。

「ティレル……!!」
涙をこぼしながら彼にすがりつくアイリーンを、イスカもユリシウスも驚いて眺めていた。

 ティレルは目を閉じてピクリとも動かない。顔色はすでに青白く、誰の目にも彼の傷が致命傷であることは見て取れた。
「しっかりして!! ティレル!!」
叫び続ける彼女のそばに立ち、ギメリックが彼女の名を呼んだ。
「アイリーン」
涙に濡れた瞳で見上げると、彼は静かに言った。
「癒しの魔法を、長老に習ったか?」
大きく目を見張って、彼女は首を振った。
「……俺の言う通り唱えるんだ。傷に手をかざして……」

 アイリーンはティレルの傷に手を当て、ギメリックの後に続いて呪文を唱えた。
“死んじゃいや……死んじゃいや……お願い目を開けて……”
懸命に祈りながら力を注ぐ。彼女の体が光りだした。カッとひときわ眩しく光ったと思うと、その光は彼女の手からティレルの体へと流れ込んで行った。

 光がおさまったとき、ティレルの傷は跡形もなく消えていた。
「傷は癒えても流れた血は元には戻らない。しばらく安静にして様子を見ないと、まだ助かるとは……」
ギメリックがそう言っている間に、ティレルの体からすうっと何かが分離してきた。

「あっ……」
魂が離れてしまった、と見てアイリーンが悲鳴を上げる。すると空中に浮かんで淡く光を放つティレルが言った。

「なぜ助けたの……? 頼むからもう一度、とどめをさして欲しい……」
「あなたは……」
つぶやいたアイリーンに、ティレルは悲しげに微笑んだ。
「そう、ぼくだよ……。ぼくは今ではほとんどの時間、彼の中で眠っているんだ。アイリーン、君の魔力の気配を感じて目が覚めたけれど……ぼくが姿を見せたら君の迷いが大きくなると思って、ずっと隠れているつもりだった。ギメリック……」

 ティレルは今度はギメリックに目を向けた。
「彼が君をわざと挑発していたのがわかった? 彼も心の底では自らの死を望んでいる、その望みを叶えてくれる君をずっと待っていたんだ。石の主と君を相手に勝てるかどうかなど、彼自身、確信はなかったはずなのに、こうして一人でやってきたことでもわかるだろう? 君なら理解できるよね、ぼくたちのこの思い……お願いだよ、さぁ殺して!!」
「ティレル……」

「いやよ!! どうして逃げようとするの?!」
怒りと涙のためにキラキラと輝く瞳で、アイリーンはティレルを真っすぐに見つめた。
「どんなに辛くても私があなたのそばにいる、だから逃げないで! 病を治し、心から罪を償う気持ちがあるなら許されるはずよ。だって生きてさえいれば、あなたが将来誰かの助けとなる、そんな可能性だってあるわ……だからその人のためだけにでも、あなたは生きるべきなの。せっかくこの世に与えられた命を簡単に手放さないで! 死にたくないのに死んで行く人たちがいるのよ、あなたが殺した人たちもそうだったでしょう?」

「……」
 ティレルはうつむいた。そして一度だけ、切なげな眼差しを彼女に向けると、すうっと体の中に消えて行った。

 閉じられていた瞼が震え、彼がうっすら目を開く。
「ティレル……!!」
 息をのんで人々が見つめる中、血の気の失せた唇が微かにギメリックの名を呼んだ。彼がひざまずいて顔を見せると、ティレルは微笑んだ。

「私は知ってるよ、ギメリック……君はこの呪われた血を厭い、自分自身を消し去ってしまいたいと願っていたよね。そうとも、私も同じ思いだ。我々一族が代々自らを犠牲にしてあの魔物を抑えてきたことを他の国の者たちは……いや、エンドルーアの民でさえ庶民どもは知りもしない」
 彼が苦しげに眉をひそめ、目を閉じるのを見てギメリックは顔を曇らせた。
「ティレル、もうしゃべるな!!」

 しかしティレルは熱に浮かされたように、目を閉じたまま語り続けた。
「女神の血が濃かった時代は良かったさ、だが我々の中のその血は薄まり、今やその役目が重荷となる者ばかり……もう良いではないか、解放してもらおうよ。魔力保持者がこの世に一人もいなくなれば、あの魔物は解き放たれる。そして我々一族とともに、世界は死に絶えるんだ。後に残るのは闇と静寂……何と美しい終焉!!……ククっ……素敵だと思わないかい……?」

 突然ティレルはアイリーンの手を振り払い、サッと起き上がって後ろへ飛び下がった。
「あっ……」
驚く一同に対峙し、辛そうに背中を丸めるようにして腹部をかばいながらも、ティレルはしっかりと立って冷たく笑っていた。

「私は呪いに満ちたこの生を与えてくれた世界に復讐してやる、全てを道連れにね……誰にも邪魔はさせない!!」
 彼の姿が変化し出した。再び自分に化けるつもりだと悟ってギメリックが叫んだ。
「気をつけろ! 仲間を呼んで逃げる気……」

 突風と眩しい光が同時に襲ってきた。とっさに張った結界で攻撃をやり過ごし、アイリーンが顔を上げた時には、すでにティレルの姿は地面から消えていた。彼の気配を追って空を見上げると、闇夜に輝く星々を遮って、巨大な鳥の姿が遠ざかって行く。

“アイリーン、と言ったな……石の主よ。お前は私を殺さなかったことを後悔するだろう。次に会う時を楽しみにしているぞ……”
ティレルの声が冷たく心に響いてきた。アイリーンは精一杯の気持ちを込め、彼に心話を送った。
“私は必ずあなたを助けるわ! 待ってて、ティレル……! 愛してる!!”

 ギメリックは限界を感じ、ティレルを追うことを諦めた。一刻も早く体に戻らなければならない。ギリギリまで引き延ばしていたため、もうほとんど猶予がない状態だった。
“間に合うか……?!”
焦りながら飛翔しようとした時。

「あっ……アイリーン!! ここにいたの!!」
レスターが叫びながら駆け寄って来るのが見えた。
「おい!! 俺の体は?!」
「おや?……君もここに……???」
レスターは不思議そうに後ろを振り返った。その視線の先にギメリックの体が転がっている。

 ギメリックはホッと安堵の息をつき、体に戻った。立ち上がろうとして、足首にぐるぐる巻かれた縄に気づく。そこからさらに一本、縄が長く伸びていた。どうやらレスターはその縄を引っ張って、マントの上に乗せたギメリックの体を引きずってきたらしい。

 ギメリックは魔力で縄をほどくと立ち上がり、泥だらけになったマントを叩きながらレスターの背後に近づいた。アイリーンを抱きしめている彼にムッとし、詰問口調で尋ねる。
「……おい。おかげで助かったが……何だこの扱いは?」
レスターも負けず劣らず不機嫌そうな顔で振り向いた。
「放っといたらどうなるかわからないと思ってここまで運んでやったんだ、文句を言うな文句を。まさか、お姫様抱っこの方が良かったとか言うんじゃないだろうな?」
「……」
ギメリックは一瞬絶句したかと思うと険しく眉根を寄せ、弱々しく言った。
「つまらん冗談はやめろ……気分が悪い……」
「……」
自分で言っておいてレスターも気分が悪くなったらしい。二人は互いに顔を背けた。

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