5.悪夢
「うぅ……ん……」
アイリーンは苦しげな声を上げ、寝返りを打った。
悪夢だ……これは夢よ。わかってる……。
心のどこかでそう思いながらも、アイリーンは目の前の恐ろしい光景から意識を引き離すことができなかった。
村が、幻獣に襲われている。兵士の姿も見える。
逃げ惑う村人たち……ポルが、カーラが戦っている。
あぁっっ!! 剣を手に戦っていた村人が一人、兵士に斬られた……
やめて!! もうたくさん!! 夢なら早く覚めて……!!
夢じゃないなら、私が助けに行かなくちゃ……!!
そう思ったとき、すうっと村の景色が遠のき、気がつくとアイリーンは別の戦いの只中にいるのだった。
夜の闇を切り裂さいて、次々と閃光がひらめく。その光をサッとさえぎったかと思うと目まぐるしく消えて行く、異形の者たちの影。
剣を振り回し、激しく切り結んでいる男たちの姿。
その中の数人が、金色の光を身にまとっている……と見た直後。
ひときわ強い光に包まれた、彼の姿が目に飛び込んで来た。
“ギメリック……!! 危ないっっ!!”
彼の背後から斬りつけてくる敵を見てアイリーンは思わず叫んだ。
素早く振り向いたギメリックの剣が空を切り、飛びさがった敵は別の剣士の手にかかって倒れ伏す。
ギメリックとその剣士は、背中合わせになって周りを警戒しながら、息を整えた。
と、ギメリックがガクリと片膝をつく。
その隙を狙いすましたように、目にもとまらぬ早さで黒い影が現れ二人に覆いかぶさった。
アイリーンが恐怖に息をのんだ、次の瞬間。異形の影の真ん中がポウッと白く光ったかと思うと、その体を突き破って白い光球が飛び出した。
影が消滅し、再びアイリーンが彼らを目にしたときにはすでに、二人は休む間もなくそれぞれ次の敵と戦っていた。
ギメリックは傷だらけだった。歯を食いしばり、大きく肩で息をしている。一方、仲間らしい剣士はそれほど傷を負っていない……と見て、アイリーンには察することができた。
ギメリックは魔力による防御も攻撃も、異形の者たち<ー暦司たちー>に向けて極限まで使っているのだ。そのため常人に対しては、ひどく無防備になってしまう。
さらに、おそらくあの金色の光は彼の結界で、仲間の剣士一人一人を魔力戦の影響から守るためのものだろう。
いかに彼の魔力が強くても、そんな甚大な魔力を使いながら剣を手に、しかも刃物による傷を全身に負って戦い続ければ……
「いや……死なないで……!! ギメリック!!」
アイリーンは自分の叫び声で目を覚ました。
びっしょりと汗をかいていた。
不安で苦しくなる胸を抑え、ベッドから起き上がる。
とてもじっとなどしていられなかった。
夜着の上に薄い上着を羽織っただけの姿で、彼女は小屋を出て急いで村へと向かった。
まだ真夜中であるこんな時間にカーラやポルを起こすのは気が引けたが、とにかく彼らに会ってこの夢のことをどう思うか聞きたかった。
ギメリックが村を出て行ってしまってから、すでに半月。彼からは未だ何の連絡もない。
「結局、無責任なんだよ」
と怒ったそぶりをするポルでさえ、本当は心配しているのがわかる。アイリーンも心配だった。きっかけは自分の態度のせいだったとしても……、彼が単なる気まぐれで、皆をこれほど心配させるとは考えにくい。何か事情があるのではないか……そう思っていた矢先なのだ。
泉のほとりまでやって来たとき。
暗い水面にふと目をやって、アイリーンはあっと声を上げた。
そこに、先ほどの夢の続きのような光景が映っていたからだ。
ギメリックが地面に横たわっていた。周りに、彼と一緒に戦っていた剣士たちが集まっている。彼らの沈んだ表情を見て、アイリーンの胸は一瞬、刃を受けたようにズキンと痛んだ。
「……ギメリック!!」
アイリーンは我を忘れて水面に一歩踏み込み、ギメリックに向かって手を延ばした。