薄明宮の奪還 更新日:2006.08.20

第3部 リムウル
<< 前へ 目次 次へ >>
 第3章

6.罪の記憶


  コトリ、と目の前にスープの入った椀を置かれ、ギメリックは目を上げた。
「ギメリック……あなたもまだ体が本調子じゃないでしょう? きちんと食べて休まないと、あなたまで倒れてしまうわ」
「……ああ」
ギメリックは、やっと食べるということを思い出した、という様子で、器に目を落とした。
「……すまないな。俺の世話まで焼いてもらって……」
そうつぶやき、ふと気づいたように言う。
「カーラがここの手入れをしていてくれたんだな。……おかげで助かった」
懐かしそうに小屋の中を見回す彼に、いいのよ、と言うように、カーラは首を振った。

 二人がいるのは小さな丸太小屋だった。ソルグの村のそばにある泉の、さらに奥まったところに、村から外れてぽつんと建っている。
 部屋の中には香が焚かれていた。疲弊した魔力を回復させる作用がある薬草で作った香だった。

 昨夜遅く、村に帰り着いたカーラたちは、まっすぐ長老の家に行って事の次第を報告した。しかしギメリックは村へは入らず、一刻も早くアイリーンに香を吸わせるため、彼女を連れてこの小屋へやってきたのだ。
 夜が明けるまで仮眠を取って休んだカーラだったが、気になって様子を見にきてみると、案の定、ギメリックは一睡もしていない様子でぼんやりとベッドの枕元に置いた椅子に腰掛けて彼女を見つめていた。
 彼女の体を拭いて着替えさせるから、と言ってギメリックを小屋の外に追い出し、カーラはテキパキと食事の支度まで整えたのだった。

 ギメリックが口を付けるまで見張っている気か、カーラが向かいの席に腰を下ろすのを見てギメリックは言った。
「……怖くないのか? 俺といて」
「……他の人より、少しは慣れているわよ?」困ったように、カーラは微笑んだ。
「無理はしなくていい。用事が済んだら村へ帰れ」
「……」
カーラは黙って席を立ち、ベッドのそばに立ってアイリーンを見つめた。
アイリーンは村へと急ぐ旅の間も一度も目を覚まさず、眠り続けている。もうまる3日……。

 カーラは罪悪感を感じていた。もしも自分が、彼女にかかわらないでおこうと言わなければ、この事態は防げたかもしれない。しかし言っても仕方のないことだし、それを口にすればギメリックは自分の方にこそ非があるのだと落ち込むに違いない。
 けれどもカーラは、彼が自分たちに進んで接触しようとしなかったことを責める気にはなれなかった。彼を傷つけ、遠ざけたのは自分たちの方なのだ。

「彼女、16?……華奢だわね……私の妹も生きていれば同じ歳よ」
ギメリックの心が罪悪感に揺らぐのを感じてカーラはあわてて言った。
「ごめんなさい、あなたを責めるつもりで言ったんじゃないわ」
「……あやまることはない。責められて当然なのだから」
ギメリックは自嘲の笑みを浮かべて立ち上がった。
「……明日、また彼女の世話を頼む……カーラさえ良ければ、だが」
そう言われては帰らないわけにもいかず、カーラは気がかりそうな視線でアイリーンを一瞥した後、戸口へと向かった。
 出て行こうとする彼女の背中に、ふいに、ギメリックが声をかけた。
「ああ、すまない、忘れていた……長老に、伝言を頼まれてくれないか?」



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*




 半時ほど後。村へと帰っていくカーラの後ろ姿を見送って、ギメリックは再びアイリーンの枕元の椅子に座った。
“アイリーン……! 早く、目を覚ませ……”
祈るような気持ちで、彼女の手を取る。

  ヴァイオレットも同じ気持ちで俺を見守ってくれたのだろうか……。
それとも、王子である自分に正当な王位を継がせるため、エンドルーアの家臣としての義務を果たそうとしていただけなのだろうか……。


 あの夜。父の寝室から石を持ち出したギメリックは、一人、地下の魔物の元へと階段を駆け下りていた。
それに気づいた父に途中で追いつかれ、押し問答をしているところにクレイヴが現れ……父は殺された。忠実なエンドルーアの家臣として国政に尽力し、どんな野心もその怜悧な美貌の内にかいま見せたことのない叔父の、いきなりとった信じられない行動。呆然とし、目の前で父を殺されたショックと相まって、クレイヴの攻撃をよけきれなかった。気を失ったギメリックを部屋に閉じ込めておいて、クレイヴは素早く同僚の暦司たちを次々と襲った。不意をつかれた彼らは為す術もなく殺されてしまった。

 しかしヴァイオレットだけはその夜、城の中にいなかった。庶民の魔力保持者が集められている城下の村に、泊まり込みで仕事に出かけていたのだ。卓越した魔力によって異変に気づいた彼女は密かに城へ戻り、石を渡させようとするクレイヴから拷問のような攻撃を受けているギメリックを見つけ出した。彼が持ちこたえていたのは、王が死んだことにより石が彼を主と認めたためだ。しかし、並みはずれた魔力を持つとは言え、まだ9歳だった彼に石の力を十分にコントロールすることは出来なかった。ヴァイオレットが駆けつけていなければ、クレイヴに殺されるか、石の力に精神を焼き切られて死ぬのは時間の問題だっただろう。

 ヴァイオレットとギメリックは力を合わせてかろうじてクレイヴの手からのがれ、魔力保持者の村にひとまず身を潜めた。しかし傷ついたギメリックが回復する暇もなく、追撃の手が迫った。いつの間にか王宮軍をすっかり掌握していたクレイヴが、庶民の魔力保持者を皆殺しにせよと命令を下したのだ。阿鼻叫喚の渦と化した村から、何とか脱出できた少数の村人たちと共に、二人はリムウルのこの森まで逃れて来た。

 魔力の使い過ぎで消耗していた上に、クレイヴによってつけられた傷が旅の間に悪化し、ギメリックは数日間、生死の境をさまよった。やっと目覚めたとき……彼は自分が犯した罪の記憶を失っていた。まだ9才の少年の心に、その記憶はあまりに重すぎると判断したヴァイオレットが、魔力を使って封印したのだ。

 そうして、16歳になるまでの7年間、ギメリックは彼女と暮らしながら魔力と武術の鍛錬を積んだ。その最初の2年間を、二人はこの小屋で暮らしていたのだった。




 ヴァイオレットの気配が、そこかしこに残っている気がする小屋の中を、ギメリックは再び見回した。懐かしさと、彼女を失った時の悲しみが、すり切れた記憶の彼方からよみがえってくる。
“またここに、戻って来ることになるとは……思ってもいなかったな……”


▲ページTOPへ
<< 前へ 目次 次へ >>
inserted by FC2 system