薄明宮の奪還 更新日:2006.05.22

第3部 リムウル
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 第2章

7.結界


「……どうやら殴り方が足りなかったようだな、アイリーン」
口の端に冷笑を浮かべ、ルバートとにらみ合いながらギメリックが言った。
同時に、アイリーンの頭に彼からの心話が響いて来た。
“アイリーン、結界を頼む。自分を守る結界とは別に、この一帯を包む大きな結界だ。魔力戦の気配をもらさないように……できるか?”
これまで彼は自分でその結界を張っていたのだろう。しかしもうその余裕がないのだ。不安と心配を感じたが、今はそれを言っている場合ではない。アイリーンは簡潔に答えた。
“ええ、やってみるわ”
“よし、できるだけ離れていろ!”

ギメリックがジャンプし、再び馬車の上に飛び乗った。ルバートが手に持った杖を突き出す。衝撃波を受けたギメリックは一瞬顔を歪めたが体勢は崩さず、ルバートに剣で打ちかかった。ルバートが杖で受ける。そのままギリギリと力を込めて押し合った後、二人はパッと離れた。すかさずルバートが魔力を送ると、ギメリックの体が揺らいだ。追い討ちをかけて振り下ろされた杖を、ギメリックは剣で受け止める。
「……どうした、魔力が尽きたのか?」
あざ笑うようにルバートが言う。
「そのように剣を振り回しては、ますます魔力が奪われる……時間の問題だな」

アイリーンにはわかっていた。ギメリックは、ルバートの攻撃による魔力の気配をシールドしながら、アイリーンが結界を張るのを待っているのだ。
自分は呪文を知らない。しかしおそらく呪文は、必要不可欠なものではない。力を自分の中から引き出す、あるいは周りから集めるための、一つの手段として存在するだけで。呪文には、言葉の意味と音によって集中力を迅速に高める効果がある、きっとそれだけのこと……。だから呪文を知らない自分にもできるはず。体の周りに結界を作る、そのやり方を応用すればいいのだ……。

馬車の上から、誰かがアイリーンのそばに落ちて来た。しかし目を閉じ、集中していた彼女は気にしていられなかった。後ろから体を掴まれ、首に杖を押し付けられても、アイリーンは目を開けず、結界を張ることから意識をそらさなかった。
「動くな! こいつを殺すぞ! 剣を捨てろ!!」
肩で息をしながら、絞り出すようにルバートが叫んでいる。押し付けられた杖が首に食い込み、アイリーンは苦しげに喘いだ。しかしそれでも、目を開かなかった。
馬車の上からその様子を見たギメリックが一瞬、動きを止める。
その時彼の頭に、アイリーンの声が響いた。
“……できた! ギメリック、いいわ……!!”
“わかった、気を抜くなよ!”
突然ルバートが苦痛のうめき声を上げ、アイリーンから手を離した。
アイリーンは自分の結界の中にギメリックの凄まじい魔力の気配を感じ、シールドを守ることに必死だった。よろめいた彼女の体を、ギメリックの魔力が支え、運び上げる。

目を開けると、アイリーンはギメリックの腕に支えられ、馬車の上に座っていた。
「初めてにしては、上出来だ」
少し笑って、ギメリックが言った。
「もうしばらく、持ちこたえられるか?」
自分を気遣うトパーズの瞳にのぞき込まれ、アイリーンはなぜか頬が火照るのを感じながら、うなずいた。ギメリックは励ますように彼女の髪をクシャッとひと撫ですると馬車の扉を開け、
「入っていろ」と中へ促した。
いつの間にか意識を取り戻したり追いついて来た兵士たちが、剣を手に集まって来ていた。ルバートはイェイツに助けられたらしく、少し離れた場所で彼に支えられて立ち上がるところだった。

アイリーンは仕方なく、馬車の中に入って腰を落とした。
心配そうに見上げてくる彼女に笑ってみせながら、ギメリックは言った。
「しばらくの辛抱だ、結界に集中しろ。ヤバいと思ったらすぐ知らせるんだぞ、いいな?」
兵士たちはすぐそこまで迫っていた。
ギメリックが 扉を閉めて馬車から飛び降りると、即座に剣戟の音が響き始める。
小さな馬車の窓から、アイリーンは一生懸命ギメリックの姿を目で追った。
彼の剣さばきは相変わらず鋭く無駄がないように見える。それでもアイリーンは心配でたまらず、ハラハラしながらその姿を見守った。

時折、強い魔力の気配がわき起るのが感じられ、ギメリックが剣と魔力の両方を使って戦っていることがわかる。アイリーンはその度に気合いを入れ、結界を保つことに懸命になった。
やがて彼女は悟った。ギメリックは兵士を相手に剣で戦い、同時にルバートからの魔力戦に応じているらしい。常人との息つく暇もない接近戦、しかも他人を巻き添えにする恐れがあったり、今のように魔力の消耗が激しいときは、魔力より武器で戦うことが必要になる。しかし杖など持って歩けば、自分が魔力保持者だと吹聴しているようなものだろう。

“だから剣が必要だったのね。でも……、あんなに魔力を消耗していたのに、大丈夫かしら……?”
アイリーンの心配をよそに、兵士たちは見る見るうちに倒され、数が減っていく。ルバートも、このままではギメリックを倒せないと思ったのか、突然、アイリーンに向かって心で話しかけてきた。

