薄明宮の奪還 更新日:2006.05.08

第3部 リムウル
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 第2章

6.反撃


“そろそろ頃合いだな”
ギメリックはそう思い、戒めを解く呪文を口の中で唱え始めた。

 欲しかった情報は、イェイツの心を読むことで得られた。思った通り、ルバートはアイリーンへの執着から、エンドルーア本国へは知らせず、自分一人で事を収めてしまおうとしている。
“一時はどうなることかと思ったが、おかげでこっちは命拾いだ”

 20人ばかりの兵士の小隊は、闇にまぎれて静かにラザールの町並みを通り抜け、森の中に分け入ってきた。方角から見て、間違いなくベルガードのルバートの屋敷へと向かっている。
“たいした執心だな。5日もかけて俺たちを追って来たとは……”
ルバートの馬車へと連れ込まれた彼女が心配ではあったが、何かあれば心話で知らせろと言ってある。できるだけ、町中で騒ぎを起こしたくはなかった。エンドルーアの密偵であるルバートの部下は表向きにはアドニアの兵だ。小隊とは言え、アドニアの兵が密かに国境を越えてリムウル国内に入り込んでいると知れたら、国際問題になる。エンドルーアの侵略を受けてただでさえ過敏になっているリムウルに、よけいな紛争の種をまきたくはなかった。

 しかしここまで来れば、誰かを巻き添えにする恐れもなく、自由に魔力を使って暴れられる。ギメリックは一気に力を解放し、自分を戒めていた鎖を断ち切った。
驚いた兵士たちが剣を向けてきたが、彼らの乗った馬に強く気を送ると馬たちは一斉にいなないて、さお立ちになった。何人かが馬から転げ落ちる。
斜め後ろのイェイツが魔力で攻撃を仕掛けてくるのを軽くかわし、馬を駆って前を行く馬車に迫った。

 異変を察した馬車がスピードを上げる。ルバートが馬車の周りに結界を張ったらしい。強固なガードが簡単には中へ踏み込ませまいとする。
“引け! この娘の命がどうなってもよいのか?”
焦った様子のルバートの心話が響いて来た。それには答えず、アイリーンに向かって問いかける。
“アイリーン、状況を教えろ!”
“……”
一瞬、苦しげに息をつく彼女の気配が伝わって来て、ギメリックは眉をひそめた。
“どうした?! 大丈夫か?”
“……ええ、……ルバートは結界を保つので精一杯みたいよ。私は大丈夫”
“よし、自分の周りに結界を張っておけ。少々荒っぽいぞ、気をつけろ”
ギメリックは呪文を唱えて風を集め始めた。そうするうちに、何人かの兵士たちが追いついて来た。今にも彼らの剣がギメリックに届きそうになる。
ゴォッ!!
耳がつぶれるかと思うほどの轟音とともに、突風が襲って来た。
馬車は傾いて木にぶつかり、宙に浮いた車輪を空回りさせながら横転した。馬に乗った兵士たちも、ことごとくなぎ倒されて地面に転がる。スピードがついていたからたまらない。彼らはそのまま気絶して、森の下草の中から起き上がってこなかった。


 風塵がおさまるのも待たず、ギメリックは馬から馬車の上に飛び移った。彼が天に向いた馬車の扉を開けようとするのと、その扉が内側から開いたのはほぼ同時だった。
「ギメリック、これ……」
アイリーンの声がし、突き出されたものは、取り上げられていた彼の剣だった。
もちろんルバートには触れることができず、常人の兵士に持ち込ませたのだ。アイリーンもそのまま持つのはつらかったのだろう、馬車の小窓を覆っていた布で巻いてある。
ギメリックは剣を受け取り、馬車の中をのぞき込んだ。

 気がつかないうちに、すっかり夜は明けていた。霧が立ちこめて太陽は見えなかったが、森には白々とした明るさが満ちてきていた。
 その光に柔らかく照らされた狭い馬車の中に、アイリーンは立っていた。足下には、ルバートが倒れて気を失っている。
「隙を見て、その剣で殴ってやったわ」
得意げに言うアイリーンの左頬が赤く、少し腫れているようだ。唇が切れて血が付いていた。
「奴に何をされた?!」
ギメリックが、彼女を引っ張り上げながら問いただす。アイリーンはギメリックの横に並ぶと、怒った顔でルバートを見下ろした。
「キスされそうになったから鼻にかみついたら、殴られたの。それから首を絞められて……もう少しで気を失うところだった」
「〜〜っ!! このバカ!! 心話なら使っていいと言っただろう?! なんで俺を呼ばなかった?」
アイリーンは怒りの余韻で興奮した面持ちをギメリックに向けた。
「バカって言わないでよ!!……本気で殺すつもりじゃないって、わかったからよ。それに金属の痛みに比べたらこれぐらい平気よ、何ともないわ」
「平気なものか、切れているじゃないか、見せてみろ」
プイッと顔を背けた彼女のあごをつまんでこちらを向かせようとしたが、アイリーンはその手を振り払って挑むように彼を見上げた。
「私、自分がこんな目に遭う理由を、聞く権利があると思うわ。いい加減話してくれてもいいでしょう?!」
怒りのため気丈さが前面に出た彼女の顔は少し上気し、見上げてくる大きな青い瞳が、キラキラと強く輝いていた。ギメリックは顔を背け、ボソボソとつぶやいた。
「そんなことより、こいつらをどうにかしないとな……」
「ごまかさないでよ!」
「うるさい! 後だ、あと!!」
そう叫んでギメリックは馬車から飛び降りた。アイリーンも後に続き、ギメリックがそこでひっくり返っているのを見て驚いた。
「ど、どうしたの?」
“くそっ……怒鳴ったら目眩が……”
さすがの彼も魔力を消耗しすぎたのだと気づき、アイリーンはあわてて彼のそばにひざまづいた。その拍子に、彼が持っている剣に直接、手が触れる。
「きゃっ!!」
「バカ! 気をつけろ!!」
突然襲って来た鋭い痛みと罵倒された悔しさ、そして自分でも訳の分からない感情のために少し涙ぐみ、アイリーンは言った。
「……バカって言わないでよ……」
ギメリックはギクリとし、剣で体を支えて半身を起こしながら
「泣くな!」と一喝した。
「泣いてないわ!」
アイリーンは素早く彼の体の反対側に回り込み、彼が立ち上がるのに手を貸した。
“こんな痛い思い、ずっとしてたの……?”
 魔力を持つ者が剣を携帯するつらさについては、ルバートの館で聞いていた。なのに、ほとんど失念していたのは……ギメリックがよほど注意して、自分に剣が触れないよう気をつけてくれていたからだ、とアイリーンは気づいた。
“ そう言えば、私の肩を抱く時もいつも同じ側……剣を吊るしていない方だったわ”
自分と旅することがこの男にどれほどの忍耐を強いてきたのか、もちろん全てを知ることはできなかった。が、この時アイリーンには何となく、感じることができたのだ。

  ギメリックが低くうなり声を上げる。どうやら自分のふがいなさに腹を立てているようだった。額に汗を浮かばせた彼のしかめっ面を見上げ、アイリーンは言った。
「ねぇ、その剣、つらいんじゃないの?……私、代わりに持つわ、少しの間なら……」
「バカか! 使えない奴が持っていて何になる?」
「……またバカって言った!!」
「いちいち反応するな!」
「痴話喧嘩もそこまでだ」
降って来た声を振り仰ぐと、馬車の上にルバートが立っていた。

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