薄明宮の奪還 更新日:2007.4.15


第3部 リムウル

<< 前へ 目次 次へ >>
 第4章

7.意に染まぬ初夜



「アイリーン……あなた、やっぱり食が細すぎるわ。もっと食べないと」
「え……そう? でも、ホントにもう充分なの……」
心配そうに少し眉をひそめて自分を見つめるカーラに、アイリーンはとまどいの目を向けた。

 長老の家に集まっているのは、ポルとカーラ、アイリーンにギメリック、そしてゲイルと、昨日村に迎え入れられたイェイツ、他2人の村人たちだ。村の結界を破られてから今日で一週間。昼間は、村から移動するための準備に追われ、夜は今後のことを話し合うため、こうして毎日、皆で夕餉の食卓を囲んでいる。

「ダメダメ、そんなじゃ大人の体になれないわ。食べる量は慣れなのよ、徐々に増やしていけばいいの。そうね……」
カーラは人差し指を頬に当てて少し考え込み、パッと目を輝かせて言った。
「そう! ある程度、体力がつかないと、魔力を使いこなす能力にも支障が出るの。だから、ね? もっと食べて」
そう言いながら、カーラは周りの人々に目くばせする。口裏を合わせろということだ。
案の定、アイリーンは困って視線をさまよわせながら、
「そうなの……?」と皆に尋ねた。
 真っ先に目を向けたギメリックにはフイと目をそらされ、次にポルを見る。
彼女にウソをつくのは悪いと思ったけれど、ポルとしても姉と同じく、アイリーンにはもっと元気をつけてもらいたい。それに姉に逆らうと後が恐いのだ。彼は黙ってコクコクと首を縦に振った。



 体調も戻ったし、何より一刻の猶予もないということで、アイリーンはギメリックや長老、そしてポルやカーラから、彼らが手のあいている時に魔力の使い方を教わっているところだった。
 皆が驚いたことに、呪文を唱えるのに必要なルーン語を、彼女はほとんど教わる必要がないほどマスターしていた。普通は正確に発音できるようになるまで、かなりの時間を要すると言うのに。
 なぜ、と聞かれてもアイリーンは曖昧に石から教わったと言うばかりだった。前世の記憶はおぼろげなものが多かったが、少なくともルーン語に関する知識は、彼女の頭の中に完璧に宿っているようで……現在使われているものに限らず、古代のルーン語まで知っているという事実を、彼女自身どう皆に説明してよいかわからなかったのだ。

 ただ、ルーン語を正確に発音できても、呪文そのものを覚えること、そして魔力を使いこなすこととは別だった。呪文を覚える勉強は順調に進んでいたが、魔力を使い、コントロールすることにおいて、アイリーンの能力には妙にムラがあることがわかってきたところだった。
 アイリーンは、村を守るために早く力をつけなくてはと気に病んでいた。それで、カーラの言葉はテキメンに功を奏したのだ。

 アイリーンは一瞬、途方に暮れたようにテーブルの上を眺め、それから、キッと目を怒らせて近くにあったパンを睨んだ。フゥ、と大きく肩で息をしたかと思うとパンに手を伸ばし、ちぎって口に運ぶと黙々と食べ始める。
 カーラにだまされたとも知らず、しばらく一生懸命に口を動かしていた彼女はふと、皆の視線が自分に集中していることに気づいて顔を上げた。が、なぜ見られているのかわからず、パンをほおばったまま大きな目を見開いて、不思議そうに皆を見返す。
“か、……可愛い……”
思わずカーラは吹き出してしまった。
驚きながらパンを飲み下すと、アイリーンは事の次第を察して顔を赤らめた。
「いやだわ! カーラ、からかわないでよ……」
笑い続けながらカーラは言う。
「あぁ、ごめんなさい。でも本当に、もっと食べて栄養を摂った方がいいのよ。特に今は、ね……」


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



「ギメリック!」
いつものようにギメリックが一人、小屋に帰ろうとしているところを、カーラは呼び止めた。どう言い聞かされているのか、そばにはアイリーンも控えている。
ニッコリ笑って、カーラは言った。
「今夜から彼女をよろしくね」
「え? もう……いや、その……」
ギメリックは少々うろたえ気味に、カーラの満面の笑顔と、アイリーンの何も考えていなさげな無防備な顔を見比べた。
「約束だったでしょ?」
「どうしても、ダメか……?」
「ええ、もちろんよ」
カーラの笑顔に送り出され、二人は夜道を帰って行った。

 見送るカーラの後ろから、ゲイルが声をかける。
「なんか、ギメリック様……あんまり嬉しそうに見えないなぁ。オレの気のせいか?」
カーラは困惑した表情でチラリと振り向いた。そしてすぐにまた向き直って、腕組みしながら、どこかぎこちない二人の後ろ姿を見守る。
「う〜ん……なぜかしら? ただ照れてるだけ、とも思えないのよね……」