“姫よ……先ほどの無礼な振る舞いについては、私が悪かった。詫びを言おう。しかしあなたを殺そうとしたことについては、手違いだったのだ。我々の主人エンドルーア王の姪に当たるあなたを害するなど、とんでもないこと……あなたが謀反人に加担しているので、誤解してしまっただけなのだ”

“謀反人……?”
その言葉に引っかかりを覚えたが、アイリーンは自分を戒めた。
“いけない、ルバートの言うことに耳を貸してはダメ……”
しかし事情を知りたいという思いが、ついアイリーンの意識をルバートの言葉へと集中させてしまう。

ルバートはアイリーンが聞いているのを見透かしたように、心話を続ける。
“エンドルーア王が我らを密偵として送り込んでいるのは、何もアドニア侵略のための準備というわけではない。10年前、クーデター未遂事件を起こした犯罪人を狩るためなのだ”

“……うそよ! あなたたちが自分の国の皇太子だと思っているあの男が、リムウルで何をしているか、知ってるの?”
思わず、心の中で強く叫んでしまい、アイリーンはあわてて息をひそめた。
探るような思念が手を伸ばしてくるのを感じ、アイリーンはしっかりと自分の心を閉ざした。自分を守る結界を意識してガードを固める。ルバートの思念波は彼女の心の外側をかすって通り過ぎて行った。

“……リムウルは我が国王に刃を向けた謀反人たちの引き渡しに応じなかった。10年も待ったのだ、いくら寛容な王といえども、これ以上は待てない”
好き勝手なことを言っている。そんなこと大嘘だ。自国の行いを正当化しようとする詭弁だ、とアイリーンは思った。

“ それに、姫、あなたももうおわかりだろう。我ら魔力保持者には、肉体的な弱点がある。魔力は言わば送受備わってこそ、真価を発揮するもの。魔物に対すればこれほど強力な武器はないが、常人相手に魔力が直接及ぼせる力など、たかが知れている。魔力に対抗する訓練を受けた兵士が相手では、なおさらのこと我々の方が不利なのだ”
大きな心配と不安に襲われ、アイリーンはギメリックに目をやった。ギメリックに対峙している兵士が、あと3人だけになっているのを見て、少し安心する。

“魔力保持者が国外に流出しないようエンドルーアが気をつかうのは、その秘密を守るため……。何しろ、神々の血が薄れたとはいえ今でもエンドルーアの貴族のうち約4割は、魔力保持者なのだからな。他国にこの秘密を知られれば、我らは安穏としてはいられないだろう。エンドルーアが長い歴史の中で守り抜いて来たものが、謀反人たちのために揺らごうとしているのだ。あなたもこの上は、エンドルーアに帰られた方がよい。魔力を使いこなすためには様々な知識と訓練が必要だ。きっと我らの王も歓迎してくださるだろう”

この話の大部分はおそらく真実だろうと、アイリーンは感じた。しかし自分を動揺させ迷いを起こさせようというルバートの画策が見え透いている。彼の言葉は白々しく空虚だった。
“だまされないわよ……だって私は、今ここにいる彼が本物のギメリックだと知ってるもの。つまりクーデターは成功したんだわ。だからあなたたちが王とあがめている狂王とやらも、きっと偽物よ”
アイリーンは心話ではなく、自分一人の心の中でそう思った。
疑問なのは、ルバートをはじめエンドルーアの国民はそのことに気づいていないのか、という点だった。

アイリーンから何の反応もないことに苛立った様子で、ルバートの声が響く。
“姫、その男に何を吹き込まれたか知らないが、その男はあなたを利用しようとしているだけだ。あなたの魔力の強さに目を付け、自分たちの保身のため、あるいは再びクーデターを起こすために味方に引き入れようとしているのだ。どうか、我らのもとへおいで下さい。責任を持って、エンドルーアへ送って差し上げましょう”

“何も吹き込まれてなんか、いないわよ……。だまそうとしているのはあなたの方でしょ”
そう思いながらも、利用しようとしている、という言葉がアイリーンの胸に小さな波紋を落とす。
“目的を果たすためには、どうしても石の力が必要だ”
と、ギメリックは言っていた……。
彼の目的、それはきっと、エンドルーアの王位を奪い返すこと。
でもそれがなぜ、ティレルを殺すことと結びつくのだろう……?

そこで突然、アイリーンはあることに思い当たった。
自分自身の考えに頭を殴られたかのような衝撃を覚える。
“そんな……まさか……! 私の、気のせいよ、ね……?!”
自分にそう言い聞かせながらも、アイリーンは頭の中が真っ白になり、体が震えてくるのを感じていた。次の瞬間、
「……っ!!」
まるで心臓をギュッと鷲掴みにされたような激痛が、胸に走った。
胸を押さえてその場にうずくまる。あまりの痛みに、息をすることさえ出来ない。今にも、結界を維持する力が霧散しそうになる。アイリーンは必死になって持ちこたえようとしながら、思った。
“私、なんてバカなことを……! 結果的に、ルバートの思うつぼにはまるなんて……!!”
後悔しても、もうどうしようもない。多分あと少しなのだ……何としてでも、ギメリックがいいと言ってくれるまでは、結界を保たなくては……。
しかし容赦なく襲ってくるルバートの力に、先ほどとは違い、明確な殺意を感じる。とても無理だ、持ちこたえられそうにない。アイリーンはそう思い、ギメリックに助けを求めようとした。そのとき。

ふと息が楽になるのを感じた。そしてルバートとイェイツのやりとりが伝わってくる。
“この……裏切り者!! 邪魔をするかっ!!”
アイリーンはハッと顔を上げた。
“ダメ!! やめてっ!!”



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