薄明宮の奪還 更新日:2006.06.05

第3部 リムウル
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 第2章

8.犠牲


“すげぇや……!!”
ポルは心の中で感嘆の声を上げ、目の前で繰り広げられている戦いを見守っていた。
20人ほどの兵士を見る間に倒していく、黒髪の男。昼間見た女の子の連れであり、その正体がエンドルーアの皇太子に間違いないだろうことは、すでにポルにも察しがついていた。

 宿から出たポルは街の中を探り、微かな魔力の気配をたどっていくうち、ちょうど彼女が馬車に乗せられ連れて行かれるところを目撃した。姉に心話で連絡を取ろうかとも思ったが、彼女にかかわらないでおこうと言っていた姉の言葉を思い出し、とにかく見つからないようこっそり後を追った。しかし、徒歩だった彼はあっという間に彼らに引き離された。
町外れで馬を失敬し、森の中で彼らに追いついたときは空が白み始めていた。
何とかして彼女を助けられないかと考えていると、ギメリックが行動を起こした。
襲ってきた突風に肝を冷やしたが、なぜか自分と自分の乗った馬はその被害を受けなかった。

 そして今……。
ギメリックは最後の一人となった兵士と剣を交えており、魔力保持者の二人の男も、彼の強さになすすべがないらしい。
  時折、魔力の気配がわき起こりすぐに収まる。同時に魔力戦が行われているしるしだ。ポルにはその戦いが誰と誰の間で行われているのかまではわからなかったが、この場を包む大きな結界が、アイリーンのものであることには気づいていた。いずれにせよ、ギメリックとアイリーンの二人が、共に大変な魔力の持ち主であることは充分にわかった。

「……なんかオレ、出る幕なさそうだし……ねぇちゃんたちが心配してるだろうから……帰ろっかなぁ」
木の陰で、ポルがそうつぶやいたときだった。

「このっ……裏切り者!!」
銀髪の男が突然、叫んだかと思うと、部下の男がその場にくずおれた。そして次の瞬間。
バンッ!!
大きな炸裂音とともに、アイリーンが入っていた馬車が爆発し粉々に砕けた。ほぼ同時に、
「ぎゃぁぁぁ……っ!!」
恐ろしい悲鳴が上がった。見ると銀髪の男が炎に包まれ、のたうち回っている。
「アイリーン!!」
ちょうど最後の兵士を倒したところだったギメリックが叫び声をあげ、馬車の残骸に駆け寄った。彼が彼女を助け起こすと、気を失っていたアイリーンはうっすら目を開け、そしてハッとしたようにルバートを見た。
「あ……あ、早く! 火を消して! 死んでしまう……!!」
「ダメだ、あれは魔力の炎、たとえ水があっても消せはしない、お前が力を注ぐのをやめない限り……!」
アイリーンは苦しみ続けるルバートを凝視しながら、激しく首を振った。
「ダメなの! コントロールできない!!……いや、助けて……!!」
「……見るな!」
ギメリックはアイリーンを胸に引き寄せ自分の体で彼女の視界を遮ろうとした。しかしアイリーンは彼の手を振り払い、何とか力を収めようとするのか、真っ青な顔でなおもルバートを凝視し続けた。
「うっうぉぉっ……ぐ……うぅあ……」
断末魔の苦痛に歪んだ顔が、凄まじい形相でアイリーンをにらんだ。そばに倒れているイェイツもただ呆然と、彼を見つめている。恐ろしい時間はまるで永遠に続くかのようだった。しかし実際には、それはほんの、瞬きするほどのわずかな時間だった。ルバートの頭ががっくりと落ち、うつぶせに倒れたまま、彼は動かなくなった。
「……あ、あ……」
蒼白になったアイリーンの唇がふるえ、見開かれた紫の瞳から涙があふれる。
ギメリックは彼女を抱きしめて叫んだ。
「考えるな!……今は時間がない! すぐにこの場を離れないと……!」
「……ご、ごめんなさい……結界……」
「言わなくていい、わかっている」
激しく震え続けるアイリーンの体を抱きしめ、ギメリックはしばし無言で目を閉じていた。
「……大丈夫だ、お前は何も、心配するな」
そっと彼女の体を離し、顔をのぞき込む。
流れる涙を指で拭うと、そのまま彼女の額に手を置いた。
アイリーンは意識を失い、彼の腕にぐったりと倒れ込んだ。

“い、いったい……何が、どうなったんだ?”
ポルが驚いていると、ギメリックが叫んだ。
「おい、そこのボウズ! 出てこい!!」
「えっ……オ、オレ?!」
ポルはおずおずと木の陰から顔を覗かせた。
トパーズの瞳に射るように見つめられ、ゾクリと背中に戦慄が走る。
「ソルグの村の者だな。こっちへ来い!」
“やっぱり、気づかれてた。てことは……さっきの突風から守られたのも、偶然じゃなかったんだ……”
 村一番の魔力を誇ってきたポルの幼い自尊心が、チクリと痛んだ。ボウズと呼ばれたことと相まって、ギメリックの命令口調に反発を覚える。しかし、ギメリックの存在自体が発する抗い難い力に吸い寄せられるように、ポルは彼らのもとへと歩み寄った。

