薄明宮の奪還 更新日:2007.11.25


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第1章

17.王子たちの攻防



「お兄様、強制送還って……?」
 レスターに肩を抱かれてテントから外へ出ながら、アイリーンは言いかけた。しかし外で待っていたデクテオンの遣いたちを見て、口をつぐむ。
 レスターは彼らに向かって機嫌良くうなずいてみせ、彼女の肩を抱いたまま歩き出した。
「続けてかまわないよ。聞かれて困るような話は何もない。むしろ聞いててほしいくらいだ」

 そこでレスターはまたもや一人でクスクス笑い出した。
「……気の毒だね、総大将どのはさぞかし疑心暗鬼に捕われて、頭を悩まされたことだろう」
「???」
 わけがわからない、という表情のアイリーンに、レスターは笑顔を向ける。
「つまりね、さっき言った通り、ぼくは君を探して何とかエンドルーアに行こうとしていただけなんだけど、一国の王子が別の国の軍に潜り込むなんて非常識もいいところ……疑われても仕方がないというわけさ。この戦時下だ、最悪、密偵と決めつけられて処刑かな」
「ええっ?!」
「ははは、冗談だよ。アドニアほどの大国が、二人しかいない王子のうちの一人を密偵に仕立てるなんてあり得ない。それぐらい、総大将どのなら百も承知だろう。それにエンドルーアとの戦の真っ最中に、協定国であるアドニアと紛争になるようなこと、リムウルができるはずないだろう? よほどの証拠でもない限り、いきなり殺すなんて論外だ」

 レスターは一旦言葉を切ると、二人の後ろについて歩きながら緊張した面持ちで聞き耳を立てているデクテオンの遣いたちに、面白そうにチラリと視線を流した。
「 ……だけど万が一、アドニアがエンドルーアと裏で手を組んでいたらという考えはリムウルとしては見過ごせない。そこで総大将どのは大いに悩むわけだ。果たして拷問までして吐かせるべきかどうか?」
「…………」
心配そうに見上げてくるアイリーンに、彼は安心させるように微笑んでみせた。

「でもそこまでやったら後には引けないからね、もしアドニアが清廉潔白であっても、秘密裏にぼくを殺しておかないとせっかくの協定にひびが入る。アドニアがぼくの行方を探して遣いでもよこして来るようなことがあれば、知らぬ存ぜぬで通すしかない、とリムウルは考える。だけどそこはほら、……自分で言うのも何だけど、ぼくは目立つ方だし、偽名は使ったけどあえて変装はしていない。採用試験の一部は公開試合だったから、きっとフェンリルにはぼくを覚えている者もたくさんいるだろう。ぼくが傭兵に採用されたことだって隠しおおせるものじゃない。もちろんここは戦場だ、名誉の戦死という可能性だって充分あるわけだが、さぁ、それをアドニアが信じるかどうか、それこそ、リムウルにとっては危ない賭けだ」

 なるほどそういうことか、とデクテオンの使者たちは納得した。これほど目立つ男が何の手だても講じず他国の軍に潜り込むなど、よほどのバカかと思っていたが……自分の素性を隠しきれないことを逆に利用し、安全確保のための布石に使うとは。アドニアの第二王子は一筋縄ではいかないクセモノという話はどうやら本当らしい……。

「だから総大将どのは別の方法を考えざるを得ない。悪くて軟禁、あるいは強制送還ってところが妥当かと思って、ぼくも色々対策を考えてはいたんだよ。ま、それもこれも、本当のことを言ってもとても信じてもらえないと思ったからこその色々だったわけで……こうしてエンドルーアの実情が明らかになった今なら、アドニアで起こったことも信じてもらえるだろう。おかげで、リムウル側はアドニアに対する不審を払拭できてホッとするだろうし、ぼくとしても痛くもない腹を探られる面倒を回避できて、助かったよ」

 ちょうどデクテオンのテントの前までやってきた一行は足を止めた。レスターはにっこり笑って、アイリーンの顔をのぞき込んだ。
「こんなにタイミング良く君と再会できるなんて、ぼくは本当についてるなぁ。君とぼくとの間に、運命の絆を感じるよ。君もそう思わない?」
「えっ……お、お兄様!!」
いきなり抱きしめて来た彼の腕から逃れようと、アイリーンが四苦八苦する。その様子をデクテオンの遣いたちがあっけにとられて眺めていると、レスターは彼らを横目に見て言った。

