薄明宮の奪還 更新日:2006.08.13

第3部 リムウル
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 第3章

4.フレイヤの涙


「待って!! ギメリック……!!」
聞こえるはずのない声に驚愕し、思わず手が止まる。
クレイヴの魔力に捕われているせいか、それともあまりの疲労困憊のためなのか……ギメリックの視界は暗く、すぐそばの様子さえハッキリ見えなかった。

しかしその暗闇の中、炎のように光り輝き、近づいてくる一つの明かりと見えたもの。
それはアイリーンの金の髪だった。

再び彼女が、声を張り上げて叫んだ。
「狂王よ、帰りなさい! 自分の体へ!!……それともこのまま、タイムリミットが来るまで炎の中に閉じ込められたい?」
馬を駆るアイリーンの周りで、次々と炎の柱が吹き上がった。

「バカな……やめろっ!! 力を使うなっ!!」
ギメリックは大声でそう叫ぼうとしたが、途中から咳き込んでしまい、言葉にならない。心話を使う魔力すら残っていなかった。体力も限界に近い。

そして、もう遅かった。石はアイリーンの攻撃の思念に反応し光を帯び始めていた。

「フェリシア……?!……いや、そんなはずは……」
近くまでやってきて馬を止めたアイリーンを凝視し、クレイヴは呆然とつぶやいた。
今や彼女の体は髪だけでなく、全体が光り輝いていた。
様々な色の光が炸裂し、目もくらむばかりだ。
「そうか……フェリシアの娘! 何と、お前が石の主だと?!」
クレイヴは宙に飛び上がり、馬に乗ったアイリーンの少し上から隙をうかがうように見下ろして叫んだ。
「まさかお前が魔力を持っているとは……そんな話は聞いていないぞ!」
口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「どうせ魔力に目覚めて間もないのであろう……恐れるに足りん、さぁ、その石を渡せ!!」
禍々しい黒い触手が、クレイヴの背後からサッと伸びて来た。アイリーンはそれに向かって、攻撃の思念を投げつけた。
ゴオッ……!!
音を立てて渦巻く炎が、アイリーンから吹き上がる。
同時に、焼け付くような痛みを伴う力の奔流が、胸に下がったフレイヤの涙からアイリーンの中へと、流れ込んで来た。

「……!!」
飛び下がろうとしたクレイヴを、炎の波が包み込む。触手は燃え上がり、瞬く間に消え去った。
「うっ……!!」
苦しげに喘ぎながらも、クレイヴはそのまま宙にとどまり、アイリーンを睨みつけてきた。
“弱みを見せてはいけない……!! 石を扱い慣れていないと悟られては……きっとつけ込まれる”
そう思ったアイリーンは懸命に痛みに耐えながら、クレイヴをまっすぐに睨み返した。

それはほんの一瞬だったに違いない。けれどアイリーンには、途方もなく長い時間に思えた。力はどんどん勢いを増し、巨大なエネルギーの塊と化して怒濤のように流れ込んでくる。灼熱の刃に体の内側をズタズタに切り刻まれていくようなその苦しみに、彼女の精神が悲鳴を上げかけた、そのとき。クレイヴはアイリーンに背を向けて、猛烈なスピードで遠ざかって行った。

“行った……”
精神力を使い果たしたアイリーンの体が、大きく揺らいで馬から滑り落ちた。
しかし自身もクレイヴとの死闘で消耗し切っていたギメリックは、彼女の体を、自分の体で受け止めてやるのが精一杯だった。彼女の重みを背中に感じながら、ギメリックは意識を手放した。
アイリーンもまた、かろうじて落下の衝撃からまのがれたことに気づく様子もなく意識を失っていた。

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 これこそ、あの男が長い間、周到にたくらみを巡らせ、待ち望んでいた瞬間だったのだと……気づいたときにはもう遅かった。
自分は、取り返しのつかない過ちを犯してしまった……。
いっそあの場で殺されていたら、どんなに楽だったろう。目の前で父をクレイヴに殺され、自分自身も攻撃をまともに食らって気を失ったあのときに……。

 石の継承者を守るため、そして石そのものが継承者から奪われないよう、石には様々な時代にいろいろな魔法がかけられた。その結果、石を身につけている者が自らの手で渡さない限り、石を他者に譲ることはできなくなっていた。石を身につけている者が死んでしまった場合はその限りではないが、普通は身につけている者がすなわち石の主だ。石の力を得てこの地で最も力ある魔法使いとなる石の主を、殺してまで石を奪うなど、限りなく不可能に近かった。

 そのためエンドルーア王は、フレイヤの涙を肌身離さず身につけている。しかし結界によって守られた寝室で眠る時のみ、石を外す。王の寝室には誰も立ち入ることができなかったが、世継ぎの王子であり、間違いなく次代の石の継承者であるギメリックは、自由に出入りが許されていた。

 そしてあの運命の夜。ギメリックは、密かな決意を胸に、石を父の寝室から持ち出したのだ。

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