薄明宮の奪還 更新日:2007.04.30
(05.06 加筆)


第3部 リムウル

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 第4章

8.失意と離別-1



 自分はどうやら、ギメリックを怒らせてしまったらしい……。
アイリーンは一人、小屋へと続く道をトボトボと歩いていた。

「これ以上お前と不毛な会話をするつもりはない。わかったらさっさと小屋へ帰れ。俺はここで寝る」
そう言って彼は泉のほとりの木のそばに腰を下ろし、アイリーンに背を向けてしまったのだ。
 以前の彼女ならそれでも、一緒に帰ろうと言い張ったことだろう。でも今は……。
“不毛って、王になるならないの話? それとも結婚のこと……?”
結婚しようと言った直後に、ギメリックの不機嫌度が跳ね上がったのを感じて、アイリーンの心は沈んでいた。

 石の主である自分と結婚すれば、彼がエンドルーアの王になる……それで、問題解決だと思ったのに。村の人たちも望んでくれている。何より、ずっと一緒にいられると思うと嬉しかったのに……どうしてあんなに不機嫌になるのだろう? もしかして彼は、私と結婚するのが嫌なのだろうか……?
そう思うと、体が地面にめり込んで行く気がするほど落ち込んでしまう。何だか、胸が苦しい……。

 何度もため息をつきながら帰り着いた小屋の中は、暗くガランとしていて、さらに寂しさがつのってくる。
カーラの家ではポルもいて、にぎやかで楽しくて……でもその間、常に心の片隅で、小屋で一人夜を過ごしているギメリックのことが気になっていた。一週間経てばギメリックの元に帰るのだと聞かされ、彼のそばにいてあげたくて、この日を心待ちにしていたというのに……。
“喧嘩してしまうなんて……私のバカ……”
アイリーンは自責の念に駆られつつ、微かに彼の香りが残るベッドで眠りについた。


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 荒涼とした草原、岩だらけの山、あるいは鬱蒼とした森の中……
それらの光景が次々に脳裏に浮かんでくる……。
ああ、これは彼の心の景色なのだろうか……
ギメリック、どうして?……やっと村の人たちと打ち解け合ったと思っていたのに。
みんなと一緒にいて、それでもあなたは、そんなに寂しいの?

 夢の中で涙を流し、アイリーンはギメリックに問いかけた。
時折見せる無表情な顔をして、彼は遠くを見つめている。
その姿がすっと遠ざかったと思うと、強い金色の光が夜空を上って行くのが見えた。
“待って、どこへ行くの?”
見失った彼の姿を求め、アイリーンも夜の彼方へと飛び立った。


 魂の飛翔はごく限られた能力者にのみ可能な技だと教わった。ヴァイオレットが亡くなった今、それが使えるのはエンドルーアの王族だけだと。しかも自分の意志で自由にその力を操れるのは、どうやらギメリックとクレイヴだけらしい。

 アイリーンの魂が無意識にまた体から抜け出してしまわないようにと、ギメリックが再び彼女に封印をかけたはずだった。けれど石の主である彼女にはやはり、誰の封印も効かないものなのか……
“……それとも、これはただの夢なの……?”
 アイリーンの見る夢はいつも、奇妙に現実と、過去や前世の彼女自身の記憶や、過去に起こった彼女が知らないはずの出来事までが入り交じり……彼女自身にさえ、いったいどこまでが本当にあったことでどこまでがただの夢なのか、わけがわからなくなる。


 夢か現実かわからないまま、アイリーンは夜の空を駆け、ギメリックの気配を探し続けた。
ある建物に注意を引かれて、彼女はその中庭に降り立った。
“大きくて立派な建物……王宮みたい……もしかして、リムウルの?”
奥まった棟の一画に、彼の気配を感じた気がして、アイリーンはそちらへ進んで行った。廊下の角という角に、衛兵が立っている。むろん彼らはアイリーンには気づかない。風のように彼らの前をすり抜けて、ひときわ豪華な部屋の前にたどりつく。
 中から話し声が聞こえる……そう思ったとたん、彼女はすうっと扉を通り抜けた。と同時に目に飛び込んできたのは、見知らぬ男が剣を振りかざし、ギメリックに切りかかっていくところだった。
“あっ……危ないっ!!”
恐ろしさに心臓が跳ね上がった。次の瞬間、彼女の意識はパッと切り替わって闇の中に放り出された。