「ほらほら君たち、ぼ〜っとしてないで、今の話をかいつまんで総大将どのに伝えてくれたまえ。そしたらお互い、時間と手間が省けるだろう?」


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「それでは、お国では今でもあなたは、魔女だと疑われているわけですか?」
「…………」
一通り説明を終えた後、デクテオンにそう尋ねられ、アイリーンは意見を求めるように隣に座った兄の顔を見上げた。レスターはうなずいて言った。
「おそらくそうでしょうね」
「だから、私との婚約解消を申し入れてこられたのですね……」
ユリシウスが沈んだ面持ちでそう言うと、レスターは驚いたように少し眉を上げてみせた。
「おや。もうそんな知らせが?」と言いながら心の中で
“いいね、それなら話は早い”と微笑む。

「私がフェンリルを出る直前に、アドニアから使者が到着されたのです。エディス姫が病で亡くなり、アイリーン姫も同じ病に伏されたというお話でしたが……」
レスターは微笑みを深めて言った。
「アドニアとしても苦しい言い訳だったのですよ。デクテオンどのには、さぞや疑わしいことばかりと思われたでしょうね? 私のことも含め、これでご安心いただけましたか?」
「……ええ。ユリシウスからそのことを聞き、その上、貴公がここに来られていると知った時には……正直、我が国の未来を危ぶみましたが」
“そうだったのか……”
苦笑を浮かべる兄の横で、ユリシウスは今更ながらに冷や汗をかいた。

 デクテオンが急に居住まいを正して言った。
「では貴公は急ぎアドニアへ、この知らせをお持ち帰りになっては? 父君もお喜びでしょう」
“やっぱりそう来たか”
と思ったレスターは顔を曇らせてみせた。
「そうしたいのはヤマヤマなのですが……可愛い妹を他国の方にお任せするのは、どうにも心もとなくてね。実はさっき、この子はならず者の傭兵に襲われかけて、危ないところだったのですよ」
「えっ……」
「それは……申し訳ないことを」
顔色を変えた二人に、レスターはにっこり笑いかけた。

「いえ決して、責めているわけではありません。そちらも何かとお忙しく、手が回らないのはわかりますから」
“……そ、そう言われても……責められているようにしか、聞こえないのだが……”
と、ユリシウスは絶句した。
「あ、あのっ、すみません! 私がぼんやりしていて、迷ってしまったせいなんです……」
顔を赤くして一生懸命あやまるアイリーンの肩に、レスターが手を回す。愛おしそうに彼女を引き寄せ、その髪に頬を寄せながら、リムウルの王子たちに鋭い視線を送って彼は言った。

「とにかく今回のようなことが二度と起こらないよう、明日、朝一番に全軍にこの子と彼の存在を、重要な協力者として知らしめていただくようお願いします。その上でさらに、私としては万全を期したい。そこで提案なのですが、私がこの子の護衛を引き受けるというのはどうでしょう? イスカどのには近衛隊隊長として、あなた方を守るという大切な任務がある、いつまでもこの子に張り付いているわけにはいかないのでは? 戦闘となればなおのこと」
「…………」
押し黙ったデクテオンの難しい顔を、レスターは微笑んだまま眺めた。
“煙たがられるのは当たり前、だけどこっちも引く気はない”
「できれば今この瞬間から、私にその任をお与えください。傭兵部隊の方はご心配なく、副隊長には、いつ私がいなくなっても慌てず私の代わりを務めるようにと、よく言ってきかせてありますので」

 追い討ちをかけるように手回しの良さを主張され、デクテオンは表向きはにこやかに、しかし内心仕方なく、うなずいた。
「何から何まで……申し訳ない」
「いいえ、こちらこそ。お世話になります」
にっこり笑って頭を下げてみせた後、レスターはさらに言った。
「早速で恐縮ですが、アドニアへの使者をお願いできますか?」
そしてアイリーンに笑顔を向ける。
「良かったね、これで全てが無事終わったら、大手を振って国に帰れるよ。魔女どころか、君はエンドルーアの正統な王位継承者を助け、リムウルの危機を救った言わば大陸の英雄だ。きっと国を挙げて帰国を歓迎してもらえるよ。誰よりも一番、父上が首を長くしてその日を待っていることだろう」
「…………」
アイリーンは複雑な心境で兄の顔を見上げた。もちろん父には会いたいが、自分が本当にそんな風にアドニアへ帰りたいと思っているのか、わからなかったからだ。

