薄明宮の奪還 更新日:2007.02.16
(02.17一部修正)


第3部 リムウル

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 第4章

3.洞窟



“アイリーン……!!”
溢れてくる熱い想いに、胸がふるえる。
腕の中にあるこの温もりを、手放したくない……できることなら、永遠に……。
ギメリックはそう思い、震え続ける彼女の体を強く抱きしめた。

 薄明宮を取り戻す。それだけを目的に、生きながらえてきた。後のことなど、何も考えていなかった。……ただ、死にたかったのだ。
 魔物を道連れに、この世から消えてなくなること。それが自分の、最後の願いだった。それだけが、自らの罪をつぐなうすべであり、魂の平安を得るための救いなのだと思っていた。

  けれど自分に向けられた、彼女の暖かくひたむきな想いに包まれていると……こんな自分もいつか許され、穏やかで幸せな日々を迎えることができるのだと……信じられる気がする。たとえそれが儚い幻想に過ぎないとしても……今はただこの温もりに、癒されていたい……。



「ギメリック……」
名を呼ばれて初めて、ギメリックはかなり長い間彼女を抱いたまま立ち尽くしていたことを悟る。
「……ああ、悪かった。……もう休め」
ベッドに運んでやろうとすると、彼女の手が何かを訴えるように、きゅっとギメリックのシャツの胸元を掴んだ。
「……どうした?」
限りなく優しく響く声が、自分のものとは思えない。だが不快ではなかった。
腕の中をのぞき込んでみると、先ほどよりかなり良くなった顔色で、しかし彼女はまだ目を閉じていた。
「あの……私ね、……」
なぜか、みるみるうちに頬を紅潮させ、アイリーンはささやいた。
「お腹が空き過ぎて、動けないみたいなの……」


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 明け方、目覚めてみると小屋の中にギメリックはいなかった。
けれどもう、アイリーンは不安には思わなかった。昨夜の彼が、今まで感じさせたことのない落ち着きと、安らいだ雰囲気をまとっていたからだ。それに、ずっとそばにいると、約束してくれたのだから……。

 それにしても、空腹で動けなくなるなんて……と、アイリーンは恥ずかしかった。四日も食べていなかったのだから当然だと、ギメリックは言ってくれたのだけれど。
また口移しされるかと思って身構えてしまったが、彼は距離を置きつつそれでも優しく世話を焼いてくれた。
 彼の優しさが嬉しくて、魂に染み通るような喜びを覚えると同時に、心の奥底ではティレルを想って涙を流し続ける自分がいる。とても複雑な気分ではあったが、今は考えても仕方ない、自分に出来ることをしよう、とアイリーンは思った。体力と魔力が回復したら……この村で、魔力を使うすべを学ぶのだ。

 体は随分、楽になっていた。アイリーンはギメリックを探しに行こうと、小屋を出て泉へと向かった。夏の早朝、さわやかな空気が心地よい。
 昨夜二人で食事をした後、アイリーンは勧められるままベッドに横になり……結局また眠ってしまったのだ。彼の方がむしろ、眠りも休息も、足りていないだろうと思うのに……彼はアイリーンが寝入ってしまうまで、ベッドのそばについていてくれた。その後、自分も休んでくれたのだろうか?

  姿が見える前から、それとわかる魔力の気配。泉のほとりのオークの大木にもたれ、ギメリックは座っていた。
“眠っているのかしら……?”
もしもそうなら、起こしたくはない。アイリーンはもう気付いていた。彼が横にならずに眠るのは……その方が慣れていて、気が休まるから。一人で旅する間、常に敵を警戒し、きっと真に安らいで眠ったことなどないのだろう。この村の中なら安全……せめてここにいるときぐらいは、ゆっくり休ませてあげたい。

 アイリーンは昨日カーラと来た時から気になっていた、すぐそばにある洞窟を探検してみることにした。洞窟といっても入り口はとてつもなく高く大きく、明るい日差しがかなり奥まで差し込んでいる。中は、乾いた砂の上にところどころ岩が転がっているだけの、ガランとした空間だった。しかし奥は結構、深そうだ。

 アイリーンはゆっくりと歩を進めながら、洞窟の中を見回した。
“何だか……私、この場所を知っているような気がする……”
それとも過去を旅した間に見た景色のうちの、一つだったろうか?

 もう少しよく思い出そうと、目を閉じて考え込んだとき。
背後に、ギメリックのものではない、魔力の気配を感じた。
「誰っ?!」
少しおびえながら振り返ってみると、洞窟の入り口に黒いシルエットが見える。
「あ……、お、おれ……」
おずおずと中へ踏み込んで来た少年は、もじもじしながら口ごもった。見覚えのある顔を見て、アイリーンはホッとした。
「あなたは……」
最初に会ったのは、ラザールの通りでぶつかった時だと思い出す。
「……この村の人だったのね」
「おれ、ポルっていうんだ。あっ、ねぇちゃんの……カーラの弟だよ!」
「まぁ、そうだったの……」
言われてみれば、二人はとても良く似ている。
「ありがとう。あなたが、私たちを助けてくれたのね?」
微笑みを浮かべてお礼を言うアイリーンに、ポルは真っ赤になってうつむいた。
「いやっ、そんな、おれ……、ねぇちゃんとゲイルに知らせただけで……なんもしてないし……それより、体はもういいの?」
「ええ、おかげで、随分よくなったわ。だから探検しに来たんだけど……ここ、すごく大きな洞窟ね?村の人は何かに使っているの?」
「ううん。ここは……聖地だから」
「聖地?」
「そうだよ。ホラ、そこに石碑があるだろ?」

 振り返ってみると、確かにポルの言う通り、小さな石碑が立っている。 周りの岩にまぎれてよくわからなかったが、明らかに他の岩とは違い、人の手がかかっているようだ。垂直に削られた表面がそれを物語っている。
「ねぇちゃんがヴァイオレット様から聞いたって言ってた。ここはエンドルーア王朝最大の危機を救った白竜と、その白竜が育てた王女が暮らした場所だって。だからこの地の霊力はどこよりも強いんだ」
「白竜……ホワイトドラゴン……」
“今はもう滅びてしまった……懐かしい友達……”
アイリーンは石碑の表面に彫り込まれた、薄れ、消えかけた文字の上に指を滑らせた。

 そのとたん、降り注いでくる記憶の雨に打たれ、軽いめまいを感じてよろめく。
「だっ大丈夫?!」
あわてて支えようとするポルの声も耳に入らず、アイリーンはつぶやいた。
「……我が庇護者にして我が師、そして最愛の友、リーラニールよ……安らかに……」
「え……読めるの?! これ、古代エンドルーアのルーン語で、長老だって知らないって言ってたのに」
“だってこの文字は……私が、刻んだのだから……”
しかし役にも立たない前世の記憶のことなど、口に出すべきではないのだ、たぶん……。

 アイリーンはそう思い、丸い目をさらに丸くして驚いているポルを見て、困ったように首をかしげた。
「さぁ……だけど、わかるの。リーラニールって、ここで死んだホワイトドラゴンの名前よ……」


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