 ギメリックが心話で呼び寄せた馬たちも、静かに近寄ってきた。ギメリックは立ち上がり、そのうちの一頭の手綱を取ってポルに差し出した。
「お前の馬より、軍用のこの馬の方が早い。ここは危険だ。彼女を連れて、すぐに離れろ。自分と彼女の魔力の気配を、なるべくしっかり隠すんだ。……頼めるか?」
「そ、それは、いいけど……あなたは?」
ギメリックの緊迫した雰囲気に、ポルも気づいた。物心ついた時から、狂王やその手下たちの目から逃れて生きてきたのだ。おそらく先ほどのアイリーンの攻撃の魔力、その気配が広範囲に渡って拡散してしまった。その発信源であるここにいれば、敵にすぐに見つかってしまう。

  ギメリックはポルの問いには答えず、自分の首から紫の石がついたペンダントを外した。地面に横たえたアイリーンの首にそれをかけ、彼女を抱き上げる。
「え、これ金属……」
「触れるな!」
あまりの剣幕にビクリとするポルに、ギメリックは表情を和らげて言った。
「怒鳴って悪かったな。だがこれには魔法がかかっている。身につけている者の意志に反し奪おうとすれば、ただでは済まない。特に魔力を持つ者には、たちどころに死が訪れる……そういう魔法だ。だから彼女の首からこれを外そうとするな。これは特別な物だから、痛みは感じないはずだ」
「あ、もしかして、『フレイヤの涙』?!」
「知っているのか」ギメリックの問いに、ポルはうなずいた。
「長老から、少しは聞いてる」
「ありがたい、ならば話が早い。彼女はまだ魔力に目覚めたばかりだ。いきなりこの石の強大な力を使うことは危険だと、必ず伝えてくれ。王家の嫡男は代々、10年以上をかけてその術を学んだのだ。だから彼女にも、魔力の鍛錬を十分に積んでから、徐々に慣らしていくように、とな。さぁ、……乗れ!」

「やはりあなたは……ギメリック皇太子殿下……! これは、いったいどういう……」
ショック状態から我に返り、そばに来て話を聞いていたイェイツが声をあげた。乗ろうとするポルのために馬を押さえていたギメリックは、イェイツに目を向けて言った。
「イェイツ、お前はこの場の後始末をし、一旦ルバートの館へ帰れ。アドニアの臣としての建前に忠実に、ルバートが突然の病死か事故死したと報告し、王宮の指示を仰ぐのだ。くれぐれも、リムウルと紛争を起こすようなヘマはするな」

 イェイツの頭の中は混乱の極みだった。何が何でも、今すぐ説明を求めたかった。しかし、落ち着き払った声が自分に向かって命令を下すのを聞いたとき、彼は我知らず頭を垂れ、10も年下であろうこの若者の前に、黙ってひざまづいていた。
“これが、王となるべく生まれついた者の威厳というものだろうか……”
「わかりました。仰せの通りに……しかし、エンドルーアへの報告は?」
ギメリックは笑った。
「俺がここにいるのに、狂王だけが本物だと思うのか? 報告など必要ない。万が一、この場で狂王に遭遇したら、皇太子に化けた男にやられたと言って、ごまかしておけ。この二人のことは言うな」
アイリーンとポルを目で指し示す。
「どうせこの場では、奴にはお前にゆっくり詰問している暇などないだろう。しかし館に帰ったらぐずぐずするな。誰か他の者……もちろんルバートとお前がエンドルーアの密偵だと知らぬ者に、その後の処理を引き継ぎ、お前はすぐに家族を連れて密かにここへ引き返せ。エンドルーアの王が偽物だと気づいた者を、奴は生かしてはおかないだろうからな」
そしてポルに向かって、
「悪いが10日後にお前もここへ来て、この男をソルグの村に迎えてやってくれ。信用していい、俺が保証する」と言いながら、アイリーンをポルの後ろに乗せた。

 気持ちは一人前のつもりでもポルはまだ10歳、当然、小さな体でアイリーンの体を支えるのはかなり骨が折れる。ギメリックは自分のマントを取るとアイリーンの体に巻き付け、少しでもポルが楽なように彼の体に固定した。
「早く大きくなれよ、ボウズ。彼女を頼んだぞ」
自分の反発を見透かしたようにニヤリと笑って言うギメリックに、ポルはムッとしながらも釈然としない思いを口にする。
「頼むって、何なのさ? 一緒に来ないの?」
ギメリックは自分も馬にひらりと飛び乗ると、晴れ晴れとした笑顔を見せた。
「行け! 詳しいことは、お前の村の長老に聴くがいい。そして俺のことは忘れろと、皆に伝えてくれ」
“狂王の注意を自分に引きつけて……オトリになるつもりなんだ!”
ポルはそう悟り、あわてて言った。
「待ってよ! フレイヤの涙なしで狂王と戦うなんて……死にに行くようなものなんだろう?!」
ギメリックは笑顔のまま、アイリーンを指さして言った。
「丁寧に扱えよ、いずれ彼女が、お前たちの新しい王になるのだからな」
死地へと向かおうとする者が、どうしてこれほど、晴れやかに笑えるのか……ポルには理解できなかった。呆然とするポルとイェイツを残し、ギメリックは馬を回して走り去っていく。その後ろ姿に悲壮感は微塵もなく、むしろその口元に浮かぶ微笑みが見えるようだと、ポルには思えたのだった。

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