 彼女の思いを感じ取ったのか、レスターは微かな苦笑を浮かべると立ち上がった。
「……さて。話もまとまったことですし、そろそろおいとま致しましょう。そうそう、今夜から、この子は私のテントで預からせていただきますよ」
「えっ……?」
同じく立ち上がったユリシウスとアイリーンが、同時にレスターの顔を見た。
「当然でしょう。夫でも婚約者でもない男と、いつまでも二人きりにさせておけるわけがない」
その言葉を聞いてユリシウスが喜色を浮かべるのを、レスターは冷ややかに眺めて念を押すように言った。
「国元を離れている今、兄である私がこの子の父親代わりです。護衛の任を果たすためにも必要なことですし、ならず者の傭兵でなくとも、余計な虫は近づけたくありませんからね。……では失礼」

 鮮やかな身ごなしで一礼するレスターに続き、アイリーンもリムウルの王子たちに別れの挨拶の会釈をする。と、ユリシウスが彼女に言った。
「姫、あなたがこれほど美しく愛らしい方だと知っていたら、婚約解消は嫌だと駄々をこねておくのでした。とても、残念です」
「…………」
ポッと頬を染めているアイリーンを見てレスターはムッとした。ユリシウスを睨みつけたが、彼はアイリーンを見つめていて気づく気配もない。
“……ぼくがお前を牽制してるってことがわからなかったのか。これだから遠回しが通用しない奴は始末に困る”
もう少しハッキリ言ってやろうとレスターが口を開きかけたとき。

 突然、ラッパの音が響き渡った。
「敵襲だ!!」
ユリシウスが叫ぶのとほぼ同時にテントの周りが騒然とし、入り口からデクテオンとユリシウスの従者が駆け込んできた。
「できるだけテントの真ん中に集まってください!! 雨のように矢が飛んできています!!」
「何だと?……見張りは何をしていた?! いきなりこんな中枢に矢が届くほど、敵に陣中に入り込まれたと言うのか?!」
デクテオンが叫ぶと、ユリシウスの従者レモールはかしこまって答えた。
「はっ……おそらく、我々が夜襲を受けた時と同じように、幻術で目をくらまされていたものかと!」

 アイリーンは真っ青になり、入り口に向かって駆け出した。
“ギメリックが危ない……!!”
「アイリーン!!」
レスターに腕を掴まれ振り返る。
「お願い放して!! 私、彼を守らないと……!!」
止めても無駄だと、レスターは即座に悟った。
「わかった、ぼくも行くから、ちょっと待って!!」
レスターはテントの中を素早く見回し、ストックされている盾を指差してデクテオンに言った。
「あれをお借りしますよ、それから……」
剣を抜き放つと、入り口を覆っている垂れ幕の上部に切りつけ、布を切り取った。驚いている皆に向かって笑ってみせる。
「すみませんがこれを使わせてください、守りは従者の方々に固めていただいて……ない方がむしろ、外の様子がわかって良いと思いますよ?」
「危険です、外に出ない方が……」
と言いかけるデクテオンの従者を制し、レスターはデクテオンとユリシウスに向かって言った。
「あなた方は軍の要だ、じき将軍たちが指示を仰ぎにやってくるでしょう、ここを離れない方がいい。この子と彼のことは私にお任せください」
デクテオンはうなずき、ユリシウスは言葉もなく唇を引き結んだ。

 レスターは盾を取り、
「これを」とアイリーンに手渡した。
「君には重いだろうけど頑張って体の前で支えて……上と後ろはぼくが守るからね」
彼女の肩を抱き、丈夫なテントの布ともう一つの盾で防御を固めると、レスターは振り向いて叫んだ。
「デクテオンどの、軍の規模から考えても、見た目より敵の数は少ないはず、ひるまず戦うことです、ではご武運を!!」



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