薄明宮の奪還 更新日:2007.3.11


第3部 リムウル

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 第4章

5.葬送



 村の結界を出てから、もうかなりの時間になる。少々不安を感じながらも、ポルは自分の力を信じ、馬を進めていった。
さすがにギメリックのシールドはしっかりしていて、彼の魔力の気配は感じられない。しかし敵の気配は間違えようもなく、絶えず行く手からポルを導いた。敵には気配を消す必要など、ないからだろう。もう、そう遠くはないはずだ。
「ちっくしょー、そろそろ追いついてもいいはずなんだがな……」
天高く登った太陽の光に焼かれ、額ににじんだ汗を拭きながらポルはつぶやいた。

 最初は、空を飛んで逃げる敵に対し、馬で追いつけるのかといぶかしんだポルだった。しかし追っていくうち、森のところどころに激しい戦いの跡があるのを見て、彼は納得した。ギメリックほどの力の持ち主なら、魔力による攻撃で敵の逃亡をある程度、阻害できるに違いない。
 ギメリックは幼少の頃から、歴代エンドルーアの王族の中でも突出した魔力の持ち主と言われていたのだと、姉から聞かされている。庶民である自分にとってどれほど恐ろしい相手でも、一対一の戦いなら所詮、彼の敵ではないのかも知れない。
“ちぇっ……でもそれにしちゃ、随分と手間取ってるんじゃないか……?”

 そう思ったとき、辺りの木々がなぎ倒されてまるで空き地のようになっている場所に出た。
新たな戦いの跡だった。いくつか大きな血痕があることに気付き、ポルはギョッとした。
“どっちが怪我したんだろう……それとも両方……?!”
密集した木々の間を縫って、それでもできるだけ早く馬を駆けさせてきたが、ポルはさらに馬を急かして前へ進んでいった。

 ほどなく行く手に強い魔力戦の気配を感じ、何かが激しくぶつかり合う音も聞こえてきた。
そして木々の間から、ギメリックと対峙している一人の男が見えた。
が、果たして“それ”を人と呼べるのかどうか……。
 がっしりとした巨大な体は一面に灰色の毛で覆われ、片方の腕はまだ黒い翼のまま広げられている。もう片方の手は恐ろしく発達した筋肉のついた腕の先で、鋭く巨大な爪を生やしていた。
ものすごい勢いで振り下ろされて来るその爪を、ギメリックは剣で払いながら後ろに飛び退って避けている。その度に、まるで鉄で出来ているかのような音をたて、爪は激しく火花を散らした。
 戦いは、もはや呪文を使っての魔力戦などというまだるっこしいものではなく、息もつけないほどのスピードで展開される激しい肉弾戦となっていた。それでも時折、強い魔力の気配が起こるのは、どちらかがその合間を縫って魔力を使って相手を攻撃しているのだろう。

 ポルにはその全容を知ることすら出来ない、桁違いの能力者同士の戦いだった。
“ヤバいな……これ以上、近づいたら……”
ポルの全身に鳥肌が立つ。彼らの放つ強烈な攻撃の魔力の波動に当てられ、気分が悪い。
敵に自分の存在を悟られて、万が一攻撃されればギメリックの足手まといになると考え、ポルはギリギリの距離を保って彼らの戦いを見守った。

 始めは、ギメリックが苦戦しているのかと思った。だが深い傷を負っているのは敵の方だ。ギメリックは相手の攻撃をやり過ごしながら、徐々に敵が疲れていくのを待っているようだ……と、ポルは思った。
“やろうと思えば一撃で倒せそうなのに……なぜ?”

 そう思った時、ついに、敵が倒れるのが見えた。
ギメリックが拳で額の汗をぬぐい、大きく吐息をついたのを見て、ポルは隠れていた木の陰から飛び出して彼のそばへ駆け寄った。ギメリックは気づいていたのか驚く様子もない。ポルには目もくれず、倒れた敵の方へ近づいて行く。ポルもその後に続いた。
そして恐ろしい姿をした敵を見て、死んだのではなく気を失っているだけだと悟る。

 ギメリックはひざまずいて男の額にそっと手を当てた。口の中で呪文をつぶやき、目を閉じる。そのまましばらく動かない彼の額に新たな汗が浮かんでくるのを、ポルは黙って見つめていた。
聞かなくても、魔力の波動でわかる……これは癒しに属する魔法……。


“……ダメだ、完全に変化が固定してしまっている……おそらく長い間、魔物の瘴気に当てられていたんだろう……”
ギメリックはやるせない思いで手を離し、恐ろしく変化してはいたが見覚えのあるその男の、苦しげに歪んだ顔を見下ろした。
その時、かすかな心話が、ギメリックの心に響いてきた。

“王子……どうかあなたの手で、この苦しみを終わらせてください……お願いです……”
“お前は、……確かイルベリウス、といったな”
“覚えていて、くださったのですね……”
男の唇に微かに笑みが上る。
“他の者はどうなった?”
“お気をつけ下さい……みな、もう正気を失っております……私と同じ……”
“みな?……お前以外の暦司も、全員生きていると言うのか?”
“ええ……あなたが薄明宮に戻り、苦しみから解放される日を待って……さぁ……早く……”

