薄明宮の奪還 更新日:2007.08.06


第4部 リムウル〜エンドルーア

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 第1章

2.夜襲


 生暖かくよどんだ空気が、草原を覆いつくしている。ソヨとも吹かない風を待ち、細長い草の葉はダラリと垂れたままだ。
 蒸し暑い夜だった。昼間どんなに暑くても、日が落ちると急に涼しくなるこの地方にしては珍しい。

「嫌な晩だな。……なんだか、気味が悪ぃや」
「バカヤロウ、変なこと言うな!! こっちまでおかしな気分になっちまうじゃねぇか……」
 ののしった男の声も、大柄で筋骨たくましい見かけに似合わず気弱げに小さくなっていく。軍の夜営地の北のはずれに立つ2人の見張り番は、それぞれ夜営の明かりと暗い草原に目をやり、甲冑から流れ出る汗をぬぐった。

 リムウルの首都、フェンリルを出発してから一週間あまり。
王宮軍からの選りすぐりの騎馬兵と、地方を治める領主が差し出した軍勢、そして傭兵からなる合わせて2千5百の応援部隊は、国境付近でエンドルーア軍と対峙する先攻軍に合流するため、目指す距離の半分の道のりをここまで進んできた。

 天候に恵まれ、進軍は順調だったが、兵士たちの士気は必ずしも芳しくない。
1万2千もの先攻軍がたった5千の敵に苦戦を強いられ、ついに半数にまでその数を減らしたという知らせを受けて急遽、編成されたという経緯もさることながら、戦場に化け物が現れるという噂を聞いていたからだ。

 リムウルの王宮はやっきになってその噂を沈静化しようとしたが、悪い噂というものは瞬く間に人々に広まってしまう。
 今では戦いを生業とする屈強な戦士たちでさえ、その噂に過敏に反応するようになっていた。


 もともとエンドルーアには、その建国神話が示す通り神秘のイメージがつきまとっている。この国が、長い歴史の中で他国を侵略したことが一度もないことはよく知られていたが、だからと言って軍事力が他国より劣っているわけではないことも、暗黙のうちに知られていることだった。

 それはかの国が新興国から侵略を受けるたびに、圧倒的多数の相手の軍勢を打ち破って勝利を手にしてきたという歴史が物語っている。
 実際リムウルも約300年前の建国時代、領土を増やす過程で一度だけエンドルーアに戦いを仕掛けたことがあった。しかし手ひどく反撃を喰らって大敗し、以来、この小さく美しい北の国を攻めることはタブーとされてきたのだ。

 エンドルーアは常に寛大だった。攻めて来た相手国に対し、二度と自分たちの国に手を出そうと考えさせない程度の報復は行なった。しかし敗退した相手国に、たとえそれがどんなに容易く出来そうであっても、逆に攻め入り国土を奪うようなことは決してなかった。


 ……しかし、10年の不気味な沈黙を経て、エンドルーアは恐ろしい変貌を遂げた。情け容赦ない侵略者として、今や近隣諸国を席巻しつつあるのだ。

 リムウルは大陸の中部平原の大部分を領土に治め、この250年来、中の大国と呼び習わされてきた。地形の制限によりほぼ領土が確定してからは、南の大国アドニア、北のエンドルーアと肩を並べ、長きに渡って大陸の平和に貢献してきたという自負がある。
 だからもしエンドルーアの進軍を阻止できる国があるとすれば、それは我がリムウル、あるいはアドニアとリムウルの連合軍だと、王宮は総力をあげてこの事態に立ち向かおうとしていた。

 応援部隊はこれが第一陣で、王宮ではさらに次の部隊を準備しているところだった。今頃はもう、フェンリルを出発しているかも知れない。


“そうだ……次々援軍が来るんだ。あんなちっぽけな国相手に、なーにをビビることがあるもんか。化け物でも何でも、来やがれってんだ! 百戦錬磨のオレサマが、バッチリ退治してやらぁ!!”

 ……と、見張りの男は自分に気合いを入れ、槍を高く掲げた。しかしすぐにまた心の中でつぶやき、槍の柄を地面に落とす。
“いや、戦場はまだまだ先だった……それまでは力を蓄えておくか”

 苦笑いを浮かべたその時。相方が“ヒッ”と息を呑むのが聞こえた。
「お、おい……あれ……」
彼が青くなって指差す先を見て、男も自分の息が止まるのを感じた。

 つい先ほどまで真っ暗だった草原に、見渡す限りに明かりが灯っている。百や二百といった数ではない。ぐるりと見回すと……どうやら、味方の夜営地を取り囲むように、何千という松明の明かりが揺れているのだ。

「いっいつの間にっ……!!」
「そんなことより、皆に知らせるんだ……!!」
男が敵襲を知らせるラッパを吹き鳴らそうとした。その体をヒュンとかすって、火矢がすぐそばのテントに突き刺さる。
「敵襲っ!! 敵襲だーっ!!」



「……まずいな。このままでは……」
明々と燃え上がるリムウルの援軍部隊の夜営地を眺め、ギメリックはつぶやいた。それほど遠くない場所に彼らがいることはわかっていたが、これまで、全く気にしていなかったのだ。ソルグの村を襲う目的でやってきたエンドルーアの小隊が、まさか彼らを襲うとは思っていなかったからだ。

「行きがけの駄賃のつもりか……」
奥歯を噛み、しばし躊躇する。暦司を幻術でおびき出し、一人ずつ倒す綿密な作戦を立てていたのに、ここで闇雲に戦っては計画が水の泡だ。

  しかし前線からまだ遠いこんな場所で奇襲を受け、リムウル軍は完全に秩序を失って浮き足立っている。放っておけばおそらく全滅してしまうと見て、ついにギメリックは馬を走らせ始めた。次第にスピードを上げ、馬は風のように疾走する。そして、怒号と悲鳴、剣戟と馬のいななき、火と煙……それらが一体となった混乱の渦のただ中へと飛び込んで行った。

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