薄明宮の奪還 更新日:2006.08.17

第3部 リムウル
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 第3章

5.ソルグの村へ


「もう待てない、すぐにここを出た方がいいよ! ゲイルがこの人を、ねぇちゃんがアイリーンを一緒に馬に乗せれば、何とかなるだろう?」
「しかし、もっと村に近い場所で敵に出会ってしまうかも知れないんだぞ?! 村の場所が知られてしまう危険は犯せない!」
「けど、ここにいたら見つかるのは時間の問題だ! リムウル中の敵が集まってくる、おれとねぇちゃんだけじゃ……」

 間近で言い争う声がギメリックの覚醒を促し、彼はゆっくり目を開けた。板を張った天井が見える。

  声のする方を見て、一瞬で状況を理解した。話をしているのはポルとゲイルだ。気を失っている間に、彼らに宿まで運ばれたに違いない。
ガバッと起き上がった彼に、二人は驚いて目を向けた。
「あっ目が覚め…」
「アイリーンは?!」
畳み掛けるように尋ねたギメリックに、気おされたようにゲイルが答える。
「向かいのカーラの部屋……ちょっ、いきなり動いちゃ…」
よろけそうになりながらベッドから降りた彼を、あわててゲイルが支えた。

「カーラ!」ゲイルがノックをしながら呼ぶと、すぐに返事があった。
二人が中に入ると、ベッドに寝かされたアイリーンのそばについていたカーラが振り向いた。ギメリックを見て、ほんの少しだけ、ホッとした表情を浮かべる。
「体温が戻らないの。呼吸も弱くて……」
その言葉を聞いたギメリックが、深い吐息をつくのをゲイルは聞いた。ギメリックはゲイルの手を離れてしっかりとした足取りで歩いて行き、ベッドのそばに立つとアイリーンを見下ろした。彼女の青白い顔には生気がなく、光を振りまく金の髪さえ、色あせて見える。
 まだ魔力に目覚めたばかりで、ろくに魔法の鍛錬もしていない者が、いきなり強大な石の魔力に晒されたのだ。こうならない方がおかしい。命を取り留めただけでも奇跡的だった。

 アイリーンの額に手をあて、次にその手を彼女の口元に持って行って容態を確かめながら、ギメリックは尋ねた。
「……俺はどのくらい寝ていた?」
「あ、ほとんど一日中よ」カーラが答えた通り、窓の外にはもう夕暮れが忍び寄って来ていた。
「皇太子殿下、」
そう呼びかけられ、ギメリックは心の中でつぶやいた。
“俺はもう、王の息子でもないし次期国王でもない”
しかし、そんなあげ足を取っている場合ではないこともわかっていた。
彼の背中に向かって、ゲイルが続けた。
「その……ポルが言うには、すごい魔力の気配だったと……ここに留まって、集まって来た敵を倒してから村に向かうか、それともすぐにここを出て村に向かった方がいいか……どう思われます?」

ギメリックは目を閉じた。
“……最悪の事態だ。この者たちの命、そして、村全体の存亡にまで危険が及んでしまった……”
再びアイリーンを見下ろし、心の中で罵倒する。
“バカが……!! なぜ、俺を助けになど来た……?!”
しかし彼女にろくに情報を与えていなかった自分も悪いのだ。せめてソルグの村のことぐらいは、話しておけば良かったのか……。
だがこうなってしまったからには仕方がない。最善と思われる方法を取るだけだ。

「悪いが、選択の余地はなくなった。村へ行けば薬がある……彼女の命をつなぎ止めるには、それしか方法がない」



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“どひゃ〜っ!! な、何なんだあの強さは……”
ゲイルは心の中で驚きの声を上げ、ポルに尋ねた。
「なぁ、魔力保持者は剣を持つこともできないんじゃ、ないのか……?」
「知らないよっ! おれに聞いてもそんなことっ」
魔力を使って敵をなぎ払いながら、ポルは怒鳴るように答えた。

「王家の男子は、16歳になるまで魔力を封印されて育つの。その間にみっちり剣技を仕込まれるそうよ」
アイリーンを支えて座っている、カーラが言う。
ポルとゲイルは彼女たちを背にして、群がってくる敵と戦っていた。
そしてギメリックは、少し離れた場所で正に鬼神のごとく敵を蹴散らしていた。