「あっ……ギメリック、」
黙って後ろを歩いていたアイリーンが突然、腕に触れてきたので、ギメリックはギョッとした。
「ね、ほらほら、見て!……星が映ってる……」
ギメリックの密かな動揺には気づかぬ様子で、アイリーンは夢中になって彼の腕をひっぱり、もう一方の手で道の脇を指差した。ちょうど、泉のそばを通りかかったところだった。見ると、なるほど確かに、暗い水面のところどころに、星の輝きが見える。
「……キレイね……」
 アイリーンは美しく神秘的なその光景に魅せられて、ギメリックの腕を掴んだまま、息を詰めて見入っている。
  旅の間、手櫛ですいて整えていただけだった金の髪は、カーラの手によるものだろう、以前のようにきれいにブラシがかけられ、一層つやつやとして星明かりの下でも明るく輝いていた。両耳の上で一本ずつ編まれた細い三つ編みが、後ろで一つにまとめられている。そのため、白い貝殻のような耳とやわらかそうな耳たぶが目を引いた。
「ああ」
ギメリックは無感動な声を返し、また先に立って歩き出した。
取り残された格好のアイリーンが少し鼻白むのを感じながら、ギメリックは軽くため息を吐く。

 イルベリウスが襲ってきたあの日……ポルとともに村へ帰ってみると、アイリーンはカーラの家にいた。カーラはギメリックに、アイリーンに月のモノが訪れたため、彼女を自分の家で預かると申し出たのだ。ただし終わったら、ギメリックの元に彼女を返すという条件で……。
ギメリックはできればずっと預かって欲しいと頼んだのだが、断られてしまった。

 村人たちが何を期待しているのかは、わかっている。彼らは、ギメリックがアイリーンと結ばれることによって再び石の主となり、エンドルーアの王となることを望んでいるのだろう。
 その気持ちは、わからないでもない。何と言ってもアイリーンは彼らにとって他国の王女であり、しかも見るからに頼りなげな彼女に、戦いを強いることが忍びないのだ。

 ギメリックとて彼女を戦わせるより自らの手で自分の罪をつぐないたい、つぐなうべきだとも思う。
しかし……それは、ヴァイオレットの意志に背くことだ。彼女がギメリックに何の手がかりも残さずアイリーンに石を託したことが、それを物語っている。その認識は、いまだに彼の心に鈍い痛みをもたらした。



 無言で先を行くギメリックの背中を眺めて、アイリーンはしかめ面をしていた。
ギメリックは以前に比べ、アイリーンやポルやカーラには、随分と和らいだ表情を見せるようになった。常に彼の雰囲気を支配していた、張りつめ過ぎた糸が今にも切れてしまいそうな緊張感や危うさといったものは、感じられなくなった。
 しかし素っ気ない態度や極端に口数が少ないのは相変わらずで、特にポルとカーラ以外の村人たちが同席している場合にはそれが顕著だった。

 アイリーンは早足で彼の横に追いついて、自分の目線よりかなり高いところにある彼の顔を見上げながら話しかけた。
「あの、……」
何だ?と言うようにギメリックが見下ろしてくる。トパーズの瞳に鋭く見つめられると胸がドキッとするのは、彼を恐れていた頃の名残なのだろうか。
「……どうしていつもそんな不機嫌そうな顔してるの? みんなが怖がるわ」
「……地顔だ、仕方ないだろう」
かまわずどんどん先に行ってしまう彼に一生懸命ついて行きながら、アイリーンは言う。
「せめて、もう少し、あの……愛想良くしてみる、とか……できないの?」
「そんな必要はない」
「どうして。いずれあなたは、エンドルーアの王として、もっとたくさんの人と接していかなくちゃならないのに」
「何度言えばわかる。王はお前だ」
「こっちのセリフよ、何度言えばいいの? 私は、エンドルーアの王になんかなれないわ。あなたがいるのに」
「フレイヤの涙の主こそ、エンドルーアの王だ。石がお前を選んだのだ」
「そんなのおかしいわ。どうしてわからないの? 村のみんなはあなたこそ王にふさわしいと思っているのよ。私は苦しんでいる人たちを助けたいから、石の力を私しか使えないなら、薄明宮を狂王の手から取り戻すために戦うわ。だけど王になりたいとは思わないし、その役目を果たせるとも思えない」

 ギメリックは段々、彼女と押し問答するのが面倒になってきた。それに、人の気も知らない彼女の物言いにムッと来るものがあり、かなり面白くなかった。彼はいきなりパッと振り返って、アイリーンを腕の中に抱き込んだ。
「きゃっ……?!」
驚いて身を引こうとするところを逆に強く引き寄せ、桜色に染まった彼女の耳に、触れんばかりに唇を寄せる。
「お前が王にならなくて済む方法がひとつだけあると言ったら?」
息がかかるほど近くで、ささやかれた低い声。
思わず身をすくめたアイリーンだったが、その答えを彼女は知っている。
「し、知ってるわ!!」
「……え?」
ギメリックの腕が緩んだ隙に、アイリーンはするりとそこから抜け出した。そしてサッと飛び退いて、彼の手が届かない所まで離れてから言った。
「あなたと結婚することでしょ?」
「……」
「何で知ってるかって? カーラが教えてくれたのよ!」
ギメリックに意外そうな顔をさせたことが少し得意で、アイリーンは嬉々として言う。
「いいわよ、結婚しましょう!! だって王族同士の縁組みは、昔から行なわれてきたことだもの。本当は私、リムウルに嫁ぐはずだったみたいだけど、エンドルーアでもかまわないはずよ、お父様はきっと許してくださるわ」
ギメリックはガックリと肩を落とした。
“……わかってない。こいつは絶対、わかってない……”



▲ページTOPへ
<< 前へ 目次 次へ >>
inserted by FC2 system