薄明宮の奪還 更新日:2006.10.01

第3部 リムウル
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 第3章

9.カーラの初恋


 「やっぱりそうか……くそ〜何で、入れないんだ、このっ!!」
泉から少し離れた森の中で、ポルは怒りに任せて木の幹に蹴りを入れていた。
「ポル! 何やってるんだ?」
灌木の茂みから顔をのぞかせたゲイルが、あきれたように声をかける。
「あっ……兄き! この奥に小屋があるって言ってたけど、結界があって入れないじゃないかよ!!」

 朝、目を覚ますとすでに家の中に姉の姿はなかった。ポルは姉がギメリックたちの様子を見に行ったのだろうと見当をつけ、自分も泉までやってきたのだ。そこから先は姉の魔力の気配をたどって森に分け入ったのだが、……気がつくと姉の気配は消え、森のはずれまで歩いていた。あわてて引き返してみたが、やはり小屋などどこにもない。魔力の知覚を総動員して探った結果、わかったのは、どうやら村の結界の中にもう一つ、結界が存在するらしいということだった。無意識にそこを迂回してしまい、どうしても中に入れないのだ。

「ありゃ……お前の魔力でも入れないのか?……ふぅん、さすがだなぁ……」
「何感心してるんだよ! おかしいじゃないか、おれより魔力が弱いねぇちゃんが入れて、おれが入れないなんて……それにおれ、今までこんなとこに結界があるなんて、全然知らなかったぞ!」
食ってかかるように言いつのるポルを、まぁまぁとなだめるように、ゲイルは笑って言った。
「仕方ないさ、ヴァイオレット様と皇太子殿下がこの村を出て行ったとき、お前、まだ2歳だったし。でもヴァイオレット様のことは知ってるだろう? 年に一度は帰ってこられていたから……」
「そりゃぁ、知ってるけど……」
紫の貴婦人と呼ばれたその人とは、数えるほどしか会っていないはずだが、よく覚えている。とても印象的な魔力の波動の持ち主だったからだ。強さと柔らかさ、温かさと冷たさ、威厳と慈悲が同居しているような……強大な魔力に、恐ろしさを感じると同時に惹き付けられた……。

「……カーラは特別だったからな。ここの結界の効力が、カーラにだけかからないように始めから設定されてたんだろう」
「特別って……どういうことだよ?」
姉が妙にギメリックのことに詳しかったことを思い出しながら、ポルは尋ねる。
「強い魔力を持った女の子ってことで、ヴァイオレット様は随分カーラを気にかけていた。大人になっても魔力を保持するのは彼女だけだと、わかっていたんじゃないかな。それもあってヴァイオレット様は、自分たちと村の者たちの橋渡しというか、ちょっとした使いやなんかを時々、カーラに頼んでいたんだ。その頃から、敬称つけると嫌がられるからと、カーラは歳の近い皇太子殿下とは名前で呼び合って、ごく普通に接していたようだ。……カーラが使いに出かけている間、よく俺がお前の面倒みてやってたんだぜ。お前、チビのくせによく食ってさぁ、魔力のイタズラもひどかったし、ホント手を焼かされたよ……」
「……チビって言うな!」
とたんにむくれるポルの体に手をかけて、ゲイルはくるりと彼を村の方へと向き直らせるとその背中を押した。
「とにかく、村へ帰ろう。長老が呼んでるぞ、わかってんだろ?」
「……」

 村の者たちに、今回のことを当事者の口から説明してやってくれと先ほどから長老が自分を呼んでいることにはもちろん気付いていた。
 しかし自分にだって、人に説明できるほど、事情を飲み込めている訳ではない。アイリーンがアドニア国の末の姫、つまり元エンドルーア王の妹の娘であることは、ギメリックから聞かされた。彼女が今や石の主であるということも……。彼女に石を託したのがヴァイオレットであることも。
 けれどそれ以上詳しくは聞く暇もなかった。なぜそんないきさつになったのかとか、これからどうするのかとか、自分ですら疑問に思うことを村人たちに尋ねられても答えられない。
「だからさぁ、ねぇちゃんも一緒の方がいいだろうと思って呼びに来たんじゃないか」
「嘘をつくな、嘘を!!」
ゲイルがコブシでポルの頭をぐりぐりやりながら、片方の手でぐわしっ!!と肩を抱いて村の方へと無理矢理向かわせようとした時。