「もっとも彼の場合は……誰の封印も効かなかったそうだけど」
「ねぇちゃん……なんでそんなこと知ってるのさ?」
「紫の貴婦人に聞いたのよ」
「……」
「おいおいっ!! ポル、考え事は後にしてくれっ」
「話しかけて来たのはそっちだろーっ!!」
「うわっ!!」
敵が振り下ろしてきた剣を危ういところでかわし、ゲイルはバランスを崩して倒れそうになった。
が、すかさず、魔力で支えられて体勢を立て直す。
「気をつけて!! 気を抜いちゃダメよ!」カーラが叫んだ。
ドンッ!!
爆発音のような音がし、見ると、ギメリックの周りにいた10人ばかりの兵士が、ことごとく地面に倒れている。ギメリックが走り寄ってきて、まだ数人残っていたゲイルたちの周りの敵を瞬く間に切り伏せた。たいして息を切らせている様子もなく、彼は言った。
「怪我はないか?」
「だ、大丈夫……」
「よし、先を急ごう」
そう言うとギメリックはカーラの手からアイリーンを抱き上げ、急いで自分の馬の方へと歩いて行く。
“は〜っ、迫力……”
ゲイルはため息を吐きながら後に続いた。


 彼らは村への最短コースをとって、森の中を進んでいた。予期していた通り、魔力戦の気配を嗅ぎつけた、おそらく一番近くにいた敵の一隊が彼らに追いつき、襲ってきたのだ。驚くべき回復力を見せたギメリックの攻防のおかげで、彼らはことなきを得て再び道を急いだ。
 しかしほとんど休まず馬を進めても、村まであとたっぷり1日はかかる。今後も敵と遭遇する可能性はかなり高かった。

 けれどゲイルは、あまり不安を覚えていないばかりか、これから先のことに考えを巡らせる余裕まである自分を感じていた。
 ギメリックが目覚めるまでは、絶体絶命、生きて再び村へ帰れるだろうか、という気分でいっぱいだったというのに。彼が目覚めてリーダーシップをとり出したとたん、不安や焦りはどこかに消え去っていた。
  自分は魔力を持たないから、彼の“恐ろしいほど強大な魔力”とやらを、感じることはできない。なのに、その安心感はいったいどこから来るのかと、不思議に思っていたのだが……。彼の強さを目の当たりにして、納得できたような気がする。自分も一応は剣士の端くれ、ギメリックの立ち居振る舞いや身のこなしから、彼が非常に優秀な剣士であると無意識に悟っていたのだろう。

“いや、それだけじゃないな、たぶん……”
彼の身に備わった王族としての存在感、というべきものは、魔力を持たない者にも感じることができる。エンドルーアは他国と違ってこの大陸では珍しい単一民族国家だった。古の神々の血を引く光の一族の末裔を王にいただく誇りと、彼らに対する敬愛と忠誠を、代々、民族の意識の中に受け継いできたのだ。

 しかし……村の者たちがギメリックを見てどう反応するか、それがゲイルには気がかりだった。
“まさかあの時とおんなじってことは、ないよな……状況も変わってるんだし”
一抹の不安を抱えながら、ゲイルは前を行く馬を駆る、ギメリックの姿を見つめた。
“あの時は俺もまだガキだったから……何となく大人たちに同調しちまってたけど。……今は、誰が何と言おうと、俺はあの人に王になってもらいたいぞ”
ゲイルにとっては、剣士として、自分より強い者に敬意を抱くのは自然の成り行きだった。だが本来なら、彼は自分で剣を取る必要などない、エンドルーアの王族なのだ……。

 森で気を失っていたギメリックとアイリーンは、ぐっしょり雨に濡れていた。宿でギメリックを着替えさせたのはゲイルだった。その時彼はギメリックの体の至る所に、深いものや浅いもの、大小さまざまな傷跡が無数にあるのを見ていた。それらの傷は、ギメリックがフレイヤの涙を探してさまよう間に、どれほど危険な目にあってきたのかを如実に語っていた。
 本来なら人々にかしずかれて王宮に収まっているべき身分の人間が、そんな過酷な旅をたった一人で……そう思うと、同情とも尊敬ともつかぬ漠然とした感慨が胸に込み上げてくる。

“フレイヤの涙はエンドルーアの王位の象徴……しかし、アドニアの王女がその主になったって……どういうことだ? 俺たちの皇太子の立場はどうなる?”

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