 目を開くと彼女は元通り、ベッドの中にいた。
“夢、だったの……?”
確信が持てない。不安に駆られ、彼女は起き上がって急いで靴を履いた。

 小屋の外に出ると、闇に慣れた目に眩しいほどの月光が降り注いでいた。思わず空を振り仰ぎ、明るい月を見てドキリとする。
 あまりにも色々な出来事があったせいで、習慣になっていた満月までのカウントダウンをすっかり忘れていた。正確にはわからないが、もうあと数日だと膨らんだ月が告げている。
“ティレル……本当に、もう会えないの……?”


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 ギメリックが泉のほとりに帰ってくると、残してきた体のそばにアイリーンがひざまずいているのが見えた。どうやら彼の顔をのぞき込んでいたようだが、ギメリックの気配に気づき、振り返る。何とも不安げだった彼女の表情がホッと緩んだ。
「お帰りなさい。……どこに行ってたの?」
「……村の見回りだ」
「……」
納得しかねると言わんばかりに黙り込む彼女の横をすり抜け、ギメリックは自分の体に戻った。

 目を開けるとすぐ近くから、アイリーンの青い瞳が心配そうに、じっと見つめていた。
「ギメリック……あなた、また一人で危ないことしてない……?」
おずおずと尋ねる彼女に、ギメリックはフッと目を和ませて微笑んだ。ごく自然に手が伸びて、彼女の髪に触れる。そのまま抱き寄せると、華奢な体はすっぽりと腕の中に収まってきた。
……そう、何度もこうして眠ったのだ……彼女の魔力の気配を覆い隠すために。

 そこでふとギメリックは複雑な気分になった。
まるで体を寄せ合う親鳥とヒナのようなこの抱擁は……どうも、旅の間やその後のやり取りですっかり馴染んでしまったものらしく、アイリーンにはまるで抵抗がないようだ。イルベリウスを倒して村に帰った時も、彼女が嬉しそうに人目もはばからず抱きついてくるものだから、危うくこっちが赤面するところだった。
 そのくせ、さっきのように少しでもいたずら心を起こすと、おそらく無意識なのだろうがたちまちそれを察してあきれるほどの素早さで逃げ去ってしまう。
 ヴァイオレットの意志に反してまで、アイリーンの魔力を奪うようなことをするつもりはなかった。が、それはそれとして……やはり面白くないものは面白くない。

 ギメリックは自分の中にいらだちとともに、封印したはずの衝動がわき起ってくるのを感じた。腕の中の柔らかな温もりを、さらに感じたいという欲求に逆らい、彼女の体を軽く突き放すようにして遠ざける。
 驚いたアイリーンは大きく目を見張って、彼を見返した。おそらくカーラに与えられたものだろう、彼女は薄いヒラヒラした夜着一枚という姿だった。

「何しに来た。帰れ」
冷たい声にしゅんとなり、うつむき加減で彼女は訴えた。
「……一緒にいたいんだけど……ダメ?」
「バカかっ!! 帰れっ!!」
「なんでバカなのよっ!?」
たちまち憤慨に頬を染め、彼女は声を張り上げた。しかしすぐにまた、今度は不安そうに顔を曇らせる。
「それに、私……あなたに聞きたいことがあるの」
彼女の固い表情から、ティレルのことだと察しがついた。またも不毛な言い争いになってしまう予感に、ギメリックは眉間にしわを寄せた。あまり議論したくない話題だ……自分の心は決まっている。
「……あなたは、どうしてもティレルを殺すつもりなの?」
いきなり核心に触れてくる彼女の物言いには、いい加減慣れなくてはならないのだろう。が……それにしても心臓に悪い。しかしここまで来ればもう、こちらも率直に答えるしかないのだ。どんなに彼女にとって過酷な答えであろうとも……。
「……ヴァイオレットの敵(かたき)だ。俺はやつを許せない」



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