 ギメリックは歯を食いしばり、立ち上がった。
男の上に静かに手をかざしたのを見て、ポルが少し怯えたようにささやく。
「……殺すの?」
「見たくなければ向こうへ行っていろ」
「へ、平気さっ! おれだって……!!」
唇をへの字にむすんだポルから再び男の上に視線を戻し、ギメリックは呪文を唱えた。
男の鼓動が最後の一つを打ち、そして静まるのが感じられた。
苦しげな表情は消え去り、穏やかな顔でまるで眠っているようだ。
男の周りの土がザワザワと揺れ動き、崩れ、沈み始める。
あっという間に男の体は地面の下に隠れて見えなくなり、代わりに土の中からせり上がってきた小さな岩が、その場所にポツンと立っていた。
ギメリックはその石を撫でて土を落とすと、指で軽くこするようにして曲線を描く。すると石にはその通りに、文字が刻まれていった。
“女神よ エンドルーアの忠臣 イルベリウスに どうか安らかなる眠りを……”

「……」
石碑に向かい、しばらく無言で立ち尽くしているギメリックに、おずおずとポルは尋ねた。
「知ってる人だったの……?」
ギメリックは何も言わなかった。
しかしポルの魔力は、彼の悲しみを感じ取った。そしてこのようなことが彼の身の上にたびたび起こったに違いない、この数年のことを思った。
 狂王に操られ自分を殺そうとするかつての知り合い、そして何も知らされず、ただ戦いにかり出された兵士たち……数限りない命を奪ってきたことに対する、彼のやるせなさと虚無感が胸に迫ってきた。

 そしてポルは気付いた。ギメリックはいつも、できうる限り相手の命を奪わずに済むように戦い……そのために、負わなくてもよいはずの傷を負ってきたのだと。だが本気で自分を殺そうと向かってくる敵に対し、時にはどうしても、手加減できない状況にもなっただろう。そうして敵を屠るたびに罪の意識を新たにし……彼の心もまた血を流し続けてきたのだ……。

“……だから、死にたかったのか、この人……”
ポルはギメリックの端正な横顔を見つめ、その無表情の奥に隠された深く激しい苦悩と悲しみに心を打たれた。不覚にも、目の奥が熱くなる。慌てて瞬きを繰り返した目に、ギメリックの足が歩き出すのが見えた。そして降ってきた一言。
「お前は先に帰っていろ」

「えっ……待ってよ!! どういうことだよ?!」
馬の方へ向かっていたギメリックは肩越しに振り返り、鋭い口調で言った。
「この男はかつてクレイヴやヴァイオレットと共に暦司を務めていた者だ。皆、クレイヴに殺されてしまったと思っていたが、やつめ、切り札として使うために生かしておいたに違いない。暦司は12人……クレイヴを除いてもあと9人残っている」

“こんな凄まじい魔力の持ち主が……あと9人もだって……?”
恐怖の戦慄に体をこわばらせながら、ポルは尋ねた。
「で、……それでどうしておれが先に帰らなくちゃいけないんだよ?!」
ギメリックはもう振り返りもせずさらに歩を進めて行く。駆け寄ってその前に回り込み、ポルは激しく問いただした。
「あんたはどこへ行くつもりだよ?! ちゃんと説明しろよ、アイリーンに何て言えばいいんだ?!」
ギメリックは一瞬、迷う様子だったが説明しない訳にはいかないと腹を決めたらしく、立ち止まって険しい顔でポルを見下ろした。
「今回の男が村を突き止めたということは、つぎに来るやつにもそれが出来るということだ。もしもそいつが情報をエンドルーアに持ち帰るのを許せば……アイリーンが石の魔力を使えるようになるまで、村に留まっている時間の余裕がなくなってしまう」
「だから?! あんたがどうするつもりなのか聞いてるんだよ!」
「……かならず帰ると約束した、もちろんそのつもりだ。暦司を全て倒したらな」

「なっ……」
絶句するポルを残してギメリックは馬に歩み寄る。その背中に向かって、ポルは叫んだ。
「っざけんなよっ!! コノヤロー!! いつもいつも、一人でいいカッコしやがってっ!!」
ギメリックの歩みは止まらない。彼がついに馬の手綱を取ったのを見て、ポルはその場にドッカリとあぐらをかいて座り込んだ。
「あんたが帰らないなら、おれも帰らない!! あんたを連れて帰るって言っちゃったんだ、アイリーンに合わす顔がないからな!!」
ギメリックは振り返り、トパーズの瞳で厳しくポルを睨んだ。
「バカなことはやめろ、先に帰って待っていろ」
「いやだね!!」
負けじとポルも睨み返す。
“アイリーンが心配してどうにかなっちまう……!! 絶対、連れて帰らなくっちゃ……!!”


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