「あんたたち、どうしたの? こんなところで……」
ふいに声がしたと思ったら、突然、降ってわいたように、何もない空間からひょいとカーラが出てきた。
「ねぇちゃん!!……彼女はどんな具合? 助かりそう?」
飛びつくようにカーラに近寄って、ポルが尋ねる。
「ええ……」と言いながらも瞳を曇らせるカーラを、ポルは不安そうに見上げた。
「おれも見舞いに行くよ、彼女に会わせてよ!!」
「……ここに残っていた結界、彼が張り直したみたいね。だったら無理よ、あたし以外、入れないと思うわ」
「なんで結界なんか張るんだよ!」
「彼女の容態がね、……薬草の香で随分落ち着いたみたいだけど、目を覚まして、ちゃんと飲み薬も摂らないとまだ完全に助かるとは限らないから……彼、あまりにも彼女のことが心配で、他のことに心を煩わされたくないのよ、きっと……」
「何だよそれ! おれたちだって心配してるのに!! なぁゲイル!!」
「まぁな。だけど、おれらが行っても何もできないだろうし……だったら、邪魔しない方がいいんじゃないか?」
「……そりゃー、そうだけど……」
議論はもう終わり、とばかりに、カーラが先に立って歩き出す。
「それより、彼からの伝言をみんなに伝えなくちゃ。あんたたちも来て」
「ああ、長老も呼んでたしな。ポル、来いよ、行くぞ!」

 不機嫌そうに黙り込み、しぶしぶ二人の後について歩き始めたポルが、カーラに心話で呼びかけた。
“なぁ、ねぇちゃん……”
“……何?”
どうして心話など使うのかと訝しがる様子で、彼女は振り向いた。
“自分より魔力の強い人としか結婚したくないって言ってたけど……もしかしてあいつのことが好きなのか?”
“えっ……”
突然の問いかけに、カーラは戸惑い、一瞬、動揺したようだった。しかしすぐに切り返してきた。
“……バカねぇ。怖くて長くは一緒にいられないような魔力の持ち主と、結婚したいと思うわけないでしょ。それに彼がこの村を出て行ったとき、彼は11であたしはまだ10歳だったのよ。好きとか嫌いとか言ってる暇なんかなかったわ、あんたのオムツを取り替えるのに忙しくてね!”
“……!! 何だよーっ、ねぇちゃんまで、おれをガキ扱いすんのかよっ!!”
“仕方ないでしょ、まだガキなんだから。ガキのくせに変なこと勘ぐるのはよしなさい”
“ちぇっ……!!”

 再び黙り込んだポルに読まれないよう、カーラは心をしっかり閉ざし、自分の中で揺れ動く感情に意識を向けた。
“あぁ、びっくりした……。突然、何を言い出すかと思えば……”
 しかし……ポルに指摘されたことを改めて考えてみて、カーラは思い当たった。成長したギメリックがアイリーンと共に自分の前に姿を現して以来、何となく心が沈み込んでいる理由を……。今まで、彼への想いが淡い恋心であると自覚するには、あまりにも日々は忙し過ぎ、自分も幼すぎたのだ……。

 たった8歳で経験した、恐ろしい殺戮の嵐……。自分たちを逃がすために敵に立ち向かい、殺された両親……。追われながらの過酷な旅、そしてこの森にたどり着き、休む間もなく始まった、食べて行くための必死の生活。
 両親と兄弟を失った悲しみに耐え、当時まだ乳飲み子だったポルを育てることに懸命で、初恋などという甘い気持ちに浸る心の余裕などどこにもなかった。

“そっか……なぁんだ、そうだったんだ。……自覚すると同時に失恋だなんて、シャレにならないわね”
 ギメリックとアイリーンが、お互いに命がけで相手を守ろうとする気持ちを抱いていることは、今回のこと一つ見ても十分にわかることだった。彼女が生死の境をさまよっているからとは言え、ギメリックがアイリーンをまるで壊れ物を扱うようにしている様子は、彼が何者にも代え難く彼女のことを想っている証拠と見えた。

“でもこれで、かえって良かったのかも知れない……”
普通に接してくれていると言っても、彼は王子で自分はただの一般人。恋愛や結婚など、身分違いもいいところ、恐れ多いことだった。そこでカーラは、どうやらアイリーンのことが気になるらしい弟のことを思いやった。

“私のことより、ポル、あんたこそ、諦めた方がいいわよ”
“!!……な、な……”
今度はポルが動揺する番だった。
“何でだよ……まさかあいつ、二人っきりで彼女によからぬことを……”
“黙んなさい、このマセガキ!! 皇太子殿下に向かって、“あいつ”とは何ですか!”
「てっ……!!」
魔力でピンッと弾かれたおでこを押さえ、ポルは叫んだ。
「ちくしょーっ! ねぇちゃんだって、タメ口じゃんかよぉ!!」



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